「ごめんなさいね、間違えちゃったみたい」
その一言を、
「あら、私の声が小さかったかしら。あなた――いや、ユウト。あなたを間違って召喚させてしまったわ」
親切に二度も同じ内容を口にする一人の女性。
彼女の見た目は、【女神】と一言で表せるほどの神々しさを放っている。
白鳥や白鷺のように純白な"翼"を有し、古代人が身に纏っているような純白のロングワンピースを着ていた。
そして、直視するには眩しい……懐中電灯をこちらに向けられているかのような、つい目を細めてしまうほどの光を放っている。
そんな彼女は淡々と言葉を続けた。
「そうそう、私の自己紹介がまだだったわね。私は、女神ルミナよ。認識的には、あなたたちの世界で崇められている神と同等の存在。神といっても、全知全能というわけではないのよ。だってほら、現に召喚する人間を間違えているわけだし」
元より座している椅子に左腕で頬杖を突き、足を組み替えてため息を一度吐いた。
「その……女神様。質問したいことがあるのですが」
「あら、なにかしら。なんでも質問してくれていいわよ。
「まず、ここはどこなのでしょうか。それに、先ほどから僕を呼ぶときに付随する、【勇者】とはなんのことでしょうか。僕は……僕たちは元の世界に帰ることができるのでしょうか」
黒髪短髪で制服を着た、一目で分かるスポーツマンのような肩幅が広い体格をした太志は、至極真っ当な質問をしている。ここにいる全員が間違いなく現状況を飲み込めておらず、それら質問の内容を気になるところだ。
ここは壁や天井が存在せず、床と女神ルミナが座している椅子まで伸びる数段しかない階段だけ。高低差はわからずとも、そこに立てば想像を絶するほどの上空ということは察することができる。だが、視界上部には雲のようなものがある。
そんな不思議な感覚を覚える場所に立っているのは、計六名の男女。
各々、服装や背丈など統一感はない。一人は制服、一人は夏場のような私服――勇人もまた、部屋着としている上下揃いのジャージを着ている。ただ明確なのは全員が若者ということだけだ。
そんな少年少女を見渡したまま、女神は質問への解答を始める。
「そうだな。ここはどこかという問いに対して答えるならば――【女神の座】といったところかね。次に、呼び名についてだけど、【勇者】
女神の視線が勇人へと向けられ、残り五人の視線も集中する。
まるで心臓を握られているような錯覚を覚えた勇人は、その視線から逃れるように目線を下げていた。
更に女神は話を進める。
「細かい説明は面倒だから省かせてもらうわね。――そして、最後の質問なんだけど、率直に言うと
「それってどういうことですか⁉」
「そ、そうですよ。そんなのっておかしいです!」
女神の解答に不服を申し立てたのは、清潔感のある私服姿で眼鏡を掛けた陽太。と、夏場のような薄着の私服にリュックを背負っている栗毛の美海。
二人は焦りを前面に出し、声を荒げて女神に抗議をし始めた。
その様子を見ても尚、表情一つ変えることなく悪びれる態度もせず、女神は応える。
「そう焦るでない。このまま世界へ野放しにするわけではないわよ? ちゃーんと能力とかもあげるしー、ちゃんとした場所に送り届けてあげるわよ。――んーでも、元の世界に還れるかどうかはー、やっぱり保証できないかなーって」
「なんでそうなるんですか⁉ 私はそんなことを望んではいません!」
「まあいいじゃない。それに、どうせあなたたちだって少なからず元の世界が退屈だって思ったことぐらいあるでしょ? こっちの世界だったら、毎日が刺激に溢れていて楽しいわよ」
「そ、そんなぁ……」
美海の抗議は虚しく空振り、この応対に意味があるのか疑問が浮かぶ。
もはや女神の一方的な考えが押し付けられているだけで、よもやこちらの意思など考慮していない話しぶり。
身勝手極まりない女神からは、何があろうと誰一人として還す気が微塵も感じられない。
「じゃあ、そろそろ転移させちゃうわね。【勇者】は王都、【聖女】は神殿、【巫女】は祭壇、【剣聖】は王城、【賢者】は法堂……って感じでいいっかな。それでは諸君! 其方らの旅が始まる! 存分に異世界生活を楽しんでくれたまえ」
尚も一方的に話を進める女神は、その言葉を終えると手と手を合わせて一度だけ打ち鳴らした。
すると、五人の少年少女たちは眩しい光の柱に包まれ始める。
未だに抗議を続けようと励治は光から出ようとしているが、抵抗虚しく光の壁に阻まれて出ることができない。同じく講義をしようと陽太も声を荒げるが、その声すらも遮断され届かず。
佳織は涙ぐみ、美海は声も出せず二人は床に崩れ落ちている。
そんな状況の時間がほんの十秒ぐらい続き、勇人を除いた全員が光に吸い込まれていき跡形もなく消えていった。
「さて、キミはどうしたものかね」
その声と共に立ち上がる女神。
三歩前に出ては立ち止まり、ここにきてようやく顔と全容が露となった。
その容姿は、人間のそれとなんら変わらず、率直に言ってしまえば二十歳ぐらいでピチピチの張りの張る肌。ワンピースというよりはチャイナドレスに近く、腰から足のほとんどを露出させている。
高校生には刺激が強すぎる格好をした女神は、片腕を組み片手で頬を抑えながら目を閉じた――。
――そして小声で「うん」と呟き、妙案を打ち出した。
「そうね、あなたはどこかの村にでも行ってもらおうかしらね」
「その……俺にはあの人たちみたいな称号とかは……」
「それは可笑しな話ね。私は最初にちゃんとこう言ったわ、あなたは間違って召喚したって」
「ええ、憶えてます。でも……だったら、そちらの不手際ということですよね。だったら俺に――」
「はい?
言葉が続くにつれ、その声色に苛立ちが目立ってくる。
「……ああもう、この喋り方めんどい。
「では、僕は元の世界に……」
「それは無理。加えてあなたにあの世界での役割なんて与えられない」
勇人はその言葉を聞いても尚、納得することはできない。逆に、その言葉を聞いて納得できる者がいるのだろうか。
しかも、初対面であり本当に女神という存在なのかも定かではない相手に、一方的な怒りの感情を押し付けられて快い人間がいるはずがない。
そんな心境でいると、疑惑や不満がそのまま顔に出てしまい、女神にもそれが伝わってしまった。
「なによその顔。悪いけど、無理なものは無理だから諦めなさい。――そうね、じゃあ情けで1つだけ能力を上げるわよ」
そう言うと、両腕を組んでその整った顔からは想像できない程の鋭い視線を向けられる。
ここで、勇人は高速で思考し始める。
今、ここでの回答が重要となる。この流れからはチート級のような能力は望めない。それに、答えを間違えれば今後を左右する。
便利そうなもの……戦闘向きなもの……身体強化……。
だが、その思考虚しく女神は勇人を指差し――――告げた。
「決めたわ。あなたにはスキル【吸収】をあげるわ。よし、決まった決まった。まさか、この女神からの施しに対して文句なんてないわよね。しっかりと感謝しなさい――――じゃあ、ね」
何の説明もなしに与えられた能力。
もちろん、先の人たちと同様に抗議……いや、せめてもの飛ばされる先の情報を懇願しようとするも、一瞬にして光の柱に包まれる勇人。
声は既に女神へ届かず。希望も絶望もなく、ただ無慈悲に。
――光が視界全体を覆い、あまりの眩しさに腕で目を隠す他なかった……。