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第29話『守護者は奇跡すらも操る』

 ――キマッた。


『ワンッ!』

『キュッ!』


 あっちょっ、こらこら、せっかくカッコよくキマッたところだったのに。


 ほら見なさい、あの汗臭そうで屈強な男たちが口をポカンと開けたり、状況を理解できずに首を傾げちゃっているじゃないか。

 もう、2匹揃って『ヘッヘッヘッへッ』と舌を出しながらこっちに振り向いてもダメなんだからね!

 たぶん俺と一緒にカッコよく登場できて嬉しくなっちゃってるんだろうけど、本当にそう考えていたとしたらかわいすぎて悶えちゃう――でも、俺的には台無しになっちゃったんだから!


 ――さて。


「……」


 正直、想像していた状況より見るに堪えないほど酷い有様だ。

 血みどろの惨状とはまさにこのことって感じで、4人の痛々しい姿を見ると冗談抜きに顔を歪めそう。


 てかマジで死にそうじゃん。


「ユシア……」

「主様……」

「よく耐えた。少し休んでいろ」


 4人の元へスパッと移動し、全員が入れるよう聖領域展開。


 安心したのだろう、事切れるように意識を失って横たわったエリーゼとクライス。

 ロイツは、たぶん俺が予想していた通りに1人で限界まで戦ってくれたんだろう……最初に気絶していることからそれは察することができる。


『ハッハッハッ』

『カッカッカッ』

「――あ」


 聖域とか結界とか、まだ安全チェックしていないから入って来ちゃダメ――ってこっちの心配は他所に、2匹は結界の中に入ってきた。

 危機感がなさすぎない? てか、あいつらを無視してこっちに走ってくるのも危ないよ? もう少し周りを観ようね? 怪我なんてしたら、俺が白目剥いて気絶しちゃうよ?


「あ、あの」

「どうした」

「たぶん、あなたがこの人たちが言っていた『彼』なんですよね」

「ああ」

「皆さん、本当に勇気をもって闘っていました。私を護るために、あなたを信じて最期まで戦うって。こんなに大怪我をしてまで」


 俺を信じて……護る、か。

 つまり、俺が掲げた目標や意思に沿うためカナリを護ろうと、こんなになるまで戦ってくれたんだな。

 この責任は受け流さず、背負い受け止めなければならない。

 重いなんて逃げず、真っ直ぐ、理想を叶えてなお死ぬまで。


「本当にありがとうございます。このご恩は――」

「まだ終わっていない」

「え」

「成すべきことを成し、神髄を披露しよう」


 既に決心という供物は捧げた。


「お前たち、傍に居てやるんだ」

『ワンッ!』

『キュー!』


 たぶんあんまり状況がわかってないんだろうね、尻尾をフリフリしているのがかわいいね。


 さて、もふもふたちが結界の出入りは安全と示してくれたから、俺も倣って堂々と出て行ける。


「静観を感謝する、諸君」

「な、なんなんだお前……早すぎて移動したのがわからなかった」

「こんな場所に2匹のペットを連れてくるなんて正気の沙汰じゃねえ」

「得体の知れないやつだが、あいつらの仲間ってことで間違いないんだよな?」

「ああ、間違いない」


 冷や汗かいてるけど、俺ってそんなに圧力的なオーラ的なやつが凄いのかな。

 自分じゃわからないし、鏡にも映らないからわからないんだけど。

 それとも早く移動したのが原因だったりする?


「だがよ、どんな手品を使ったかはわからねえが魔法を使うことはできねえだろ?」

「そ、そうだ! 俺たちにはこれがある!」

「ふう、ちょっとでも焦っちまったじゃねえか。ビビらせんなよ」


 なるほどなるほど、こっちが質問する前に100点満点の解答が返ってきた。


 男たちが俺に向かって拳を突き出しているようにしているのは、大気中の魔力を魔法として発現させないための、何かしらの魔道具的な魔装具的な何か。

 そんな簡単に手の内を晒して大丈夫かよ、とは心配になるも、ありがたいから一応はちょっとだけ感謝しておこう。


「偽りの奇跡に縋り、己が力と錯覚する者たちよ。本物の奇跡というものをお見せしよう」

「はぁ? 何を言ってんだこいつは」

「最初からおかしいとは思ってたけど、やっぱり頭がおかしいやつなんだぜ」

「そうに違いねぇ。俺たちにはこの鍛え抜かれた肉体だってあるのによぉ」

「――ふん、滑稽な」


 まあ確かに、その肉体を手に入れるまでに日々努力をしてきたのだろう。

 見せ掛けの筋肉ではないことは、彼女たちの惨劇を目の当たりにしたら把握できる。


 だが、だからこそ。

 俺が自分の意思と行動で手に入れることができた守護の奇跡と、来る日も来る日も自己研鑽を惜しみなく行い続けた男の合体技をお見せしよう!


「――」


 体の内へ精密に編み込んだ、黒いイメージの魔力を拳にチャージし、腕を覆っていく。


 やはりそうだ、これは阻害されない。


「は、はぁ!?」

「な、なんだそれは!?」


 そして、外には光が漏れ出さないよう全身に守護の力を均等に分散させ、肉体を強化。


「刮目せよ、光すらも干渉できぬ禍々しい黒炎の右腕を」


 これぞ、『右手が疼く――』の進化系!

 禍々しい漆黒の炎に焼かれているような外観をした右腕をお披露目。


 これこれこれ、一回はやってみたかったんだよね。


「意味がわからねえ」

「どうなってんだよ。この指輪の効果範囲内は、どんな人間も魔法は使えないって話だろ?!」


 まあそうなんだろうね。

 実際に、俺も大気中に漂う魔力を利用して魔法を発現できないもの。


 ただまあ……どう考えても相性が悪いよね。

 俺の体は常に魔力を吸収し続け、それを精密に折りたたんだりして体内に貯蓄している。

 そして、少し賭けだったけど体内の魔力を使用すれば魔法を発現できることもわかった。

 しかも守護の力も使えるんだから、そもそも戦いにすらならない。


 ああそうそう、彼女たちの姿を観たからか守護の力はいつもよりモリモリな感覚がある。

 名前通りだよね、この力。

 自分を護ることが第一として、誰かを意識するとさらに力が湧き上がってくる。


「いやまだわかんねえぞ。もしかしたら、ただ腕に火をつけてピエロみてーにハッタリだけかもしれねえ」

「そ、そうだよなあ! ったくビビらせんじゃねえ」

「まず手始めに、1人」

「――」


 スッとぶん殴って、スッと戻る。


 男たちは状況を理解できず、横の壁に凄い音を立てて体がめり込んでいる仲間へ視線を移した。


「愚図の諸君、状況は理解できたかな」

「う、嘘だろ……」

「まだ、まだ何かの仕掛けが」

「あまりにも愚か――」


 また、スッと蹴って、スッと戻る。


 あ、やべ。

 せっかくカッコいい感じに演出している右腕じゃなくて、普通に蹴り飛ばしちゃった。


「な、何が起きているんだ」

「俺たちは幻を観ているんじゃ……」

「そうだ! これは何か小賢しい真似をしているだけだ!」

「よもや正常な判断もできなくなったか」

「お前ら! 一人ずつじゃなく、全員で行くぞ!」


 男たちは結託し、一斉攻撃を仕掛けてくるようだ。

 なら、戦いを長引かせても意味はないし、そろそろ一気に終わらせることにしよう。


 そして俺はやっとここで長い長い、必殺技の名前をこの禍々しくカッコいい右腕をヒントに導き出せた。

 守護の光を殴ってぶっ飛ばす感じのと、この地獄のような漆黒の炎と、人生で一度は言ってみたかったあのセリフを掛け合わせて!


「愚民共――一切の望みを捨てよ。獄黒炎の腕突擲ヘルファイアー・ブラスト


 これが信念の意思と努力の賜物だ――!


 一応、超接近して拳で点を穿つように。


「……」


 キマッた。


 でも……うわー、我ながらやべー。

 残っていた連中を塵すら残らず消滅させたものの、地面はドデカい穴が空いて焼けただれ、天井には空が見えるほどの穴が空いており地面同様に焦げ付いている。

 幸いにも燃え広がっている様子はないけど、どう考えてもヤバいよねこれ――よく見たら、雲にも穴が空いちゃってるし。


 気遣いの言葉でもかけてあげようとしたけど……絶対にすぐ退散しないと人が集まってきちゃうよね。


「あ、あの!」


 ついカナリの声に振り向いちゃったけど、気をつけないと。

 今は他人という設定設定。


「助けていただき本当にありがとうございました!」

「ああ」

「もしよろしければお名前をお聞かせ願えないですか」

「【世界の守護者】――ユシア」

「ユシア様……このお礼を必ず――」

「それには及ばない」


 これ以上の長話はいろいろとマズいし、3人も意識が戻って体を起こし始めている。


 最初はみんなの服もズタボロでちょっと見る所が困っちゃったけど、元通りになっているからよし。


「俺たちは失礼する――行くぞ」


 3人は状況を理解できない様子でキョロキョロと辺りを見渡しているけど、さすがに長居できないことぐらい理解してもらえるでしょ。

 カナリは3人が普通に歩きだしていることに困惑している様子で、しかもこんな場所に置いていっちゃうけど……まあ警備隊的な人たちが駆けつけてくれるはずだから大丈夫だよね。


 俺は、そろそろ騒ぎになり始めそうだから学園に戻らないと。

 急げ急げ。

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