「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
全速力を続けたアルクスは、当然の如くパイス村へ辿り着く前に息切れを起こしていた。
膝に手を突き、今すぐにでも座り込みたいと思っているがミシッダの余計な一言を思い出してしまう。
「いいいいい行かなきゃ!」
独りでに顔を真っ赤に染めたアルクスは、再び走り出した。
村に着いた途端、アルクスは考える。
――あれ、服のサイズはある程度大丈夫だろうけど、どういうのを選んだらいいんだろう。
アルクスは、女性へのプレゼントなんて選ぶ機会は一度もなかった。
あるといえばあるが、それはミシッダへのプレゼントぐらいで、アクセサリーなどの小物だけ。
こればかりは一人で悩んでいても答えは出ない。
まずはいつもお世話になってる肉屋のメリーダのところへ向かおう、と行き先を決める。
村内を歩き始めると、ルート的にいつも通る串焼きの店の前を通過。
……しようとしたのだが、もはや恒例行事と化しているかのように呼び止められた。
「おうアル、昨日は珍しく二回も村に来てたけど、買い忘れとは珍しいな」
「あはは……ついド忘れしちゃってまして」
「まあ、そんなことは誰にでもあるからよ、気にすんな。そ・れ・で・だ、面白れえ話があるんだが聞いてかねえか。情報量は串焼き一本でいいぞ」
「なんですかそれ。てかその情報、安すぎません?」
「そんな硬いこと言わないでくれよお。お前と違って俺は会話してくれる人がいねえんだよお! 寂しいんだよぉ!」
急に半べそをかき始める店主へ、アルクスは当然の突っ込みを入れる。
「ダズさんには奥さんとお子さんがいらっしゃるじゃないですか」
「それがよぉ、聞いてくれよぉ! 最近、ちょっとだけほんのちょーっとだけ態度が冷たくてよ。晩飯だって一人で食べるようになってよ……うっぐっ……」
話の途中から急に涙を流し始めた店主に情が芽生え、その交渉につい乗ってしまう。
「わかりましたよ、わかりました! 串焼き一本ください」
「おう、おうよ! ありがとな!」
鼻水を垂らしながら感謝を述べる店主。
自分より十は離れている男が、鼻水を垂らしながら接客をしていて大丈夫なのか。と、アルクスは心配になってしまう。
「それで、面白い情報ってなんですか?」
「おおう、よくぞ聞いてくれた! あのな、ここだけの話、銀髪――いや、白銀の髪をした超絶美人のお嬢ちゃんがこの町に来てるんだよ。肌もピッチピチで超かわいいかったんだぞ――――ひっ!?」
「え、どうしたんですか」
「いや、なんか知らねえんだけど、背中を鋭利な何かでぶっ刺されたような気がしてな。っはは、そんなことあるはずもねえのにな!」
アルクスは苦笑いをするも、「それは間違いなく奥さんだと思いますよ」というの核心的な事は、変な事に巻き込まれそうだったから胸の内に留めた。
「それでな。多分なんだけど、俺の見立てだとアルと同い年だと思うんだよ。うーん、一個下かもしれねえ。まあ、どっちかだな。うん、俺の勘がそう言ってるんだぜっ」
「そうなんですねぇ」
「ああそうだ、間違いねえ!」
「っ!?」
「あ? どうしたアル」
アルクスは観てしまった。
店の奥――暗闇から赤く目を光らせる何かを。
普通は見えない紅いオーラを放ち、長い髪がブワーッと逆立っていた。
「い、いえ。僕も用事がありますので、こ、これにて失礼します」
「そうか、じゃあまたな!」
身の危険を感じ、この場から退散することに。
立ち去った後、後方で何かが叩かれるような、何かが折れるような、そんな穏やかではない音が聞こえたのは言うまでもない。
――奥さん、ほどほどにしてあげてください……。
ここまでくれば、目的地は既に視界に入っている。
後は、メリーダの店ですぐに食べれるものを購入し、それを食べながら意見を聴くだけだ。
「あの、私が居ないと思って恥ずかしい事を言うのをやめてもらえませんか。それに、私はちゃんと下着を履いています!」
「私のだけどな」
「もう、そういうことではないです!」
マーリエットは頬を膨らませ、プンプンと怒りを露にしている。
「あーっはっはっはっ」
それを見たミシッダは、爆笑。
腹を抱えている
「あー、腹痛い――ふぅ」
「ふぅじゃありません! こんな辱めを受けたのは初めてです!」
「まあ、そんなに怒るなよ。それで。ここを観て、アルを観てどう感じた」
「……」
四体立てられている木人形に刻まれた無数の斬り傷。
それらを囲むように凛々しく立っている複数の大樹にも、同じく残る複数の斬り傷。
視線を落せば、地面一体に残る無数の靴跡。
使い古された木剣や木短剣。
そして、あの立ち合い。
しかも、独りになってしまっていた期間もサボることなく訓練をしていたと言っていた。
並大抵の努力ではない。
「近くに居るのに、物凄く遠く感じました」
「だよな」
「他人事なんですね」
「昨晩はお楽しみだったようじゃないか。やる時はやるんだな」
「なっ! そんなことはしていません!」
ニッシッシっと捻くれた笑顔を浮かべるミシッダ。
「まあ、私の部屋、隣だからな」
「えっ」
「だから、そういうことをするときは私の居ない時にしてくれよな」
「しませんってば!」
それはもう真っ赤に顔を染めたマーリエットは、今にもミシッダに飛び掛かりそうな勢いとなっている。
「冗談はさておき。聞いたんだろ」
「はい。生い立ちについては完全に私達の落ち度です。ご家族の事は悔やんでも悔やみきれません。謝罪しても許されるべきではないと理解しています」
「そうだな。それは、擁護のしようがない。一生を以って償っていくしかないだろうな」
「彼に私の身分を明かしたとして。彼は私を、私達を許していただけるのでしょうか」
「そんなものは知らん。だがな、アルは強いぞ。私の教えもあるだろうが、あいつとしっかり向き合えるようになるよう、自分の覚悟をみせるんだな」
――覚悟……。
「私が彼の隣に立てる資格……やはり、私の気持ちは変わりません」
「いいのか。絶対に後悔するぞ」
「それが、私の覚悟です」
「わかった。じゃあ、アルには悪いが新品はお姫様が使うことになっちまったな」
「でも、それはあなたのために作ったと……」
アルクスの発言を思い出すマーリエット。
「私にはもったいないぐらいの綺麗な木剣だ。馴染んでる方が使いやすいからな」
「わかりました」
ミシッダから木刀を投げ渡され、両手で受け取った。
「それで、どんくらいできるんだ?」
「は、初めてです……」
「かーっ! これだからお姫様はよぉ。はぁ」
「でも、やります」
構えも何もなくとも、両手で柄をしっかりと力強く握り、体に力を入る。
「良い面構えだ。じゃあ、いくぞ」