ブレスレットを取られてしまうなんて。今思えば追いかけて返してもらえば良かった。
出来なかったのは優大さんの指が、私の唇に触れたから。彼の唇が触れたその指で。
キスじゃないけどキスみたいだった。
いや、違う違う。あれはキスじゃない!指が触れただけなの。
仕事中なのに、もう何度も思い出してる。めちゃくちゃ恥ずかしい。
顔、絶対赤い。それにキーボード打ってる手が震えて動かしづらい。
なんなの、もう!感情が乱される!
それより藍来は大丈夫かな。
私はこの通り全然大丈夫じゃなくって。
優大さんに会うまでに仕事が片付くだろうか。その時まで藍来に会えない。
どうしよう、嬉しいの。また優大さんに会えるのが。
藍来が居なくて寂しいはずなのに。
彼が大丈夫か気になるけど、優大さんを気にせずにはいられない。
ファンで居たいなら、きっと関わらない方が良い。
ブレスレットを返してもらったら、もう2度と会わないようにしないと。
じゃないと優大さんを異性として意識せずには居られなくなる。
月曜からそんな調子で駄目。
上手くいかない。
気のせいなんかじゃないの。普段の流れでやってるはずなのに、なんか全然違う気がしてならない。
いつもと同じ仕事をすればいいだけなのに。
それが何で出来ないのかな?
落ち着かなきゃ駄目だよね。
猫背がひどくなったような。
小さくなった自信と元気。
表情もなんだか、強ばってきた。きっと今の私の顔、険しく見えるだろうな。やんなっちゃう。
それに加えて疲れも出てるんじゃないかしら。
今日は木曜日、終わるかな。書類の作成と提出。
とにかく頑張らなきゃ。
仕事でミスしそうになった時、藍来がいつも声かけてくれてたな。ちゃんと確認した? って。
やっぱり、居てくれないと駄目だ。
仕事で注意される度に凹んだ時だって、藍来が元気づけてくれた。
特に新人の頃はいつも心配してくれた。
だから私は、また頑張ろうって前向きな気持ちになれた。
そうじゃなかったら仕事なんてとっくに辞めていたかもしれない。
藍来はいつも私を大切に思ってサポートしてくれる。
仕事に限らず、彼のお陰でいつも色々上手くいってたんだ。
それなのに、優大さんがブレスレットを持っていってしまったから。
いや優大さんのせいじゃないし。私の要領が悪いせいだ。
人のせいにしてたら良くない。自分が変わらなきゃ駄目。
というか藍来が居なくても、ちゃんと仕事出来るようにならなくちゃ。
彼にばかり頼ってたら良くないよね。
自分だけの力で頑張らなきゃ意味が無い。
でもやっぱり居てくれないと困る。
調子が何だか狂ってる感じがするんだもの。
それに凄く不安になってしまう。
いつもの安心感が全くない。
藍来の存在がどれだけ大切か、いつも傍で支えてくれてたんだ。
それを当たり前に考えてるから上手く行かないんだ。
むしろちゃんとやって、藍来を驚かせるくらいの勢いがないとね。
うーん。やっぱり全然書類が進まない。今日は残業をしよう。するしかない。
仕事は家に持ち帰れない。
明日、優大さんと約束してる訳だし。
遅くとも19時までに帰らないと間に合わない。頑張らないと。
ーー結局、今日は21時近くまでかかってしまった。
まだ少しだけ終わってないけれど、約束の日にはきっと間に合うはず。
帰りの電車の中でメッセージアプリを開くと優大さんから2件来てた。
『18時だから仕事終わったよね いよいよ明日だね』
『返事がないからもしかして 残業かな?大丈夫?』
心配してるだろうな。私は21時近くまで残業した事を書いて送った。
すると、15分くらいで返事が来た。
『大変だったね お疲れ様です ゆっくり休んでね 明日が凄く楽しみだね おやすみ』
おやすみの後に可愛い顔文字付きで癒された。
優大さんとのやり取りは楽しいけれど、ブレスレットを返してもらったら、連絡先を削除した方が良いよね。
そこまでするのは心苦しい。でもファンで居続けたい。
ちゃんと言わなきゃだ。もう会えませんって。メッセージアプリもブロックしますって。
私は、会いたいから行くんじゃなくて、ブレスレットを返してもらう為に行くの。
優大さんが身近な存在になったら、駄目。好きになってはいけないんだから。
……それなのに、明日が楽しみだなんて。
勝手に笑みが零れてきた。浮かれてちゃいけないのに。