「当人が居ないところで陰口なんて、随分と酷いですわね」
「ひっ!?」
まあ、そうなるよね。
俺はゆっくりと、しかしリンは幽霊にでも反応するみたいにバッと振り返る。
「どどどどどうしてあなたがここに!?」
「なんですか、その反応は。私がここに居て何か問題でも?」
「いや別に……」
そのやりとりはさすがに分が悪い。
「それで、どうしたのカナリ」
「アッシュは話が速くて助かるわ。私もここで昼食を一緒にしてもいいかしら」
「うん、大丈夫だよ」
視界の端に映っているリンの驚愕している表情の意味は理解できている。
せっかく2人だけのプライベート空間&時間だったのに、別の人間が介入してくるのは嫌だということぐらい。
でもまあ、カナリをここで追い返していい理由もみつからないっていうのもある。
それに唯一と言っていいほど、俺に敵意や害意以外の感情を向けてきている人間を蔑ろにするのも違うと思うし。
「それでは失礼して」
あー、流れ的には自然だけど、こういった耐性はないんだぜ?
リン、俺、カナリ。
俺がサンドイッチになっている構図なんだが、こういったものは授業とか集会の整列とかでしか経験したことがない。
くっ……こういうときのアッシュだったら、美少女に囲まれても動揺せず対応してみせるんだろうな。
その恋愛観? が、今では憎いほど欲しい。
「単刀直入に。私、アッシュに興味が湧いて仕方がないの」
「おおう、めっちゃ直球」
「ななななな! 急に現れたと思ったら、何を言い出すのよ!」
リン、わかるよその気持ち、わかってあげられるよ。
俺だって、自分のことながらに全く意味がわからないもん。
「自分から訊くのも変なんだけど、どこら辺が?」
「どうやっても勝つことができない学力、そして常人では手に入れることができない体力と肉体。普段の立ち回り方。悪意や害意に決して屈せず、しかし対抗するわけでもない尋常ではない精神力。研ぎ澄まされた感覚。未来を予知しているような先見の目。まるで来たる日のためにひた続ける努力。目標を見失わなず、輝き続ける瞳――」
「ちょ、ちょーっと待って」
「どうかしたの? まだあるのに」
リンの口をポカンと開けたまま頭の処理が追いついていない感じになっちゃってるから。
てか、何その長文詠唱みたいな内容。
カナリって俺のことが好きなの? って思ったって間違ってないでしょこれ。
と、間違いなし! と思いたいところなんだけど……なんでこの人は顔を赤らめるとかそういうのがないのよ。
本当に思っていることを言っているだけですけどって顔してるよ。
「それでずっと俺に話しかけてくれていたの?」
「最初から全部思っていたわけじゃない。が、最初に学力テストで負けたときに話してみたいと思ってた」
「その理論だと、他の人にも話しかけているんでしょ?」
「そうしたかったけど、お家柄がって敬遠されるからね。お世辞ありきで誰も本心で話をしてくれないの」
「でもその流れだと、俺だって同じ展開になるとは思わなかったの?」
「最初はそう思った。でも、アッシュを見続けているうちに考えが変わっただけじゃなく、『早く話したい、もっと話をしたい』という気持ちに変わったの」
え? 何これ? 今、告白されてる?
「まあ、私のたった一つの願いはそこのお嬢様に邪魔され続けたんだけど」
「だ、だったら! 私の行動と考えは間違っていなかったんじゃない!」
「はて」
「
「言葉を変えたらそうなるかしらね。でも、アッシュにとってはいい出会いになっていたかもしれないのに、“その機会をあなたが奪い続けた”とも言えるのではなくて?」
「うぐっ」
正論に対して正論パンチで返すのエグいって。
しかし、カナリが言っていることは本当にその通りだ。
最初って言うと、一年生からって話だからな。
もしもそんな最初期からこんな出会いがあったのなら、全てが変わっていたのかもしれない。
ショッピングモールでの事件だって、もしかしたら2人だけで解決できたかも。
まあでも、もしもそうなっていたのなら俺が転生することもなかったわけだけど。
なんとも複雑な話だ。
「まあまあ2人とも落ち着いて。ここは争う場所ではなく、穏やかに昼食を摂る場所だよ」
「わかったわ」
「ぐぬぬぬぬ」
カナリも薄い紙に包まれたサンドイッチを露出させ、一口パクリ。
俺も、なくなってしまったおにぎりを想いながらサンドイッチを口に含む。
お、サンドイッチもシャキシャキのレタスにトマトがいいハーモニーになっている。
女神が言っていた通り、食文化とかが転生前の世界と一緒で助かる。
「それでアッシュ。少しだけ触らせてもらってもいいかしら」
「ん? いいよ?」
「……やっぱり、私の見込みは間違っていなかった」
「何が?」
カナリが冷静な表情で淡々と俺の腕や肩を触っている状況なんだけど……どういう状況?
「服が破れたり、はだけたりしたときにチラッと見えてしまったの。あなたの努力の証が」
「そ、そうなの?」
いや、何が?
カナリって、男の肌を観たり触ったりすると興奮するタイプの変態さんなの?
てかそんな奇行に走るもんだから、リンがアワワワワってしちゃってるよ。
「服の上からでもわかる日々努力しているのがわかる鍛え抜かれた肉体、そして様々な痛みに耐え抜いているのがわかる傷の数々」
「……」
どうやら、変態さんの類ではなかったらしい。
でも年頃の女の子が、そんな満遍なくボディタッチしちゃいけませんよ? 勘違いしちゃいますよ?
「いったい、どれだけの覚悟があったらここまでの訓練ができるというの」
「まあ、目標や目的を見失ったことはないぐらいだよ」
「本当に凄い。私の努力なんて霞んでしまうぐらい」
「さすがにそれは大袈裟過ぎない?」
「いいえ、アッシュも私の体を触ってみて確かめて」
「え?」
「だから、私がしたみたいに確認してみて。謙遜じゃないことがすぐにわかるから」
いやいやいや、この人の感受性どうなってるの?
あなた、俺の上半身ぜーんぶ触ってたよね?
それをそのままやり返すって、どう考えたってヤバいでしょ。
セクハラ以外の何ものでもないっていうか、どこをどう触っても、隣でお顔を真っ赤にしているであろう少女の頭がパンクするって。
「さすがにそれは、いろいろとマズいって」
「どうして? 私が一方的にアッシュの体を触ったのだから、同じことやられたとしても文句を言える立場ではないわ」
「理屈としてはそうかもしれないけど、倫理的にはどうなのって話!」
「そう? 関係性を進めていくうえで、男女で触れ合うことは必須じゃなくて?」
「それはそうだけど、それはそうじゃない! 関係性を進めるって、それは恋仲の男女の話でしょ」
「言われてみたら、それはそうね」
訂正した方がいいか? この人、別の意味で変態なのかもしれない。
「ふふふっ。アッシュもそうやって慌てふためくことがあるのね。ほら、やっぱり新しい発見があったわ」
「喜んでいただけたのなら、それはなにより」
おちょくられている感覚に襲われるが、たぶん違うんだろうな。
純粋な好奇心、無邪気とも言える穢れなき精神が行動の源なんだろう。
しかしアッシュ、遅いかもしれないがお前の努力を観てくれている人がちゃんと居たぞ。
本当、俺も誇りに思うよ。
「ねえアッシュ、もしもあなたがよかったらなのだけれど。私の家に来ない?」
「放課後はちょこっと用事があるからごめん」
放課後はあの3人とまた会う予定があるからね。
「いいえ、学園を卒業した後の話。私の家で、私の近くに居てほしいの。執事――いえ、対等な存在としてでも。当然、特別待遇で」
「え」
これさ、勘違いとかって話じゃないよね。
もう告白されてるよね、聞き間違いじゃないよね。
誰がどう聞いたって間違える余地のないことを言われているよね。
学園の一ヵ所であり穏やかに過ごせる場所にて、こんなタイミングで告白されているってことだよね!?
「ななななな! なーにを唐突に言い出すのよあなたは!」
「私は真剣よ。冗談ではないわ」
「だーかーら! それが問題だって言っているのよ!」
「何問題はないわよ。私が持っていないものをアッシュは持っている。そして、私が進む方向を間違えないためには、アッシュの存在が不可欠。そう思ったから、その想いにしたがっただけよ」
「問題発言でしかないよ、全部が。あなたそれ、自分が本当に何を言っているのかわかっているの?!」
「もちろん」
「いい? あなたは今『私にはあなたが必要、だから私の家に来てほしい』文面だけ見たらそこまで問題ないかもしれないけど。でも見方を変えたら、ただの告白じゃない! 『私と結婚してください』って言っているようなもんでしょ!」
「……」
リンがとんでもない勢いと形相で
わお。
視線を行ったり来たりさせていたけど、カナリの真珠のように白い肌がドンドン、ドンドン、ドンドン
純粋だったのはだけではなく無垢でもあったらしい、ピュアピュアのピュアってわけ。
俺も大差ないけど。
「あ、あの。いや、その。わわわわ私はそこまでの意味を込めていたのではなく、いや、そういった邪な心があったのでもなく。私は単純に思っていたことを口に出してしまったわけで、決してそういった意味があったわけでは、いや、そういうことではなくそうでもあって。ああでも私は私が私の思って想ったことをただそのままそのままに――」
「お、落ち着いてカナリ。何を喋っているのか意味不明になってるよ。深呼吸深呼吸」
取り乱し過ぎでしょ、というのが正直な感想だが、冷静沈着なお姫様が慌てふためいている姿はなんとも可愛らしいものだ。
ちょこっとはおちょくってみたいところだが、それはそれで可哀想だよな。
深呼吸を始めたと思ったら、サンドイッチをパクパクパクパクって勢いよく食べ始めてしまった。
「ごほっごほっ」
そんな食べ方をしていたら、喉に詰まるのは当たり前だって。
「どうぞ、これでも飲んで落ち着いて」
「あ、ありが――なぁああああ!」
「え、なになにどうしたの次は」
「か、間接キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」
あー。
「これにて失礼!」
カナリは俺が差し出した水筒を手に取ることはなく、バッと立ち上がったと思ったら、ビューンって走り去ってしまった。
「行っちゃった」
「ねえアッシュ、わかってやってる? 結構、凄い攻めね」
「いやあ、そんなつもりはなかったんだけど」
あの背中を見送った後、リンの方へ視線を向けると口をガバーっと開けて手で扇いでいる。
「あ~、私も喉が渇いちゃったなぁ~」
「どうしたの? リンは自分の飲み物があるじゃん」
「むーっ」
口を閉じたと思ったらムスッと頬を膨らませて、なんだか睨まれている。
「ん?」
「もういい! そろそろ戻ろ」
「だな」