「いただきまーす」
「いただきます」
学食で購入したサンドイッチとおにぎり、飲み物にリングジュースをお供に昼食会が始まる。
周りの目や扱いを加味して食堂ではなく中庭を眺めることができる、ちょっとした階段にリンと並んで。
なんとも羨ましいリア充イベントでテンションが上がるんだけど、それと同じぐらいに海苔だけしか巻いていない塩おにぎりが旨すぎてもっと食べたい。
「そういえば、さっきの競争はどっちが勝ったの?」
「……先生の判定では同着、ってことらしい」
「それはなんとも歯痒い結果になっちゃったね」
「私の方がちょこっとだけ先に足が出ていたと思うんだけど」
不服の結果に終わった、というのは口調だけではなく表情にも出ている。
眉間に皺を寄せちゃったりして悔しさが滲み出てるけど、せっかくの美人さんが台無しだ。
「俺はその状況を目の当たりにしてはいないけど、きっと凄い接戦だったんだろうね。倒れていたゴーレムが、全てを物語っていたよ」
「私の方が勢いよく倒せたんだよ。でも、あっちは小技の連続で――なんて小汚い戦いなの」
「いやいや。そこは同級としてはせめて小賢しいとかにしておこうよ」
「そうとも言うかもね? でも、なんで私たちが倒したゴーレムってわかったの?」
うわやっっっっっべ。
ついそのシーンを観てしまったから口に出してしまった。
普通に考えたら絶対に把握することができないし、ましてやゴーレムを誰が倒したかなんて理解できるはずもない。
おにぎり片手に固まっている俺を、リンが不思議そうな顔で覗き込んでいる。
アカーん、ヤバーい、マズーい。
「なんだよ寂しいじゃないか」
「え?」
「もう何年一緒に居ると思ってるのさ。リンが得意としている魔法は水と風で、圧縮している風を水の膜で覆って爆発させるやつじゃん? 倒れているゴーレムに爆発したみたいな痕跡があったらさすがにわかるよ」
「なるほど、たしかに。さすがはアッシュ、わかってくれてる~」
なんとか誤魔化すことができた。
即興で考えた言い訳だけど、ちゃんと理に適っているものでよかったよ。
リンも曇りなき眼で視線を向けてきているし、解決解決っと。
この安息の生活を守るって誓っておきながら、普通に油断してた。
魔法が使えるようになった、とかは後々でやっちゃおうと考えてはいるけど、それ以外の力を行使できるっていうのは隠し通さないと大騒ぎになっちゃうかもしれないからね。
「いつも思ってるけど、ここから見える景色は心を落ち着かせてくれるね」
「だね。私もこうしているときが一番落ち着くかも」
最後の一個になってしまったおにぎりを名残惜しくちまちま食べながら思う。
あのとき接触してきた3人は、いったいなんの目的があったんだろうか。
強い魔力に引き寄せられた、っていう線が一番ありそうだけど、もしもそうじゃなかったら……そう、例えば何かから逃走してきたとか、はたまたお金持ちのボンボンを誘拐するとか。
どの線だったとしても、推測の範疇から出ないから考えるのはやめておこう。
それよりも、彼女たちの特徴とか何も知らずに契約みたいなことをしてしまったことが問題だ。
俺は仲間ができたらいいな、程度だったのに、これじゃあ主と従者じゃないか。
主従関係とかよくわからないから接し方をあっちに委ねたんだけど、1人以外は主だの様だのボスだのって言い始めちゃうし。
なんだか関係ないのもある気がするけど、最期の一口になってしまうおにぎりが愛おしくて仕方がない。
「アッシュ……何度も何度もくどいっていうのはわかっているんだけど……本当に大丈夫なんだよね?」
「ん? うん、俺は全然大丈夫だよ」
口の中に広がるほどよい塩分と柔らかいお米の触感を堪能しながら、リンが心配しているであろう件に思考を巡らせる。
単純に考えたら強盗事件のことなんだろうけど、こうして学園生活を送っていると複数の選択肢が増えてしまう。
学園や生徒から向けられる目線や冷遇されていることなのか、家とかの私生活の面で不自由を感じていないかなのか、魔法や魔術を発動させることができないストレス的なことについてなのか……いったいどれなんだ。
「あのとき私、怖くて、何もできなくて……なのに、アッシュはあいつらに立ち向かってくれて……」
ああ、最初のね。
こうして全治していて俺が問題ない、と言っているんだからもう掘り返す必要はないだろうって一蹴することは可能だけど――いろいろと考えたらそれは酷な話だよな。
力や能力で優っていたとしても、あんな恐怖体験をすればいろいろとトラウマになっているかもしれない。
「俺は、いつだってああいう日のために日々鍛錬しているからね。ただでさえ他の人より劣っているのに、いざってときに動き出せないようじゃダメだから」
「アッシュって、本当に小さい頃から言っていることを曲げないし実行しちゃうよね。誰に無理だって言われたって」
「それでも、リンは嗤わずにいてくれたでしょ? そんな人がピンチのときに動けたんだから、後悔するぐらいなら誇ってほしいかなって」
「アッシュ……ありがとう」
なんとなくそれっぽいことを言ってみたものの、曇っていた表情が晴れているところを見ると正解だったっぽい。
「そういえば、あのとき私たちを助けてくれた……? 人が居て、もうなんだか理解できないぐらい強かったんだ」
「へ、へぇ」
と、当然、そっちの話題も出ますよねー。
「魔法を使用している感じじゃなかったし、魔装でもなかったと思うの。でもおかしな話よね、それじゃあ単純な力だけであいつらを制圧しちゃったってことになるし」
「世の中は広いからね。もしかしたら、そんな化物みたいな人間が居るかもしれないし、俺たちが把握していないだけでまた別の力があるのかもしれない」
「……たしかに、ね。少し前の私なら納得していなかったかもしれないけど、魔法だけではどうにもならないことがわかったもん。随分と痛い目を見ちゃったけど」
「人生、何事も経験だからね」
対応策を練っていなかった割りに、いい感じに話がまとまってくれてよかった。
「そういえばさっき、先生たちが大騒ぎしてたんだよね」
「何そのちょっと興味がそそる話題」
「なんかね、さっき私たちが参加していた授業にゴーレムが居たじゃない? それが跡形もなく、そして痕跡もなく消えちゃったんだって」
「ほえー」
こっちの方はどうすればいいかわかっている。
ただ、知らんぷりを貫けばいい!
「各生徒に聞き取りをしているみたいなんだけど、誰もその答えを持っていないんだって」
「もしかしたら誰かが隠しているのかも」
「それだとしたらもったいないよね~。先生たち曰く、追加でドカッと点数をあげるって言ってたから」
「どうしれリンは他人から聴きましたって感じなの? 聞かれたんじゃない?」
「私が一番、その出来事に該当していないのがわかっているってのもあるけど……悔しいことに、私とあのお姫様はセットで動いていたからって理由で除外されているみたい」
「まあ、競争しながらゴーレムを跡形もなく消せるんだったら、もっと前から評価されているだろうしね」
「悲しいことに、全くその通り。というか、あの姫様とセットで考えられたことが心外なんだけど」
「まあまあ」
バタバタと靴底を地面に打ち付けてぷんぷんしているリンを優しくなだめる。
他の人から見たらリンもお姫様みたいな立ち位置に居ると思うんだけど、という野暮なツッコミは入れない。
しかし、周りに人が居るところでは見せない一面をつい可愛いなって思ってしまう。
要するに、この可愛い一面は俺の前以外では滅多に出さないってことだから、役得でしかないよな。
おいアッシュ、こんなかわいい子がずっと隣に居てどうして恋慕を抱くことがなかったんだ?
そしてリン。
俺は気が付いているんだが、後ろに――。