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第4話『疼いてしまう力を抑えるために』

 ――どうしたものか。


「そこの無能、退けよ」

「邪魔なんだよクズが」

「……」


 反論はしない。

 記憶から、薄々は覚悟していたけどなかなかに辛い。

 これをアッシュは、幼少期よりずっと耐え続けてきたんだな。


 侮辱の言葉、侮蔑の目線、仲間外れ。

 それら全てを一身に受け、それでも諦めることなく――俺と同じく『いつか誰かを護れるように』と努力を辞めず、己を鍛えることを苦とも思わず精進し続けた。

 だから俺はそれを最大限に活用し、アッシュの努力を無駄にしない。


 今の俺だったら魔法も使えるし、そもそも身体的な能力だけでもボコボコにできる。

 だってさ、見るからにヒョロヒョロなやつらばかりなんだぜ?

 たぶんグーパンチ一発で気絶するぞ。


「そうだよな? お前はいつだって、いや、これから死ぬまでずっとそんな惨めな人生を送らなくちゃいけないんだからよぉ」

「はははっ、笑える。俺がお前みたいな立場だったら、今すぐにでも死にたくなるってのによ」

「いつまで学園に居るんだ? 明日か? この後すぐ――ってか。ははは」

「何それ面白っ。それとも、もう退学届けを出した後なんじゃね?」


 廊下は別に、生徒同士が二列ですれ違ったとしても肩がぶつからないような広さになっている。

 だから今、俺がこうして廊下の端に体を寄せているのだから、そのまま通過すればいいものの……罵詈雑言を並べられる筋合いは一切ない。


 しかし、俺は手を出さない。

 いつでも勝てるから、というのもあるが、情けを駆けているわけでもなく。

 記憶が流れてくるからわかるんだ。

 アッシュはこんな日常だったとしても、目の前に居るような憎たらしいやつらがピンチになったら、身を挺して守る覚悟を持っていた。


 納得するまでに時間は掛かるだろうし、これから先も慣れないままなのかもしれないが、俺はその覚悟を尊重したい。

 だから、こんな腐っているとも揶揄できる日常を崩さずに守ろうと思う。

 まあ時々、ほんの少しだけ、何かがあったときとかバレなさそうなタイミングで小突いたりはするかもしれないが。


「邪魔をしちゃってごめん。でも、俺なんかを相手にしていたら二人の貴重な時間が無駄になっちゃうよ」

「なんだ、この期に及んで反論――あ、ああ、それもそうだな」

「い、行くか」

「ああ」


 何も堪えるだけが正しいというわけではない。

 こういった撃退方法は、事を荒げなくて済む。

 ただの処世術なんだけど。


 さっきの二人は歩き去りながら、ぶつくさとやるせない感情を吐き出しているようだが、これでいいさ。


「ねえアッシュ! 本当に無事なんだよね!? 怪我は!? 無理してるんじゃないの?!」


 問題は、圧倒的にこちらの方。


「大丈夫だってリン。なんなら、ちょっと人目につかない場所へ移動して半裸にでもなろうか?」

「なななななんてことを言ってるのよ!」

「まあほら、こんな冗談を言えるということはそれぐらいの余裕があるってことでしょ?」

「それは……まあ、たしかに。でも!」

「だってほら、全部話をしたでしょ? 吹き飛ばされた後、偶然にも凄腕の無所属医師に治療をしてもらったんだって」

「でも……」


 リンは、昨日強盗犯だか窃盗犯に襲われていた少女。

 あのときは男たちの影に隠れていたりしたからよく見えなかったけど、オレンジ色のロングヘアーで、声高く活発気があり、俺の幼馴染的な立ち位置。

 彼女もまた例外ではなく、痩せ型……いや、女性の場合はスタイルがいいというのか? いまいちよくわからないし、服を脱いだ姿なんてわからないんだから、まあそんな感じ。


 なんにせよ、彼女いない歴=年齢の俺とアッシュには難しい話だな!


「心配してくれてありがとう。でも、俺は幽霊ではなくちゃんとここに居る。ほら」


 握手を催促するよう右手を差し出した。


「え」

「ほんとだ、本当に触れる。ちゃんと、ここに居るんだね」


 まさかの、差し出した手の平に反応があるのではなく、腕に抱き付かれてしまった。

 当然、そんなときの対処法なんて考えても居なかったから思考が停止してしまう。


「リ、リン。えーっと、その。確認てきたならよかった」

「うん、うんっ! 本当によかった」


 どこに目線を向けたらいいのかわからなくなり、辺りに向けてみると、口元を抑えてこちらに目線を向けている女生徒たちの姿が視界に入った。

 今にも「きゃーっ」と黄色い声が廊下に響き渡りそうな感じ。

 そう、妹が恋愛ドラマを観ているときにしていた、それだ。


「リン、そろそろ離れてくれる……」

「あっ! ごめん」


 普段はそんなことをしないということはわかっている。

 だから今、リンは目線を下げて気恥ずかしそうにしているが、俺は周りから注がれている目線が気になって気になって仕方がない。


 あ、でもナイス俺、いいことを思い付いたぞ。


「うっ、右手が疼く……」

「えっ、それって大丈夫なの? 今すぐ保健室に行かなくちゃ」

「いやたぶん、そういうんじゃないと思う。朝に見せたし、触っても怪我がないことはわかったでしょ?」

「う、うん。そうだけど……」

「ほら、よくわかんないけど後遺症的なやつなんじゃないのかな。急激な回復によって、それに対してうんぬんかんぬんでなんちゃらかんちゃらな感じで」

「確かにそう、かもね。心配し過ぎるものダメだよね。じゃあこのまま帰ろっか」

「あー」


 なんてリア充イベントなんだろうか。

 俺とは違ってアッシュは、こんな可愛らしい子とほぼ毎日一緒に帰宅している。

 正直、羨ましすぎるだろ……とは思うものの、こういうのは距離が近すぎるが故に恋愛感情に結び付きにくい、というのはもはや世界を超えて共通らしい。


 中身が入れ替わっている、というのは少しばかり罪悪感があるものの、普通に恋しちゃうよこれ。

 だって超かわいいもん、声とか顔とか性格とか諸々。


「えっと、ちょっと寄りたい場所があって」

「じゃあ私も――」

「っと、そういうわけにはいかないんだ。治療してくれた医師に料金を支払う予定なんだ。会うなら一対一って話で」

「そうなのね……わかった、私は一人で帰ることにするね」


 もちろん嘘だ。

 こんな純粋無垢な少女をだますのはいささか心苦しいが、こればかりは致し方ない。


「じゃあまた明日」




「やはり、ここは安心するな」


 秘密基地に到着した俺は、購入した衣類を眺める。


 俺はつい先ほど、店員さんにバレないようカウンターへ軽い謝罪文と全額支払い用のお金が入った袋を置いてきた。

 緊急事態だからとか諸々あったし、正直に謝罪をしたら許してもらえそうな感じもあったけど、表の顔でそれはやりたくないし両親や家に迷惑をかけたくなかった、というのが正直なところ。


「でもこれから何かあったら、あのお店を利用して売り上げの貢献をしよう」


 勝手に贖罪として定めているけど、でもこれぐらいしか償う手段が思いつかない。


 とりあえず、今後の行動で誠意を示し続けるしかないわけだけど、俺はあることを思い付いた。


「右手が疼く――とか言ってみたかったから、いい機会で誤魔化すこともできるだろうと、ついリンの前で言ってしまった」


 俺にはいろいろな憧れや目標があった。

 その中でも、『誰かを護れるために力が欲しい』『異世界に行ってみたい』というのが特に強く、それらの元になっていたのが――患っているのを自覚するほどの“中二病”だ。


 だから俺は力を手に入れた際に、「うっ、圧倒的な力を抑えているから右手が疼いて仕方がない」とか言ってみたかった。

 そして、カッコよくスタイリッシュでエキサイティングに戦い、完璧かつ華麗に困っている人を助けてみたかったんだ。


「ふふふ、はははははっ――こんな感じで敵の前で笑ってみたかったから、昨日のは理想的だった。しかし」


 そんなことを普通に顔出ししてやっていたら、アッシュが望んでいた日常は永遠に戻ってこなくなってしまう。


 だから俺は考えた、『裏の顔をもって活動すればいいのではないか』と。


「表では普通の『今後の方針は未定』という学生を、裏では人々を護る仮面なんちゃらかんちゃらヒーロー! ふふふっ、完璧だ」


 運よく、活動するために必要な変装用の衣類はここにある。

 能力も申し分ない。

 いろいろと試行錯誤は必要そうだけど。


 そう、そこで次に考えたのが衣類をどうするか。

 活動をするたびに収納している場所に移動して~なんてこと、どう考えたって時間の無駄すぎる。


「これをこうして、こうしてみると――おお、おお!」


 アッシュ、キミの努力は本当に素晴らしいものだ、全くの無駄がない!


 この体……いや元の魂は、魔法や魔術を発動させることは生涯を通してできなかった。

 しかし、体内の魔力量は凄まじく膨大で、それを巧みに収めている。

 つまり取り込んだり、魔力を何かの形に捉えて、放出はできないけど体内であったら操ることができていたようだ。


「どう考えたって冷遇されるような人間じゃないと思うんだけど」


 だがそうではなかった。

 この世界には、それらを見破るというか測るシステム的な何かが足りていなかったのか、それとも魔法や魔術を使用できないというだけで測定すら受けられなかったのか。

 どちらにしても、こんな逸材を野放しにするなんてもったいなすぎだろ。


「これで完成か」


 衣類に、体内で織り込まれた濃密な魔力の糸を混ぜ込んでみた。

 するとあら不思議。

 なんと、本来感じる重量が消え去り、着脱の必要がなくなった――というより、思うだけで体内に収納でき、思うだけで着用することができるといった感じで。


「てことは、制服にもそれを施せばいつでもどこでもお着替えが可能ということか。最高じゃないか! よっと、あーらよっと、ほほほいっと」


 さて、後は仲間が居てくれたりするといいよなぁ。

 さすがに昼は学生やってるわけだし、睡眠不足は思考力や運動の能力の低下を招くし。


「でも、身近な人間を誘うのはなしだから――ふぁ!?」


 小屋の外から途轍もない音が鳴り響き、体がビクッとなってしまった。


「おいおい、面倒事だけは勘弁してくれよ」


 と、一応変装状態で小屋の外に出た。

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