そういえば、そうだった……どうしよう。
「本日の実習内容は以上。どうやって攻略しようと自由だが、それぞれに障害を設けているため、ゴールしたときの外観で判断させてもらう」
森、山、川のエリアを突破する実習。
今まで何回も実施されている授業内容ではあるが、毎回仕掛けが異なっている。
先生が行っている通り、攻略方法はそれぞれに託されていて、共闘を組む者や魔法魔術を駆使して突破するも自由。
今の俺だったら難なくこなせるだろうが、それでゴールしてしまっては平穏な日常は一瞬にして崩れ去ってしまう。
とある計画を立ててはいるが、それを実行するにはまだ早い……と思う、たぶん。
「まあ、今回も最下位は確定しているから各々、思う存分力量を示してくれ。それでは――スタート!」
先生の合図で、それぞれがスタートダッシュを決めていく。
風の魔法を活かして体を浮かして体の負担を少なくして駆け出す人、靴に魔術を付与して筋力補助をして走る人、開幕早々近くに居た人間へ水魔法で濡らして邪魔をする人。
各々が多種多様な手段を用いて、足を進めていっている。
「ねえアッシュ、今回は――」
「いやリン、今回も一人で行くから大丈夫だよ」
リンは状況を見兼ねて声をかけてくれる。
しかし、アッシュはそれを悟って断り続けていた。
「今回はやってみたいこともあるし、リンは先に行っていいよ」
「……」
「あらリンさん、まだこんなところに居たのね」
「カリナさん!? ど、どうして」
「決まっているじゃない。アッシュを勧誘しに来たのよ」
ああ、これがそういうことか。
関わる機会が増える、というよりも、カナリから俺に対してアプローチをする頻度を増やすということなんだな。
これじゃあ、まるで俺が逆ナンパされている感じになるんじゃない?
それはそれで初めての経験だから嬉しいんだけど、でも。
「ごめん、たった今リンの誘いも断ったところで、このまま誰と組むこともしないよ」
「あら残念。リンさんと同じ扱いというのが」
「ガッカリするところ、そこなんだ」
「ええ、私は最初から断られると思ってたから」
じゃあなんで誘いに来たんだよ、というツッコミはさておいて。
「ほら、二人ともスタートしないと成績下がっちゃうよ」
「それもそうね。リンさんと同じなんて嫌だもの。お先に失礼」
「あーっ! 私のことをなんだと思ってるのよ! 待てこらーっ!」
リンを言い包める手間が省けてよかった、と思っておこう。
それに、先生の姿も既にない。
なんというか「今回も最下位は確定しているから」って、普通は先生が生徒に向けて言っていい言葉じゃないだろ。
本当、どこの世界も醜いところは変わりないんだな。
「よし、俺も行くか」
道中、探知を試してみる。
「……なるほど」
先日、お仕置きを加えた彼らを参考にしてみた。
神様から授かった、未だよくわからない光の力を試すためにやっているわけだけど……これは凄い。
ゲームでいうところの三人称視点=
すると、全体を見渡せると思いきや人間や生物がいい具合にモデリングされて脳内に流れ込んでくる。
森で障害となるのは野獣というわけか。
「ってことは、これは……」
進行方向となる道の所々に魔法陣みたいなのが木々に張り付いている。
どんな魔法や魔術がそこにあるのかはわからないが、どうせトラップか監視カメラ的なものだというのは容易に想像がつく。
今回の散策は、この盤面を見るに容易くクリアさせる気がないんだと思う。
魔法や魔術を使用できる人たちだって、経験の度合いによっては生命の危機に脅かされるだろう。
じゃあ俺みたいな魔力をかたちにすることすらできない人間が、このような環境で単独行動をすれば……
「まあでも、これで思い通りに動けるんだけどね」
あえて監視下から外れ、野獣――でかい熊が居る方へ足を進める。
そういえば、あの後三人には出直してくるよう伝えたけど……どうしたものかな。
ちょうど仲間が欲しかったから、絶好のタイミングといえばそうなんだけどさぁ。
完全に初対面だし能力を知らないし人柄もわからないし、今後のプランすら考えてないのに変な刻印を施しちゃったからな~。
まあでも、せっかくだしあれは【聖痕】という名前にしておこう。
その方がカッコいいし、なんだか凄そうだし。
どんな能力があったり効果があるかは全然わからないけど、とりあえず悪影響が無さそうだし問題ないよね、たぶん。
「よし、お試しの時間だ」
『グッグゥッ』
「うわデケー」
デカい熊といえば、ツキノワグマとかエゾヒグマは聞いたことがある。
世界的にみたらホッキョクグマが一番なんだっけ?
そこら辺が2メートルとかで300~500キログラムだったような気がする。
そして今、目の前でこちらへ四足を地面につけたまま威嚇してきている熊は……俺の身長が177センチだから、たぶん全長3メートルぐらい? 体重はわからないけど、たぶん超重量級。
『ガァッ』
猪みたいに突進してきそうな、牙をむき出しにして恐ろしい形相だ。
辺りには人や
大気中に漂っている魔力を全身に
拳には、より魔力をかき集めて包帯を何重にも巻く感じにする。
「目には見えないけど、できているな。ここにあの光を追加してみたかったけど、さすがに条件付きだよね」
これで身体強化と防御強化と攻撃強化ができた。
でもさすがに最大パワーで殴るわけにはいかない。
「熊さん、俺と遊ぼう」
『ガーッ!』
「よっと、あーらよっと」
タックルを1右サイドステップで回避、振り向き様に薙ぎの詰め攻撃はバックステップで回避。
『ガアァ!』
「まあ、そりゃあ怒るよね。おちょくっているように思わ――危ないなぁ」
さすがに動物と会話できる能力はないから、話をしている途中で攻撃されるのはしょうがないけど、いきなり突進してくるのはビックリした。
「つい受け止めちゃったじゃないか」
『ガ!?』
「ごめんごめん、驚いたよね。でも、そろそろ調整に付き合ってもらうよ。ふっ」
大熊の眉間に左手で触れて動きを止めていたけど、それを放して右手で顔面にフックを一撃。
顔面どころか体も一緒にちょっと浮いて飛んだ。
『っ!? っ?!』
たぶん視界に捉えられていなかっただろうから、体に与えられた衝撃と自分に起きたことが理解できずに混乱しているんだろう。
自分の足で動いたわけでもないのに場所が移動していたら、そりゃあ誰だってそんな反応をするよ。
結構力を抑えたつもりだったんだけど、さすがにこれを人にやっちゃったら絶対ヤバいよね。
繊細に魔力を扱うって難しいなぁ。
だからこそ、体内にある魔力を縫って折り畳んでいたアッシュを尊敬する。
それに、アッシュは大気中にある魔力を体内に吸収する能力はあったんだ。
学園に居続けられたのも、進級できていたのも、家の人間から見放されていなかったのもこれのおかげであり、彼自身の努力の賜物だったんだろうな。
「だから、俺だってその努力に報いる努力をする。熊さん、いくよ」
『グゥ!』
「ほっ、はっ」
『グッ! ガッ!』
かなりの速度が出る脚力はそのままに体側へと移動。
そこから右、左と拳を打ち込む。
基本的に熊の分厚い毛皮や皮膚は、たかが人間の拳でどうこうできるようなものではない。
だからあんまり手加減をしていないんだけど、かなり痛そうな声を上げている。
いや待てよ、さっきからダメージを受けているような声を上げていても、転倒したり距離をとったりしていないな。
『ガーッ!』
「うわ、さすがに怖すぎ」
急に二本でバランスをとりながら体を起こし始めた。
さっきよりあまりにも迫力が違いすぎて、さすがに恐怖心を抱いてしまう。
だって転生する前の世界では、生身の人間がこれぐらいの大熊と遭遇したらほぼ確定で死んでしまうんだから。
でも、こんなことで臆するわけにはいかない。
「そっちがその気なら、こっちだってちょーっと手加減しないからなー?」
その防御力から試し打ちの相手に選ばせてもらったけど、どうやらこっちの世界に生息する野獣は地球の常識が通用しないようだ。
だったら、こっちも出力を上げて対応するしかない。
「いっくぞー」
信号機並みに大きい熊に右拳ストレートの一撃。
上手く左足で踏ん張れたこともあり――。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
木々をバキバキバキバキッと粉砕しながら、大熊は吹っ飛んで行ってしまった。
「わー、盛大に飛んで行ったなー。よし、また別の実験もしよう」
このままこんなことになっている跡地を誰かに見つかったら、絶対に後から面倒事になる。
だから、あの三人が来たときみたいに地形とかを修復してみようとおもう。
どちらかというと時間を巻き戻す、とかの方が合っているのかな? わからないから試すしかないんだけど。
「守る、護る……うん、俺の未来を護るってことで――おぉ、いけそう」
あのとき感じた、自分を護る対象にしても光の力は内から込み上がってきた。
「探知と合わせて地形状況と破損状況を確認して――あ、熊さんがピクピクして伸びちゃってる……ついでに回復してっと」
やっぱり加減が難しい。
これでもかなり手加減をしていたつもりなんだけど……ってあれ? てことはさ、ショッピングモール事件のときケチョンケチョンにした人達って……。
「あはは、だ、大丈夫だよね、たぶん」
ぴくぴく動いていたし、息もしていたような気がするし……虫の息だった気がするけど。
「よし、これで痕跡も形跡もなくなったということで、戻ろう。たしか次は山だったよね」