「――お、アルじゃないか。偶然だな」
「ミシッダさんじゃないですか、今日って村に用事があったんですか?」
「あー、ちょっとばかり――てか、ここで会ったら隠したって仕方がないか」
アルクスは、ミシッダの含みのある言い方に首を傾げる。
「実は今日、マーリエットも一緒に村へ来ていてな」
「え」
「まあ、言いたい事はわかる」
「ブワッと心配事が沢山出てきましたけど、ミシッダさんと一緒なら問題ないですもんね」
「そういうわけだ」
ともなれば、今の状況に疑問が浮かぶのも至極当然な事。
「マーリエットはどこに居るんですか?」
「それなんだが、いろいろあってな。ビクビクしてたから、前のアルみたいに村へ放ってみたってわけだ」
「え。それ、冗談ですよね?」
「いいや、残念ながら本当の事だ」
「えぇ……実際に経験したからこそ、崖から突き落とすような真似に反対できないのが悔しいです」
「アルも最初は他人の目が怖くて怖くて怯えていたもんな」
「懐かしいですね。でも、この村の人達がみんな良い人達ばかりで本当に助かりました」
「じゃあ、そろそろ集合する頃合いに僕が通りかかったというわけですね」
「あー、まあそんな感じだ」
歯切れの悪い言い方が少しだけ気になってしまうも、アルクスが質問する前にミシッダから問いかけられた。
「実はな、アルの姿を見たんだ。あの子が話に出ていた、いろいろと話が合って手伝ったりしてくれている子なんだな?」
「はい、そうです。僕には女の子の事はサッパリなので、物凄く助かってます」
「そりゃあそうだろうな。で、どこまで話したりしているんだ?」
「実はもう、いろいろと全部です」
「ほほお~。お前がそこまで心を開いているとは、正直驚いた。んで、じゃあ相手はそれ相応の話をしてくれているのか?」
「偶然、この村に立ち寄っているだけだっていうぐらいですかね」
「血は争えないって話だな」
「どういう事ですか?」
「いいや、こっちの話だ」
当然、ミシッダは全てを知っている。
姉妹揃って素性を隠したままアルクスの近くに居る事を腹立たしく思うも、ふと思い出す。
「時間がある事だし、ちょうどいいか。本当は家に帰ってから話そうと思っていたが、待っている時間がもったいないから今にするか」
と、コートの内ポケットからお金が入っている袋を取り出す。
「え……時間が余っているから、何か買ってこいって事ですか?」
「違う違う。これが、私の収入源というわけだ」
「と言いますと?」
「実はな、私はこの村を護る事で人々から用心棒代としてお金をもらっているんだ」
「なるほど。それはとても納得のいく話ですね」
「なんだその言い方は。予想でもしていたって事か?」
「はい、まさしくその通りです。さすがに考えますよ、いつも渡されているお金はどこから出ているんだろうってぐらい」
「それもそうか」
ミシッダはあまりにも納得のいく内容に袋をポケットへ戻す。
予定では、驚くアルクスにどうやって追い打ちをかけてやろうかと画策していたのだが、それが叶うことはなかった。
「ミシッダさん、本当にそろそろ集合時間なんですよね? ちょっと遅くないですか?」
「ああ、それは間違いない。なーに、アルは人の事を言えた立場ではないだろ? 大人達と話をするのが楽しすぎて夜まで話していたくせに」
「もう、あの時の事はいいじゃないですかっ。みんな優しい人で、美味しい食べ物も沢山貰えて嬉しかったんですから」
「なら、マーリエットだってそうなってる可能性大って事じゃないか?」
「そう言われたらその通りすぎて何も言えないですよ」
しかし、当時のアルクスと現在のマーリエットは決定的な差があるのもまた事実。
「……ていう冗談はさておいて。状況から察するに、最悪な展開になっている可能性がでかい」
「え……?」
「確証はない。だが、一応は自分がどういう立場なのか理解できないほど馬鹿じゃないと思う。そんな人間が、誰かの行為だからといって集合時間に遅れるとは思えない」
「考えたくはないですけど、遅れたら絶対に心配されると思いますね」
「だろ。そして既に集合時間として目安にしてた夕陽になっている。つまりは、そういう事なんだと思う」
ミシッダは思考し、腕を組む。
そして、これから焦って騒ぎ始めるであろうアルクスをどうなだめるかも考え始めるのだが。
「移動手段がないとすれば、まだ村の中で潜伏してる可能性はありますかね」
「――ほう、これはとんだ見込み違いだったな」
「何がですか?」
「いやな。普段通りのアルだったら、ここで騒ぎ始めるだろうなって思っていたんだ」
「いや、全然落ち着いてないですよ。一人だったら、間違いなく考えなしでどこかに突っ走って行っていたと思います。でも、今はミシッダさんが居ます」
「私はアルに随分と信頼されているようだな」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前、か。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。だが残念ながら、その期待には応えてやれない」
「どういう事ですか?」
アルクスは、ミシッダの発言を理解できず思考を巡らせる前に質問してしまった。
「アルクスの報告には、今回の件で増援が来ている話があったな」
「はい。最初に顔を合わせた人達とは別人でした」
「しかし、村の中ではそいつらの存在は確認できていない」
「はい、その通りです」
「ならば、拠点をどこかに設けている可能性がある。そう思い、実は森の中をいろいろと散策していたんだ」
「なるほど……ここ数日の帰りが遅かったりしていた理由がそういう事でしたか」
「それで、一応は見つけてある。勢いで壊しても良かったんだが、もしも違ったら問題だ。だから時間を見計らってアルと情報のすり合わせをしようと思っていたんだが――悪い、私の不注意だった」
「謝らないでください。最近は警戒心が薄れていましたから、僕も同罪です。でも、そこまでわかっているのならあっという間に解決できるのではないですか?」
ミシッダは腕組みを辞めて姿勢を正し、軽く頭を下げた。
「私はいけない。アルだけで行ってくれないか」
「え――ミシッダさんやめてくださいよ!」
ミシッダは頭を上げ、事情を説明する。
「増援の数は、正直わからない。マーリエットを助けた後、もしかしたらそいつらが村を襲撃するかもしれない。だとしたら、私はここで村を護らないといけない」
「わかりました」
「おい、少しは考えろ」
「だって、それは凄く大事じゃないですか。僕にだってわかります。この村には……いや、皆さんには大変お世話になっています。僕にとっては、村に住んでいる人達も家族だと思っていますから」
「……」
「そんな大切な人達を、僕が知っている中で最強な人が護ってくれるんですから、これ以上安心できる事はないと思います」
「またまた嬉しい事を言ってくれるじゃないか」
「なので――」
今度は、アルクスがミシッダへ深々と頭を下げる。
「皆さんをどうかよろしくお願いします」
「ああ、任された」
「ありがとうございます!」
アルクスは顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「アルクス、武器はあるか」
「あります。ですけど、今は黒い方だけですけど」
「私のを貸すか?」
「いいえ、大丈夫です」
「ふんっ。余裕だな。相手の人数はわからないんだぞ? 勝算はあるのか?」
「正直わかりません。でも、僕はマーリエットを護りたいです」
「どれぐらいだ?」
「心の底から、そう想っています」
「ならわかった。問題無さそうだな」
ミシッダは勝利を確信し、笑みを浮かべた。
「あっちの方向だ。少しばかり距離はあるが、道が続く限り真っ直ぐ走れ。そして、道の途中でかなりわかりやすい目印をつけてある。他の人はわからないが、アルなら一瞬でわかるやつを」
「わかりました! では、行ってきます!」
「ああ、速攻で帰ってこい」
アルクスはミシッダへ手を振り、行く先へと駆け出した。