コンコンコン――と、軽快なノックが三回鳴る。
「んあ? 今、音しなかったか?」
「まっさかー」
コンコンコン――。
「鳴ってるな」
「ああ、俺にも聞こえた」
男達は目を点にし、ただ茫然と顔を合わせる。
「流石に無視をし続けるのは無理があるか」
「だな」
片方の男が立ち上がり、剣を持つ。
もちろん、一連の流れをマーリエットも把握しており、一縷の望みを抱く。
――誰かはわからないけど、偶然にも通りかかったのかもしれない。なら、もしかしたら助けてもらえるかも……。そんな事をすれば助からなかった時に酷い仕打ちを受けるだろうけど……これが助かる最後の機会なんだ。
淡い願いが叶うのなら、アルクスやミシッダであってほしいと想いながらも覚悟を決める。
――男が扉を開けて話を始めたら、頭を思い切り壁と床に叩きつけて音を鳴らす。そんな事をすれば、客人は不思議に思うだろうし、今も見張っている目の前の男が声を出して私を止めようとするはず。
マーリエットなりに、自分を誘拐してきた男達の性格を推測していた。
他の人間ならまだしも、この男達は咄嗟の判断を冷静にできるような人間ではない。だから、それを利用する。
「はーい、今開けます」
警戒されないためであろう、来客を迎える男の声は優しいものであった。
「……ま、まさか!」
――その反応! 私が行動をするまでもないんだ! ミシッダさん――アルクスだわ!
マーリエットの微かな願いが、希望が叶ったと感情が爆発しそうになる。
目の前に居る男も、いざという時のためにすぐ横に乗せてある剣を手に持った。
――もう遅いわよ。あなた達はもう詰み。これから先の人生をもって罪を償い続けなさい!
しかし。
「こんな沢山の援軍が来てくれたって言うのか!?」
――……え……?
「おーい! もう見張りはいいぞ! お前もこっちに来いよ」
「ん? なんだなんだ」
警戒していた男は、スタスタと軽快な足取りで声の方へ向かっていた。
マーリエットにとってこれは好機。
すぐに予定していた行動を起こせばいいのだが……。
――ど、どういう事? あの嬉々とした声色、そして増援? 「もう見張りはいい」?
あまりにも想定していなかった言葉が耳に届き、マーリエットは動揺を隠せない。
「おぉ、これはこれは。やっと俺達も解放されるって事か」
男達は開放感に包まれる。
扉を開けた先、軽装ではあるもののしっかりと武装した20人の増援を前に。
「それではどうぞ、こちらへ」
男達は満面の笑みで、戦闘の兵士を部屋へ招き入れた。
「……」
マーリエットと、一見したら清潔感のある好青年は目線が交じり合う。
しかし男は声を発さず、確認が取れ次第、一枚の文字が記された紙を男達へと渡して外へ戻っていく。
「えぇ……」
「おい、そんな事よりなんて書いてあるんだ」
「ああ。どれどれ。『我々は、依頼人である男がここへ到着するまで近辺を護衛する。それまではここで見張りを続行する事。依頼人が到着後、金銭の受け渡しをして解放とする』、だそうだ」
「なんだよー、まだ俺達は解放されないのか。そんでもって、やっぱりあのフード男と対面しないとダメってか」
「まあ、こればっかりは仕方がないだろ。ってなわけだ、お姫様。俺達だけだったら、もしかしたら逃げられると思っていたかもしれないが残念だったな」
「……」
マーリエットは隠そうとしていた意志とは裏腹に、抵抗心が目に出てしまっていたものの、その灯は消えてしまった。
男達がその口で言っていた通り、『二人とも疲れて寝てしまえばもしかしたらここから脱出できるかもしれない』、と見込んでありとあらゆる脱出の手口を脳内で画策し続けていたのだ。
しかし、その全てが一瞬にして消え去ってしまった。
マーリエットは、書類で読み上げられた内容と突如姿を現した男の情報しか把握していない。
全員で三人ならばもしかしたら――という希望を抱けたかもしれないが、書類を読み上げた男は冒頭にハッキリと『我々は』と述べていた。
つまり、間違いなく三人よりは数が多いのは確定しており、その上限は想像する他ない。もしかしたら五人かもしれないし、もしかしたら五十人かもしれない。
まさに絶望的な展開。
――私のできる事は、もうない。それに、もしも助けた来てくれたとしても予想もできない人数を相手に勝てるわけがない……。
マーリエットの心は、完全に折れてしまった。
「まあでも、俺達はただ待っているだけで良いって事なんだから楽になったもんだ」
「警戒なんてしていなくて良いんだから、酒でも飲み始めるか?」
「それはさすがにマズいだろ。あの人達ならまだ大丈夫だろうが、フード男にバレたら、報酬を無しにされるならまだ良い。首を飛ばされるかもしれないぞ」
「おい――そんな怖い事を言うのはやめてくれよ。やめておこう。うん、ちゃんと行儀よく待とう」
打開不可能な状況に、男達は震えあがって無意識にマーリエットの心へ追撃する事になる。
――数が多いだけではなく、さらに強い人が依頼主として居るって事なのね……本当に、私の人生はここで終わってしまうんだ……。
自分の不甲斐なさに涙が溢れてしまう。
全ての始まりは、自身が抱いた無知からくる行動であった。
世間をほとんど知らない箱入り娘でありながら、国を治める両親に異議申し立てを行おうとして行動に移す。誰にも相談せず、『自分は大丈夫』という慢心から自信を守護する騎士を任命もせずに。
その結果、姉弟間では第一皇女マーリエットは周りから煙たがられ孤立を招くだけではなく、こうして誘拐されてしまった。
正義感に突き動かされているように立ち回っているマーリエットは、周りから見たらさぞ滑稽な事であっただろう。
いくらルイヴィスの配下が優秀な人材で隠し通しているとしても、邪魔者が消えている事を把握しているのにもかからわず誰も行動を起こしていないのだから、その全てが物語っている。
もしも誰かが行動を起こしているのなら、国の第一皇女が疾走しているのならばその噂は国の端にあるパイス村でも届いているはず。
――せめて最後に、こんな私でも育ててくれたお父様とお母様に謝りたい……。
最後の望みを心で吐露していると、出入り口から反対にある壁から音が鳴る。
コンコンコン。
「ん?」
「え?」
「おいおい、心に余裕が出てきたからって遊ぶのだけはやめろよ」
「は? 何の事だよ。そんな悪戯するわけねえだろ」
コンコンコン。
再度なるそのノックに、男達は理解できない違和感を抱き壁へ目線を向ける。
「まあ、あれじゃないか。あの人達が、この建物がどんな構造になっているか外から確認しているんだろ」
「なるほどなぁ。そりゃあすげえ。俺達だったら絶対にそんな事はしないよな」
「しないしない。俺達がそこまで頭が回るわけねえだろ」
「がははっ、そりゃあそうだな!」
男達は気分が上々になってきており、緊張感から無縁に、舌を出しながら下品に高笑いを始める。
コンコンコン。
先ほどより音が大きくなっていく。
「ほえ~、俺達もあの人達を見習って少しは賢くなれそうだな」
「おいおい、俺達が真似をしたところで何をしているかわからねえだろ?」
「それもそうだなっ! がっはは!」
「姫様は理解できたりするのか?」
「できてるんじゃねえか? 少なくとも、俺達よりは育ちが良いから勉強してるだろ」
「そんなもんか? 勉強ができねえ環境っていうのは辛いなぁおい」
「しゃあないしゃあない」
ミシミシミシ。
「おぉ、体重でもかけてるのか?」
「すげえ~」
ミシミシミシ。
木造の壁が軋む音は次第に大きくなっていく。
「どうなちゃっんだ? 何を検査しているんだ?」
「後で訊いてみようぜ」
「無駄無駄。どうせさっき声を出さなかったのは、別の場所であったとしても存在を悟られないようにするためだろうから」
「どうした、急に賢そうな事を言い出して」
「んなわけねえだろ、即興で考えたんだよ」
ミシミシミシ、バキバキバキ。
「え、そろそろヤバそうじゃね?」
「壁がこっち側に反ってきてるな」
「これじゃあ壁が壊れるんじゃね?」
「まさか。ギリギリまでやってるんだろ。俺達より頭良さそうだったし」
「それもそっ――」
しかし、男達の予想は大きく覆ることになり、それはマーリエットにとっても同じ事であった。
「お姉ちゃん! 発見!」
「――っ!」
壁は――いや、それどころではない。木造建築の小屋は崩壊し、男達は崩れ落ちてきた木材の下敷きになってしまった。
「ちょーっと待ってね」
姿を現したのは、白光する半円の何かに覆われているルイヴィス。
「このナイフね、知り合ったばかりの男の子からプレゼントしてもらったの。私、実は武器の一本も持たないで旅をしている設定だったからさ。『女の子なんだから、護身用のナイフ一本でも持ってないと危ないよ』、って。優しいよね~、でもカッコよくもあるんだよ。かわいい一面もあるし、私ね、その人の事が好きになっちゃったの」
感動的な再会でもあり、かなりシリアスな展開にもかかわらず、呑気に
ナイフを初めて使用するものだから、恐る恐るマーリエットを縛っている縄を切断していく。
当然、隠密とは正反対な事をしているのだから援軍で来ている人間達に囲まれてしまっている。
しかし、ルイヴィスは話を辞める事はない。
「ねえねえ、お姉ちゃんはもう村には行った? あそこの人達、みーんな優しいの。しかもしかも、味付け干し肉がすっごくお薦め! あれはもう、一度食べたら絶対に忘れられないほど美味しいんだから」
「――こんな状況で、凄い話をするのね」
口元の拘束まで開放する事ができ、マーリエットは状況が整理できないがルイヴィスへと言葉を返す。
「だってさ、こうして分け隔てなく話をするのなんて随分と久しぶりじゃない?」
「……そうね」
嬉々として話をしているルイヴィスを見る視線の延長線上、無言の圧をかけてきている人間達が視界に入る。
「ねえこれ、本当に大丈夫なの?」
「えっへん。お姉ちゃんならすぐにわかるでしょ、これが私のスキルなの。誰かを護れる、私の意志が最大限に反映されてるんだよ。そんじょそこら辺の攻撃ぐらい、全然効きませーんっ」
「凄いわね、それ」
「でしょでしょ!」
「……でもルイヴィス、訊いてもいい?」
「なになに?」
「これって、このまま動けたりするの?」
ルイヴィスはマーリエットへ抱き付き、黄金の髪と白銀の髪が重なり合う。
「えっ、急にどうしたの!?」
「お姉ちゃんごめん。動けなーいっ!」
「えぇええええええええええええええええええええっ!?!?!?!?」