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第1話『囚われの少女』

 ここは辺境の地――パイス村。

 といっても、食材の商売が活発に行われており、その種類の多さも魅力的となっている。


 アルクスは、木造や石造建築の家々や屋台が並ぶ中、石畳の地面を歩いていた。


「らっしゃいらっしゃい、今日も新鮮の野菜が並んでるよーっ!」

「燻製された肉は長持ちして経済的だよーっ!」


 活気溢れる声が右から左から次々と飛び交っている。いつも通りの調子で賑わいをみせていた。


「おーうアル、今日も買い出しか。ミシッダさんもたまには自分で買い物すればいいのになぁ?」

「あっはは、確かにそうですね。今度、言ってみますね」

「アルも気苦労が絶えないねえなぁ。ほれ、これ持ってけっ」

「あっ、ありがとうございます!」


 店主から渡されたキョウリ。

 外見は緑色の棒。外皮にはほんの少しだけ棘のようなものがある。瑞々しいのに、折ってみると『パキッ』と気持ちのいい音を鳴らし、水洗いしただけで食べることができる。

 そのため、こうして食べ歩きをしている人は珍しくなく、老若男女問わずに好まれている野菜だ。


 アルクスは、麻のロングコートから手を出し、笑顔でその親切を受け取った。


 本日の目当ては干し肉。

 野菜も購入したいところだが、買い溜めした野菜が未だに消費できていないため、購入欲を抑えなければならない。

 それにアルとミシッダは肉が大好物なため、野菜の需要はかなり高くなっている。


 目的地はいつも通り、ここより少し先にある。


「今日もご苦労だねアル。ほれ、いつも贔屓ひいきしてもらってるからサービスだよ。持っていきなっ」


 手渡された木製の丸い箱の中には、この店直伝のタレに一晩漬けられた味付け肉が入っていた。


「ありがとうございます! わぁ、これ大好物なんです!」

「はははっ、だろ? だろぉ? わたしゃあ、あんたの母親じゃないけど、ここまで長い付き合いだとそういうのもわかってるからねぇ!」


 と、店主の婦人は活気ある様子で盛大に笑う。


 アルクスがこの村へ訪れるようになり、早五年は経つ。

 最初こそは小汚い余所者扱いを受けていたが、ミシッダの後ろを一生懸命に歩き、こうして村人と真摯に向き合ってきた結果、もはや家族同然の扱いへと変わっていった。


 アルクス自身は、考え無しにただ一生懸命にやってきただけで、そんな目論見なんてありはしない。

 だがこうして暖かく接してもらえると、つい目頭が熱くなってしまう。


 それをも見越し、店主はアルクスへ催促をした。


「ほぉら、そんな辛気臭い顔してないで。早く帰らないとミシッダさんに説教されちまうよっ」

「――そ、そうですね。ありがとうございました! また来ます!」

「こちらこそいつもありがとうね!」


 目的は達成した。

 後は寄り道をせず、真っ直ぐ帰宅するのみ。

 ……だったのだが、ちょうど村の軽門を跨いだ時、偶然にも――穏やかではない光景を目にしてしまう。


 一台の荷馬車。荷台には、大きな布張りになっている。

 石を踏んだ衝撃でその布がほんの少しだけはらりと舞い、中が見えた。

 そこには、俯いている黄金の髪をした一人の少女の姿が。


 アルクスはその一瞬の出来事だったのにもかかわらず、ある考察をした。


 ――あれは、もしかしたら奴隷もしくは捕虜。このまま見過ごせば、あの少女に待つ未来は暗く悲惨なもの。


 そんなことを考えていると、荷馬車は村の端に止まった。

 荷馬車を引いていた男二人は、馬の手綱を適当に結び付けている。

 そして、荷台の方へ一言。


「へへっ、姫様も運がねえな」

「残念ながら逃げることはできねえ。かわいそうになぁ」


 中から返事はない。


「けっ、泣いて叫べば少しは優しくしてやるってのによ」

「本当、美人なのに可愛気がねえよな。けっ」

「あー、それより腹が減ったから、さっさと中に入ろうぜ」

「そうだな」


 一人の男は荷台に一度だけ蹴りを入れた。

 だがそこから更なる暴行に及ぶことはなく、その場から離れて行く。


 ――あの人、このままじゃ……。


 と考えたアルクスは、男達が完全に見えなくなったのを見計らい、両手いっぱいの荷物をその場に置いた。

 そして、足早に荷馬車まで駆け、後方へ回り込む。

 布は手でも解けるぐらい粗雑なものであったが、到底一人の少女では困難なほどの施錠がされていた。


 どうしようか一瞬考えるも、すぐに中の少女と目が合う。


「あ、あの……今助けますので、声を上げないでいただけると助かります」


 すると、その少女は無言で頷く。


 現状況で考えられる手段として、落ちている石で施錠を破壊。

 あるいは腰に携えてある短剣にて施錠の破壊。

 だが、そのどちらも速やかに解決までの道のりにはたどり着けない。


 ほんの少しの希望を託し、少女に尋ねる。


「あの、鍵がどこかに隠されているとかってあり――」


 少女はアルクスの言葉を聞き終える前に首を横に振った。


「で、ですよね……なら、どうしよう」


 緊迫している状況ではあるが、急を要するものではない。

 何かいい案はないか。と、思考を巡らせるも容易に答えは導き出せない。


 結果、もたもたしてしまっている。

 そんな光景に耐えきれなくなった少女は、掠れた声を漏らした。


「――あの、そろ――そろ」


 アルクスはてっきり時間の猶予があるとばかり思っていたのだが、その想定が外れてしまっていた。


「おい、ここのターガーうんめえな」

「マジよ、こんなの帝国じゃ食えねえぞ」


 先ほどまでの男達が帰ってきてしまった。


 荷台の角から顔を半見出し男達を視界に捉えると、その手にはターガーが握られている。


 ターガーとは、持ち帰りができる薄く焼かれた生地の間に厚い肉が挟まっている食べ物。

 つまり、男達は呑気に店内で食事に現を抜かすのではなく、道中でも口にできる食料を調達しにいっただけだったのだ。


 好機から一転、窮地に陥ってしまった。


 ――まずい。このままじゃ……。


 このまま、少女を見捨てれば自分が男達に見られることはない。

 しかも、左腰には片手直剣を携えている。

 このまま逃げてしまおう、という考えが一瞬だけチラつくも、偶然にも向かって左の男の腰辺りに光が反射する物が見えた。


 ――あれは……鍵か。


 解決策はそこにあった。ならばやることは明白。

 再び少女と目線を合わせ、ニコッと笑う。

 少女はそれが意味することを理解してしまい、体を乗り出して檻の柵にしがみ付き、何度も首を横に振った。


 アルクスは、安心させるため言葉を小声で加える。


「大丈夫です。僕に任せてください」


 少女が心配するのも無理はない。

 アルクスの第一印象は、お世辞にも筋骨隆々ではなく、戦闘とは無縁の少年。

 そんな争い事など知らなそうな少年が、正義感一つで人数的不利な戦いに挑もうとしているのだ。制止するのが普通である。


 しかし猶予はない。

 アルクスは少女の配慮は受け取らず、フードを深く被って歩き出した。


 男達は呑気にもターガーを頬張りながら前進してくる……が、荷台の後ろから姿を現した謎の人物に目を点にして足を止めた。

 ターガーをちょうど食べ終わったらしく、他の食糧が入っているであろう袋をその場に置く。


「ああ? なんだおめえ」


 アルクスは返事をせず、腰の短剣に手を回す。


「おい、油断するな」

「わかってる。顔ぐらいみせてぐれてもいいじゃあねえか」


 尚も返事をせず、短剣を引き抜く。


「けっ、つまんねえやつだ。やるぞ」

「おうよ」


 男達も抜刀し、構える。


「へへへっ、そんな短剣一本で俺達に勝とうってか。舐められたもんだぜ」

「いいや、純粋にただのバカなんじゃねえか?」

「はっはは、じゃあ行くぞ!」


 男達は息を合わせ、突進してくる。

 まずは右の男がその剣を上段から振り下ろすも、アルは体をのらりと反らし攻撃を回避。

 次いでもう一人の男が剣先を立てて突き刺そうとするも、同じくのらりと回避。

 そんな流れが数回繰り返されるも、アルクスは服の一つも傷ついていない。


 一連の流れで、荷台の布に亀裂が入り、少女はその一部始終を覗き見ていた。


「だぁ……はぁ……なんだてめえ、戦う気があるんかよ」

「クソがっ! 俺達をおちょくってんの!?」


 アルクスは、無言のまま漆黒の短剣を男達に見せる。

 次にある物・・・を握る左手を男達に見せた。


「はっ……!」

「な、なん……だと……」


 そう、アルクスはただ攻撃を回避していたわけではない。

 無傷のまま立ち回り、隙をみつけては短剣で鍵を剥ぎ取る。

 これを男達に気づかれないように実行していたのだ。


 だが、男達は笑う。


「はっ、だからどうしたってんだよ。てめえ、眼はいいみたいだけどよ決め手がねえんだろ」

「なるほどな。たしかに、あんな短剣一つじゃ殺しなんてできやしねえもんな!」

「それに、どっちにしてもあの女を庇いながらじゃ避けることなんてできねえ。――そうだ、おめえはもう詰んでるんだよ!」


 その言葉を耳にし、アルは構えを変える。

 腰を落とし短剣を逆手に構え、突進の準備。


「なんだ! ようやくやる気になったってか?! そのクソ生意気なフードを剥がして顔を――」

「そうだ! ……あ……れ……?」


 男達にとっては、一瞬の出来事であった。

 自分達の現状を理解することなく目線は地面にあり、それを最後に意識を失う。


 そんな、先ほどまで威勢のよかった男達が地面に伏している状況を、少女はあまりにも衝撃的すぎて目を見開く他なかった。


 事を終えたアルは、少女の元へ戻って施錠を解錠。

 扉を開放後、少女へ手を伸ばす。


「これで大丈夫です。もしよろしければ、ここより安全な所があります。ですので、まずは歩きながらこれからのことを考えませんか」

「――は――い」


 少女はガラガラに掠れた声を振り絞り、か細い手でアルの手を取った。

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