「えー、ルイヴィス・ヴァイ・アールス様。本日もご機嫌麗しゅうことと存じ上げます」
「やめてちょうだいな。そんな堅苦しい挨拶」
「そう言われましても……これをしないと、何かと面倒なんですよ」
王城の一室――第二皇女専用の皇室にて専用の玉座に座るルイヴィス。と、その前に片膝を立て跪き
他にも計十人のメイドが壁沿いに並ぶ。
その全員が女性であり、目の間に頭を垂れ跪いている騎士もまた女性である。
メイド達は白を基調とした清潔感溢れる服装に身を包んでいて、髪色も体格もまた個性溢れるものとなっている。
騎士は両腰に剣を携え、服装は軽装。
メイド達は目立つ武器は装備せず、ただ両手を前で揃え、頭を下げている。
一通りの挨拶を終え、立ち上がる騎士。
「さて、本日はとんでもない情報が入ってきましたよ」
「あなたがそこまで言うのでしたら、期待しても良さそうね」
「ええ。私も最初は目を疑いました。随分と珍しい鷹でした。全身から生える羽が漆黒という感じに。差出人はわかりませんが――一応ですけど、これから話す内容は他言無用です。それに、声を大きくしないでくださいね」
「ん? リイネに忠告されるほど私はおまぬけさんじゃないわ。そんなの当り前じゃない。もしかして、みんなには下がってもらった方が良さそう?」
「いえ、そこまでしていただく必要はありません。というより、彼女達の力が必ず必要になる案件です」
ルイヴィスは首を傾げ、そのキラキラと輝く白銀の長髪を横に垂らす。
「では――昨日より消息不明の疑いが掛けられている、第一皇女マーリエット様だと予測される人物が発見されました」
「そ、それは大変なことじゃないっ! あ、ごめんなさーい……」
そうなると容易に予想できたため先ほど忠告したのだが、見事にそれを破られ、リイネは盛大な咳払いをせずにはいられなかった。
悲しくも、お手本と言っていい綺麗なリアクションをしてしまったルイヴィスは両肩を縮こませる。
「あの、つい……」
そんな面白い光景を前に、メイド達は声に出して笑わずも肩を細かく震わせている。
「まあ、それはそれとして。マーリエット様が発見されたとの情報を手に入れたのは、ここより数日も馬で移動したところになります」
「その場所は?」
「パイス村というところになります」
「……あまり聞いたことのない場所ね」
「そうですね。ここはアールス帝国の領地となってはいますが、その中でも端の方になっています。なので、帝国の人間はほとんど干渉していない場所になっています。噂では他国人も平然と利用し、住民もなんら抵抗なく受け入れているとか」
「なるほどね。たしかに、そんな情報を大っぴらに開示しようものなら、その村にどんな不利益が被られるかわからないわ」
ルイヴィスは足を組み、腕を組む。
「それで、本題はここから、よね」
「はいそうです。マーリエット様は何かしらの理由によって捕まっていた。とのことです。しかも、泥や土に塗れて」
「なっ! なんて酷いことを……でも、その情報がここまで届いているということは、何者かによって救出されたということでしょ?」
「……いえ。それが、その旨は書かれていないのです。なので、そのままどこかへ運ばれてしまったか、まだ村に残留しているか。全くの情報がありません。最悪は――」
「ダメよ。それ以上は言ってはダメ。例え私の騎士であったとしても、それだけは絶対に許しません」
「――も、申し訳ございません。失言でした。どうかお許しください」
ルイヴィスの目と声に怒気が宿っている。
リイネは迅速に謝罪を述べ、深々と頭を下げた。
普段は絶対に見せない
その時はいつでも、自分の信念から曲がったことを言う人や行動をする者に向けられてきた。
第二皇女ともあろう人物が、そのような顔をするのだ。
他の貴族や下の皇女達からは自然と距離を置かれ、こうして配下となる人物も自然と厳選されていった。
「――許します」
ルイヴィスは深く息を吸い、謝意を受け取る。
「それでどうするか。ということね」
「はい、その通りです」
「まず、普通に考えてお姉様がそのような事態に陥るというのはありえない。例え、ただの一人でさえ護衛をつけていないとしても、第一皇女という触れたくもない存在に手を出す愚か者はいない。……だとすれば、これを仕掛けたのは、皇族、もしくはその関係者」
「随分と恐ろしい話です」
「たしかに、その身分からお姉様を煙たがっている愚か者が居るという事実は嘘ではない。でも、こうして手を出せば、真っ先に疑われるのは跡目争い――つまり、私たち皇族。そんな愚行を犯す者がいるのか疑問ではある」
目を閉じ、様々な思惑を予想するも答えは出ない。
「ダメね。答えは出ない。しかも、もしもお姉様を救出できたとしても、黒幕は絶対に暴き出せない」
「最悪な展開ですね」
「そうね。本当に最悪よ。それに、誰も頼れない」
「ですね。こんな時、自分だったら絶対に知らぬ存ぜぬを貫き通します」
だが、ルイヴィスは落胆せず。
自らの配下に目線を配らせ、自信満々に話を続ける。
「でも、私には心強いみんながいる」
「やっぱりそうなるんですか。でも、これっぽっちも悪い気はしないですね」
壁に並ぶ、顔を上げていたメイド達も笑みを浮かべ、軽く一礼する。
「私は本当に信頼できる配下に恵まれたわ。誇らしく思うわよ」
「ありがたきお言葉です。私達も、そんな姫様に付き従えて誇りに思います」
メイド達は全員、体をルイヴィスへ向けて再び深々と頭を下げる。
「私は手の届く人を見捨てない。必ず守ってみせる」
「素晴らしい心持ちでございます」
「では早速作戦会議に移りましょう」
ルイヴィスは立ち上がり、玉座の裏にある部屋へと足を進め、後を追うかたちでメイド達も部屋を移動する。
中から声が漏れない程の分厚い扉の先にある部屋。
ここはルイヴィスのみが知っていて、仕掛けを解除しなければ入れない。
そのため、侵入は愚か、盗聴のようなものは実質不可能となっている。
広さでいえば、皇室の三分の一程度。
ベッドやソファーもあり、普通に生活ができるぐらいの広さや快適さはある。
中央にはそんな個人用の部屋にしては大きい円卓が配置してあり――そう、全員がその卓を囲んで見られるように。
「今回もみんなの力が必要となるわ。期待しているわよ」
「ということは、移動はスキルでということですね」
「そうね。でも、今回は私一人だけで行こうと思ってる」
「そ、それはなりません。と、言いたいところではありますが、策はあるのですか」
「正直に言うと、ないわ」
メイド達は平然とした表情をしているが、リイネは口をポカンと開ける。
「いや、それはいくらなんでも無茶というやつでは」
「この作戦で最優先事項はお姉様の救助。これは共通認識として間違いないわね」
「はい」
「でも、私達の敵はそこだけではないわ」
「ああ、なるほど。敵は外にも内にもいる。だから、ルイヴィス様と私が二人も一気に姿を見せなくなれば怪しまれる――と」
「そういうことよ。……それに、心配しているのはあなただけよ。みんなを見て見なさい」
催促されるリイネはメイド達の顔を一瞥する。
ルイヴィスの言う通りで、皆平然としていて誰一人として焦りを見せていない。
「まあ、ルイヴィス様のお力を鑑みるとその通りなのですが……少しばかり、ご自身の力を過信しすぎではありませんか」
「そうかしら? 帝国最強という名を欲しいままにしている、剣聖リイネ・カルカットノイズが動いたとなったら、それはもう噂が途轍もない速さで広がって大変なことになると思うのだけど」
「それはそうですが……」
「私の力はそんなに信用ならないかしら?」
「いえ、そこに関してはなんら疑う余地もありはしないのですが。どちらかというと、その正義感というものがどうにも危なっかしくて」
「で、も、あなたはそんな私だから配下になってくれたのでしょう?」
「全くその通りです。わかりました。ルイヴィス様、ご検討をお祈り申し上げます」
リイネは全てを諦め左手を胸に当て、君主へ一礼。
「では、ターナ、リィリ、身支度の準備を。マリカ、ロニカ、隠蔽工作の準備を。ナイナ、ミイミ、サイサ、ムイム、転移の準備を。エリース、セアラ、調査の準備を」
「「「「「「「「「「仰せのままに」」」」」」」」」」
メイド達は、足早に各々の準備を始める。
「あの、一応私の剣を一本でも――」
「それは無理な相談ね。目立たないためにも一人で行くのに、あなたの剣を知ってる人が居たらどうするのよ。それに、そんな代物を素人が使えるわけないじゃない」
「それはそうですが……」
「心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫よ。私を信じなさい。貴女の主人であり、アールス帝国第二皇女ルイヴィス・ヴァイ・アールスその人を」
「そうですね。少しばかり過保護でした」
「なーに言ってるのよ。私と同じ年齢のくせに」
メイド達の迅速な対応により、様変わりするルイヴィス。
誰がどう見ても貴族という雰囲気は感じられない、一般市民と同様の服装を身にまとい――支度は整った。
後は、スキルによって転移するのみ。
全員同じ青色の髪色をした、ナイナ、ミイミ、サイサ、ムイムはルイヴィスを正方形に囲む。
「じゃあみんな、留守は頼んだわよ!」