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40歳でαからΩになった俺が運命のαに出会う話
深山恐竜
BLオメガバース
2024年12月10日
公開日
8,738字
完結
 αとして40年間生きてきた俺は、ある日『突発性Ω化症候群』と診断され、Ωになった。俺は今更Ωとしての人生を受け入れられず、Ωであることを隠して生きることを決めた。
 しかし、運命のαである久慈充と出会ったことで俺の生活は一変した。久慈は俺が経営する会社を買収し、俺にΩとしての義務を迫るが、俺には嘘偽りなくαとして生きた40年間と、矜持があるんだ!
(18歳α×42歳Ω)
 オメガバース設定をお借りしています。妊娠出産有り。

第1話

「それ、合いますか?」


 立食パーティーでそう声を掛けられて、ワイングラスから目を離すと、そこにはまばゆい程の美青年が立っていた。




 青年の視線の先には、俺が左手に持った皿があった。皿の上には白身魚のポワレが乗っている。どうやら俺の飲んでいるワインとその料理が合うかと尋ねられたようだった。




「……ああ、ちょっと……試してみたくて……。」


 俺の動揺をよそに、青年はにこりと笑って続ける。


「お隣、よろしいですか?別のワインを持ってきました。こちらの方がその料理には合いますよ。」


「ああ。貰おう。」


 俺はワイングラスをウェイターに預けて、青年から新しいグラスを受け取った。




 42歳であちこち加齢が気になってきた俺の隣にやってきた青年は、茶色い髪に切れ長の目で、まるでどこかのアイドルのようなスタイルと顔だ。俺は若さを羨んだ。


 彼は手に持ったワイングラスをゆっくりと傾けた。俺はその優雅な横顔にしばし目を奪われた。








 国が主催する交流パーティーは佳境を迎えようとしていた。弦楽器は高らかにロマンティックな曲を奏で、参加者たちは手を取り合ってダンスホールへ流れ込んで行く。


 彼らは最高のパートナーと巡り合うことができたのであろうか。その足取りは軽く、それを見送る俺の心は重い。




 俺の心中を知ってか知らずか、青年は口を開いた。


「いいお相手はいらっしゃいませんでしたか?」


「……残念ながら。」


「そうでしたか。私もです。」


 青年の右手親指には金色の指輪がはめられている。それはαの証明であった。俺たちが参加しているのはαとΩが出会うためのパーティーで、αは親指に、Ωは中指に指輪をつける決まりになっている。




 αの青年はΩと出会うことができず、落ち込んでいるようだった。


「まぁ、そういうこともある。焦る必要はないさ。あなたは見たところ、まだ若い。」


 俺の慰めをどう受け取ったのか、青年は顔をゆがめた。


「待ち遠しいです。」


 掛ける言葉が見つからず、俺はワイングラスを弄んだ。俺の親指にある指輪が、俺を責め立てているような気がした。






 この世には男と女の区別の他に、αβΩと呼ばれる区別がある。前者は生まれたときの肉体的特徴をもとに決定され、後者は12歳から18歳の間にホルモンが変化し、医師の診断のもと決定される。このとき、傾向としてαは優秀な能力を持っているといわれている。




 αとΩは番になり、子を成す。αとΩは互いのフェロモンの匂いによって自身の伴侶を見つけるのだが、ひとりのΩにひとりのαがまるでパズルのピースのように惹かれ合う。




 αとΩの出生率はβと比べて非常に少数であるが、αの持つ卓越した能力は各界に影響を及ぼし、国はαの保護と英才教育を推進した。


 Ωについても国から一定の補助が出る。彼らは4か月に1度の頻度で男女の別なくαの子どもを妊娠できる期間、通称「発情期」となり日常生活に支障が出るのだ。


 αとΩは18歳になると国が主催する交流パーティーに参加して伴侶を探すことになる。






 俺もαとしてそのパーティーに参加しているのだが、Ω探しを諦め、壁に凭れて酒を煽っている。




 αの青年は、盛り上がっているダンスホールを見つめながら、また話し出した。


「今日が、今年の社交シーズンの最後のパーティーですね。私にとって、初めての社交シーズンでした。……たった1年、出会えなかっただけです。それでもこんなにつらい。あなたの心はどれほど苦しいことでしょうか。」




 俺は苦笑した。初めての社交シーズンということは、青年はまだ18歳ということだ。彼は一刻も早く自身の伴侶を見つけたくてたまらないらしい。それで、42歳でいまだに伴侶を見つけられない俺ならばその苦しみを理解してくれると思って、胸のうちを吐露したというわけだ。




 それはまったくの見当違いなのだが。




「ああ、苦しいよな。」


 俺は青年に同調しておいた。俺の苦しみは彼とはまた異なっているが、苦しいのは同じだろう。


 ――αのふりをするというのは、苦しくてたまらない。


 身の丈に合わない暮らしをして、背伸びをし続けている。早くここから逃げ出したいくらいだ。















 俺――有野 圭司ありの けいじは男として生まれ、15歳の時にαの診断書を受けとった。


 俺は特別優秀というわけではなかったが、悪知恵がよく回る子どもで、周囲もその診断に納得した。


 両親はαの誕生を心から祝った。我が家は貧乏で、教育費の捻出もままならないほどだったのだ。それが、俺がαとなったことで国から保護が受けられるようになり、立派な家とすばらしい教育環境が与えられた。両親の喜びようは筆舌に尽くしがたい。


 その後の俺の人生は、その他のαと同じく、順風満帆であった。






 ――あの日までは。




 あの日、俺は沖縄で40歳の誕生日を迎えていた。いつまで経っても伴侶となるΩを見つけることができず、生涯独身になると決意して、人生を見つめ直すための旅に出ていたのだ。




「あれ。」


 その日の朝、俺は奇妙な感覚で目を覚ました。


 体の奥に火が灯ったようだった。その火はどんどん燃え広がり、手足はその火にあぶられて身動きとれなくなる。




「あ……ああぁ…。」




 俺はそのまま熱に浮かされて性器をめちゃくちゃに擦った。しかし、どれほどの刺激を与えても、絶頂することはなかった。




 しばらくあとになって、ようやく正気を取り戻した俺は現金だけを持って病院に駆けこんだ。そこで俺は『突発性Ω化症候群』という診断を受けた。


 それは、αβΩの性的特徴が成人期以降に変化するというもので、俺の体はαからΩに変化したのだという。


 そんな馬鹿な、と俺は医師の説明に言葉を失った。


 そして、俺の身分を確認しようとする看護師を無視して金だけ置いて病院を逃げ出したのだった。






 αとして築いた俺の40年の人生は、はいそうですかと捨てられるほど軽くない。また、新しい性を受け入れる柔軟さも若さと共に失った。




 ――ばれなきゃいいんだ。




 俺のα証明書は医者が書いた本物だ。なんの心配もいらない。


 俺の天性の悪知恵が働いて、そのまま俺はαとして生きることを選択した。




 それから2年経ったが、俺はいまだにこの秘密を隠し続けている。




 こうした事情から、国の主催する交流パーティーでも俺は傍観を決め込んでいた。


 交流パーティーは社交シーズンの夏に複数回開催され、伴侶のいないαとΩはシーズン中に1回は参加することが義務付けられている。




 かつては俺が正真正銘のαだったころは、こうしたパーティーで血眼になって自分のΩを探していたが、今となっては万が一俺のαが現れて、秘密が露見するのではないかと恐れるあまり、最低限の参加に留めていた。







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