「ここは……? 俺はたしか――」
目を開けて身に覚えのない空が視界に飛び込んできた。
明らかにどこかの天井ではなく……そう、星々が散りばめられている夜空だ。
「目を覚ましたのですね」
その、聞き馴染みのない声が耳に届いてきたものだから咄嗟に体を起こした。
「痛っ――くない」
「私はちゃんと観ていましたよ、あなたの最期を」
「じゃあ俺は……」
「はいそうです、あなたは――」
「じゃあこれは転生ってやつですよね!?」
「え、ええ。そういうことになります」
体のあちらこちらを一瞥し、自身に異常がないことを確認。
そして、あまりにも欲していた言葉を耳にして声の方へバッと顔を向けた。
するとそこには、アニメや小説などの物語に登場し、崇められる象徴である【女神】の姿が。
「おぉ……これはまた、美しい……」
「あら、お褒めに預かり光栄です」
口をポカンと開けたまま、それ以上の言葉が頭の中に思い浮かばない。
黄金の長髪に、もう少しで胸やらなんやらがはだけてしまいそうなお召し物。
まさに、絶世の美女とはこの人――いや、【女神】のことを言うのだろう。
これは本当に、まさかのまさか。
俺が、ある日を境に毎晩寝る前「夢の世界だけでも、どうかお願いします」とずっと願っていた展開というわけだ!
「話が速くて助かりますが、未練などはないのですか?」
「そりゃあ……家族のこととか、現実世界でやりたかったことはまだまだありますよ。でも、それを今更悔いたところでどうにもならないのですよね?」
「本当に話が速くて助かりますが……そうですね、私がとやかく言ったところで覆ることはありません」
「なら、この気持ちは時間が解決してくれるはずです。それで、次の世界はどんなところなんですか?」
「いろいろとキマりすぎているようなので、ツッコむことを辞めます」
俺がここに居るということは、通り魔に襲われていた少女を助けられたということ。
なぜそれがわかるかって? だって、刺された包丁を意地でも離さなかったし、意識が途切れる最後にパトカーとか警察の到着を確認していたからな。
「あれですか、ファンタジー的な感じの世界ですよね!」
「ええ、そうです。お金とかある程度の常識は元々生活していた世界観と同じですね。自動車や飛行機などの文明は存在しておりませんが」
「気球的な飛空艇的なやつとか、列車的な蒸気機関車とかはあったりしますか!? それとも、ドラゴンとかワイバーンで空を飛んだりはあったりしますか!?」
「前の方の文明はもう少ししたら出来るとは思いますよ、私のもう少しが人間のどれぐらいかはわかりませんが。後の方は、楽しみとして残しておいた方がよいのでは?」
「なるほど、それはたしかにそうですね。でもまさに、俺が憧れていたような世界だ! じゃあ次は、能力とかを授けてくださるのですか!? もしかして、能力は自分で手に入れていく感じの方向ですか!?」
ツッコむのを辞めたとは言っていたものの、少し呆れ顔でため息を零している。
でもそれが意味しているのは、俺の知識が正しいということ。
それつまり、俺の夢がもう少しで叶うということでもある!
「――残念ですが、それら全てがハズレになります」
「え」
「転生をできる人間は、まずそれだけで
「ああ、なるほど。力を持った転生者が、異世界で暴れまわったり秩序を乱すとかですか」
「まさにその通りです。そこまで理解されている方であっても、例外なくです」
「……なるほど、それはありそうな話ですね」
「ですので、転生する権利は自分で勝ち取ってもらいます」
「ねだるな、勝ち取れ。というわけですね」
「まさにその通りです」
「じゃあ、俺はどうしたらいいのですか?」
言われていることは、俺もその通りだと思う。
ましてや、失敗という前例があるのならなおのこと。
覚悟を示せというのなら問題ない。
なんせ俺は、ずっとこの日を待ち望んでいたのだから!
「これより、試練を受けてもらいます」
「わかりました。少しだけ何が行われるのかを訊かせてもらっても大丈夫ですか?」
「なんてことはありません。私が、これからあなたの精神を覗かせてもらい、それに見合った力を授けます。そして、モンスターと戦ってもらいます」
「わーお」
転生する前に、モンスターとご対面できるなんて最高じゃないか!
どう考えたって怖いが、それが試練というのなら致し方ない。
欲を言うのなら、可愛いモンスターとか……スライム当たりのモンスターだったらありがたいなぁ、なんて。
「戦ってもらうモンスターは、精神を覗かせていただいてから決まります」
「あ、ちなみにモンスターとの戦いに負けたら権利を貰えないわけですよね。その後ってどうなるのですか?」
「敗北は、死を意味します。ですので、これを最後にあなたという自我や精神はここで消滅します」
「え……それって……」
「はい、本当の死になります」
……それもそうか。
俺は素手に現実世界で死んだ。
そして、この場に居られること自体が稀なこと。
ただでさえチャンスを貰えているのだから、こっちが注文を出せるわけでも文句を言っていいわけでもない。
「わかりました」
「本当に面白いお方ですね。大体は、これを聞いたら動揺したり暴れたり泣き叫んだりするのですが」
「そりゃあ動揺ぐらいしますよ。でも、それをしたって仕方がないんですよね?」
「ええ、その通りです」
「ただ、その流れだと……既に、何人かはここで最期を遂げたということですよね」
「はい」
「そのときはそのときです。このまま、お願いします」
「肝が据わっていると言いますか、覚悟が決まっていると言いますか。わかりました、ではこちらへ」
深く大きく呼吸をしつつ、【女神】の元へ数歩前進。
「では目を閉じてください」
言われた通りに目を閉じると、頭に柔らかい手の感触が。
「あなたは最期、少女を助けることに成功しました。安心してください、私はしっかりとその後も観ていましたので」
「……それはよかったです。体を張ったかいがありました」
「命を賭して誰かのために闘う。言葉では語ることはできても、それを文字通りに実行できる人間はそう多く居ません。あなたの行いは称賛に値します」
「人生で初めて、自分が本当にやりたいことをやって褒められました。あ、でももう人生は終わっちゃってましたね」
「ふふふっ、私ぐらいの存在じゃないと笑えないお話ですね」
渾身の自虐ネタ、人生で一度しか使えないけどウケたなら本望だ。
「それにしても、これは……面白いですね」
今、どう聞いても『面白い』って言われたよな。
そんなに面白かった? もしかして、『女神』は笑いに飢えていたのかな。
「終わりましたよ」
頭から手が離れていくのを感じ、目を開く。
「さて、振り向いてください。これから戦うモンスターが出現しますので」
「わかりました」
クルッと振り返る。
「あれ、女神様。俺の武器とかって――」
「これは試練。全て、あなたの力で解決できるようになっています」
「――おいおい、マジかよ」
『――』
目の前に姿を現したのは――龍、ドラゴン。
この空間の、異世界での正式名称はわからない。
だが、知識の中にある『見上げるほどの全体』『飛行機と同じぐらいの翼』『佇んでいるだけで逃げ出したくなる圧』、それら全てそのまま。
腰が抜けてしまいそうな、絶望感。
『ガアアアアアア!』
咆哮だけで体が飛んでしまいそうになる。
間違いなく、剣が何本も並んでいるような牙で噛まれたら絶対に死ぬ。
翼の風圧でも死が脳裏を過り、その口から放たれるであろう炎でも死ぬし、ここからでは少しだけしか視認できていないけど尻尾で薙がれただけでも死ぬに違いない。
こ、こんな存在が俺の対戦相手だっていうのか……?
「……」
逃げ出したいが……元より逃げ場はない。
そもそもの話、試練というのは嘘で女神の戯れに付き合わされているだけの可能性だってあるじゃないか。
だとすれば最悪の事態でしかない。
だが……言葉をそのまま信じるのであれば、【女神】は「全て、あなたの力で解決できる」と言っていた。
なら、できるのかもしれない。
「ああいいぜ。やってやる、やってやるよ!」
どう考えても素手で戦えるのかはわからないが、とりあえずドラゴン横へ駆け出す。
「正面からはどうやったって無理。背後に回ったら、尻尾が危険。だから、側面以外ない!」
普通に走っただけだけど側面に回り込むことができた。
案外、こちらが攻撃を仕掛けないと動かないかもしれない。
この空間に居る、ということは生息しているドラゴンとは少し違うんだろうし。
だったら、考える時間はあるってことなのか?
「……嘘だろ」
あろうことかドラゴンは、俺を標的に定めるのではなく『女神』の方向へノソノソと歩き始めた。
――俺が護らないと。戦わないと。
「なんだこれ」
思いを秘めたそのときから、体の中から湧き上がってくる
その
「わけがわからないが……やるしかない」
――望む、ドラゴンへ飛び込んでいける速度を。
――望む、ドラゴンに立ち向かえるだけの勇気を。
――望む、ドラゴンから『女神』を護るだけの力を。
自分でもわかるぐらいの光に包まるような感覚に、手や足へ少しだけ目線を向けた。
そしてすぐに『女神』の元へ進行するドラゴンへ目線向ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ほぼ一瞬でドラゴンの傍に移動し、背後に右拳の一撃。
『ガアアアアアアアアアア――』
そのままフワッと着地し、『女神』へ目線を向ける。
「大丈夫ですか」
「はい、あなたのおかげで大丈夫です。この通り、無傷ですよ」
「よかった……」
「本当に面白いですね、その力は」
「これ、どういうことなんですか」
「あなたの頭を触ったとき、いろいろと覗かせてもらいました」
「……」
「誰かを護れるように日々努力し続け、どんな日だとしてもそれを辞めることはなかった。たとえ血が滲もうとも、たとえ風邪と引いても、たとえ倒れそうなぐらい体が痛くても」
「そんな大それたことじゃないですよ。現に、こうやって死んじゃってますし」
「それでも、夢のために努力し、最期は自身が成そうとしていたことを成したのです。それは、誇っていいんです。私も、そんなあなたに尊敬の念を抱いています」
「……ありがとうございます。死して達成できた夢っていうのは、なんとも言えない気持ちですね」
「さて――あなたは試練の制し、権利を勝ち取りました」
そういえばそうだった。
感情が渋滞しすぎていて、今のが試練だったんだよな。
「ですが、謝らなければならないことがあります」
「え?」
「これから転生するのですが、新しい体というわけではありません」
「まあ、そういったパターンもありますよね」
「理解が早くて助かります。ですが間違いなく、あなたたちにとって素晴らしい出会いと始まりになるでしょう」
「いろいろとありがとうございました。俺、褒めてもらえて嬉しかったです」
「いいのです。全て、あなたの力であり、あなたの想いであり、それら全てがあなた自身なのですから」
「本当に、ありがとうございます」
「それではお元気で」
「はい!」
俺は深々と【女神】に頭を下げ、温かい何かに包まれていくような感覚を最後に意識が途切れた。