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第2話『転生した男、意識が覚醒する』

『俺は……』


 真っ暗な状況で、体もふわふわとしている。

 自分がどこにいるかも、どっちが上か下かもわからない。


 だがそんな中、誰かもわからない俺と同じ声が聞こえてくる。


『今まで努力してきたのに……』


 なんだというのだこの声は。

 自分と同じ声だから、あまりにも違和感が凄い。


 そして、いったい俺に何を伝えようとしているんだ。


『毎日毎日、歯を食いしばって血が滲む手を握り締めて――』


 ……状況は理解できないが、なんだか俺と同じことをやっているような感がする。


『だというのに、ここぞという正念場だというのに、どうして俺は……』


 悔やんでも悔やみきれないような、悲痛な叫びが届けられているような、そんな気がする。


『立ち上がりたい……もう一度立ち向かいたいのに……』


 もしかして、そういうことか。


「――っ」


 予想が一気に現実味を帯び、確信へと変わった。


 意識が覚醒し、俺はどこかもわからない場所で倒れ込んでいる。

 床が硬い、というのはあるが、それとは全く別物の痛みが全身を支配していた。


 状況を把握するため、体を動かすより前に目を開ける。


「……」


 そして、すぐに聞こえてきたのは、二方向からの悲鳴。

 片方は複数、もう片方は単体で。


「うるせえ! 少しは静かにできねえのか!?」

「これ以上騒ぎ立てると、一人ずつ始末したっていいんだぜ?」


 次に聞こえてきたのは、威圧的な態度の声。

 それだけではない、複数の足音と苛立ちを現しているような小刻みに足で地面を踏み鳴らす音。


「こ、こんなことをしてタダで済むはずがありません! もうこれ以上は!」

「ごちゃごちゃとうるせえなぁ! お前、自分が今どんな立場になっているかわかってねえのか?」

「へっへっへ、威勢がいいのは好きだぜ。強気で反抗的な表情が少しずつ歪んでいく様は大好物だからなぁ!」


 あまりにも下衆な発言だ。


『俺は、もう……』


 やはりそうか。

 俺は既に転生して体を手にした。

 つまり、元の宿主は息が絶えてしまい、最期の魂の叫びが俺の元に届いているのだろう。

 そして、状況は理解できないが元の宿主はこの場に居る人たちのために立ち上がり、あの下衆野郎どもに立ち向かった。

 しかし力が及ばず、敗北――命を落としてしまったというわけか。


 笑える状況ではないが、それぐらいには俺と酷似しすぎている。

 だが、俺とは違って意思を遂行することはできなかった。

 悔しいよな、悔しすぎるよな、俺だからこそ……いや、俺だけがそのやるせない想いを理解してあげられる。


 その想い、俺が代わりに――。


「……痛ってー……」


 自分では顔は見えないが、かなりボコボコにされているようだ。

 体も、簡単に言ったら全身が筋肉痛になっている。


 どこまでできるかわからないが、やってみせるさ。


「お、おい」

「なんだよ!? せっかくこれからお楽しみのお時間だったっての……に……嘘だろ」

「たしかに息の根を止めたはず!」

「な、なんだこいつ!」


 腫れあがって、視界不良の左目は使えないようだが、半分だけ開ける右目で――10人の男たちを視認。

 そして、一ヵ所に集められている人たちと今にも服を引きはがされそうとしている少女の姿が。


 こんな状況、パッと見ただけでもわかる。

 場所はわからないが、どこかのショッピングモール的な場所で集団強盗をしている最中で、何かを待機していて人質を一ヵ所に集めているという感じで。


「一瞬だけ焦ったが、全員落ち着けよ。俺たちは全員で十二人居るんだぜ? 負けるわけがないだろ。それに、さっき俺たちがボッコボコにしたばかりだろ」

「そ、それもそうだよな。ちょーっとだけふぅ、焦ったぜ」

「本当そうだよな、焦って損したぜ」


 こいつら馬鹿か?

 いくらこちらが手負いだからと言って、証人となる人間は複数人居るのに重要な情報を口に出すなんて。


 いやまあ……こういうことをするような人間に期待したところで無駄か。


「た――す」


 立ち上がったのはいいものの、口の中は血の味が広がっているし頬が腫れ上がって上手く話ができない。


「ああ? なんだ?」


 うん、このまま会話を試みるのは無理そうだ。


「アッシュ! もう戦わないで!」


 なるほど、俺の名前はアッシュなのか。

 しかしどうしよう。

 自分の力をどうやって使ったらいいのかわからないし、あのドラゴンを一撃で葬った力を人間に使ったらさすがにヤバいよね。

 でも、逆に考えたらこんなことをするような人間に対して容赦をしていいものだろうか。


 さすがに人を殺めたことなんてないし、元の宿主もそんなことをしたことはないだろうし。

 あ! 名案を思い付いた!


「かか――こい」

「あ? この期に及んで『かかってこい』だと? いいぜ!」


 おお、こんな曖昧な言葉なのに翻訳してくれるのはありがたい。


「おらあ!」

「ごふっ」


 少しだけファイティングポーズをとったが、向かってくる男の一撃をそのまま受ける。

 そして――。


「え」

「お、お前強すぎんだろ」


 あのとき感じた力を足に込め、攻撃の直後に超超超後方へ跳ぶ。

 かなり強い一撃をくらったという感じにしておいて、全員の視界から姿を消す。

 そして、普通に着地。


 できるんだったら、このまま走り去って助けを求めに行くのが定石だと思う。

 だけど、そんなことをしていたら人質がどうなるかわからない。

 それにどうにも心がどよめく。

 あの少女だけは絶対に護らなくちゃいけないんだって。


 なんということでしょう。

 何も予想はしていなかったけど、すぐそこに紳士服のお店があるじゃありませんか。

 今はお金が……ないようなので、申し訳ないですがいつか払いに来ます。


「罪悪感が半端ないな。冗談じゃなくて、絶対に後からお金を払いにこよ」


 マジでカッコいいスーツがズラッと並んでいる。

 時間があったら悩みに悩みたいところだけど、そんなことをしている場合じゃない。


「俺に支払い能力がない場合、かなりヤバそうだけど……今は仕方ない。本当にごめんなさい」


 謝って許されたら警察がなんちゃらって話ではあるけど、今は緊急事態だ。

 それにしても凄いな。

 さっきまで文字通り血まみれだったというのに、力を使い始めてからは傷が癒えていく。


「もしかして、一回こうブワーッと使ってみたら全回復するんじゃね?」


 と、思いのままに全身に光が回るように力をモリモリと溢れさせてみる。

 すると、


「わお、本当に完治しちゃった」


 為せば成る何事も――的な感じなカッコいいことをいいたいけど、たぶん意味合いは違うよね。

 そんなことより、変装用の服を探さないと。


「――うおー、マジでカッコよ」


 鏡に映る、上下黒のスーツに白ワイシャツ、ネイビーのベストにネクタイ、黒の革靴を身にまとう自分の姿に見惚れてしまう。


「いや、カッコいいのは俺じゃなくてこの服たちか。後は顔を隠したいんだけど――な、なん……だと」


 フード付きのロングコートに鼻から上の顔を隠すことのできるマスクが置いてあった。


「――準備は整った。行くとしよう」


 店の外に出た俺は、感謝の気持ちを込めて深々と一礼。

 その後、すぐに足に力を込めて超跳躍であの場所へ戻る。


「やめて、やめて!」

「ふへへっ、その調子で抵抗し続けてくれよぉ」

「楽しそうだな、俺も後でヤラせろ」

「ああ、なんだったらこのまま連れ去ってもいいなぁ!」

「がははっ、そりゃあいい!」

「そこの愚民共、愚行を今すぐに止めよ」

「あ?」


 いいぞ、俺の問い掛けに対して全員が俺の方へ視線を向けた、まずは大成功。


「だ、誰だお前!?」

「おい……嘘だろ……」

「気が付いてくれて嬉しいよ」

「な!?」


 人質含め、この場に居る俺以外全員が驚愕を露にしている。

 それもそのはず。

 なんせ、こいつらがベラベラと喋ってくれたお仲間の情報を元に、この場に居ない二人が俺の足元で倒れ込んでいるのだから。


「全ての登場人物が揃った」

「お、おいお前ら! やっちまえ!」

わきえることもせず、愚かな。いいだろう、相手をしてやろう」


 さすがに、あからさまに光を駄々漏らしにする必要はない。

 ここにくるとき試した、力を体の内側で留めるようにしてっと。


「ふぁっ!?」

「まず一人」

「え――」

「二人、三人。造作もない」

「な、なんだって!?」


 跳躍して、できるだけ手加減した手刀を打ち込んでるんだけど……たぶん大丈夫だよね?

 さすがに、人を殺める覚悟はまだできてないからさ。

 それに今は、俺の意志でこの人達を護ろうとしているけど、この燻っている想いは前の宿主のものだ。

 だからその純粋な想いを無下にはできない。

 覚悟を決めるかどうかは、これが終わってからにしよう。


「残り七人」

「ふ、ふざけやがって! お前ら、単独で攻めるな!」

「少しは頭が回るようだが、二人ずつになったところで結果は変わないぞ」

「ふがっ」

「んがっ」

「がふっ」

「あふっ」

「さて、残り三人」


 心が揺らいだのを感じる。

 そうか、残っている三人だけは特別許せないか。

 予想はつく。

 ボコボコにされたやつ、命の灯を消したやつ、あの少女に暴行したやつ、だろう。

 わかった、俺はその想いを尊重する。


 安らいで旅立てるよう、俺が存分に力を貸そう。


「ふ、ふははははははははははははははははははははっ!」

「な、なんだ!?」

「何がおかしい!」

「馬鹿にしているのか!?」

「いいや、そんなことはない。しかし、敬意を払うはずもなく」

「じゃあなんだっていうんだ!」

わが力の一片をお見せしよう。安心しろ、一人ずつだ」

「は――ぐはっ、ぐほっ、ぶはっ、ぶほっ」


 跳躍で接近し、左手ジャブ、右手ストレート、左手フック、右手アッパー。


「着地を見守る義理はない」


 そう言って視線を外す。

 なんだか背後で凄い音がしたような気がしたけど、まあそれはそれで気にしない。


「さあ、二人目だ」

「がっ! ぎっ! ぐっ! げっ! ごっ!」


 左足でつま先から足払い、自分が一回転して体勢を崩しているところに右手でアッパー、空中に上がった相手の足を持って地面へ叩きつけ、踵落とし、最後に蹴り飛ばす。


 どこかの店に頭から突き刺さっちゃったけど、た、たぶん大丈夫……な、はず。


「最後の一人」

「ひ、ひぃ!」

「お前だけは特別扱いだ」

「じゃ、じゃあ見逃してもらえるんですか?!」

「何をふざけている、そんなはずがないだろう」

「ひぃ!」


 少女に跨って暴行をしていた男。

 ああ、そうだよな、そうだろう、わかっているさ。

 殺意にも似ている衝動がヒシヒシと伝わってくる。


「手加減をしてやる」

「お、おお?!」

ワンツー

「ぐほっ、がはっ」

ワンツー

「ぐっ、がっ」


 左のジャブ、右のストレートの打撃を顔面に。


ワンツーワンツー

「くっ、かっ」


 まだまだ顔面に。


ワンツーワンツー

「っ、っ」


 顔面が歪になってきたから、上半身に。


ワンツーワンツー

「――――」

「情けない」


 さすがに意識がなくなったようだから、ここまでということで。

 うん、こんな感じでよかったんだろう。

 さっきまでの燻りはなくなっている。


 ――最後までよく頑張った、お疲れ様。後は俺に任せて、安らかに眠ってくれ。


「……」


 さて、どうしたものか。

 全部倒したわけだし――よし、とりあえずここまでしたんだし逃げよう!


「あの、ありがとうございまし――」

「では」

「たああああああああああ?!?! えぇええええええええ!?!?」


 冷静に考えている時間の猶予はなさそうだったから、俺は全力で駆け出した。

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