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第6話

 あれから時は過ぎ――。


 レオルゴールは狼狽していた。

 なんとレオルゴールは無事に学校を卒業してしまったのだ。彼にとって鬼門となっていた卒業祝賀会も恙なく終了し、明日にはこの3年間を過ごした学び舎を去ることになる。

 これほど奇異なこともない。


「ふう……」

 レオルゴールは狼狽を抑え、宿舎で荷物をまとめていた。感情が高ぶったときに何かしらの作業をしたがるのは彼の癖である。

 過去、彼は数えきれないほどこの学校に入学し、差別的偏向のある貴族どもに嫌というほど辛酸を嘗めさせられたものであった。レオルゴールは心底、この学校を憎んだ。


 ところが、今世はケントガランの父親を後見人として、ケントガランと共に研磨しあい、充実した学校生活を送った。レオルゴールは卒業を迎える一般的な学生と同様に、この学び舎に愛着を持った。


 レオルゴールはその非凡の才を見いだされて爵位を与えられ、卒業と同時にケントガランと共に暮らす段取りになっている。

 結婚ができるかどうかはまだわからない。この国において男同士の結婚というのは妾腹の王子の特権でもある。


 しかし、ケントガランとレオルゴールならばいかなる障害があっても怯むことはない。この3年で、彼らの名声は国の隅々にまで響き渡り、彼らを讃える歌まで広まった。

 かつてレオルゴールが血涙を流して恨んだ門閥主義も、彼ら2人の前にやがてひれ伏し、彼らは出世の階を上るだろう。


 このような結末を迎えるなど、誰が想像できただろうか。

 レオルゴールは真実、真正面からこの国の掟を打ち破る最初の庶民となったのだ。


 レオルゴールは閑散とした部屋を眺めた後、あることを思い出して慌ててケントガランの部屋へ急いだ。





「ケントガラン」

 ノックも忘れて部屋に飛び込むと、ケントガランはちょうど着替えの途中であった。

「あ、え、あ、すまない……」

「いや、もう済むよ。……君の方から訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだね。私に会いたかったの?」

「からかうな!」

 咄嗟に声を荒らげてしまったが、レオルゴールはすぐに息を吐いて呼吸を整えた。いつも高すぎる矜持ゆえに素直になれない彼であるが、今日ばかりは素直にならなければならない。

 珍しいレオルゴールの様子に、ケントガランは片眉を跳ね上げた。


「その、話があって来た」

「なんだい?」

 ケントガランは椅子に腰掛けて、レオルゴールにも座るよう促した。レオルゴールは首を振ってそれを拒否して、足取りもあらくケントガランに詰め寄った。

「聞け」

 レオルゴールはケントガランの肩に手をおいて、その切れ長の瞳を睨みつけた。


「好きだ!」

 簡潔に、半ば怒鳴るように叫んだ彼の本音は、彼の高すぎる矜持を思えば精一杯の告白であった。

 唐突なことに、さしものケントガランも言葉がない。口をただ魚のようにぱくぱくと動かして、それから顔を朱に染めた。

 対してレオルゴールはすっかり憑き物の落ちた顔をしていた。


「あ、ありがとう、私も、君が好きだよ、愛してる」

 ケントガランがようやくそう返すと、レオルゴールは満足げに頷いた。

「知ってる。もしこのまま離れ離れになったとしても、忘れない」

 レオルゴールが不穏なことを言ったので、ケントガランは驚いた。

「離れ離れ? 誰と誰が? まさか、君と私の話かい?」

「そうだ」

 ケントガランは困惑した。

「なぜ?」


 レオルゴールは口をつぐんだ。どう話せばいいのか、彼には見当もつかない。

 レオルゴールが恐れているのは、再び時が巻き戻ることだ。明日朝起きたら、もう彼は10歳の少年に戻り、両親と医者がこちらを覗き込んでいるかもしれない。そう思うと、いてもたっても居られなかったのだ。


「なんでもない。ただ、言っておきたかったんだ。お前に感謝してるし、出会えてよかった」

「今生の別れみたいなことを言わないでくれ。明日には新居に移るんだよ?」

「わかってる。これからもよろしく頼む」


 レオルゴールが握手を求めて手を差し出すと、ケントガランはその手を掴んで引き寄せた。レオルゴールは体勢を崩してケントガランの膝に座る格好になった。


「何をするんだ!」

 ケントガランは小型犬のように騒ぐレオルゴールを両腕で抱きしめた。

「……どこにも行かないか?」

 耳元で囁かれ、レオルゴールはくすぐったさに首をすくめた。

「自分からは行かない」

 レオルゴールの言葉は意味深長だ。ケントガランは不安になって、レオルゴールの頬を撫でた。

 レオルゴールは余計に今生のケントガランと別れ難く感じた。だからこそ、真実を話さなければいけないと思った。


「……伝えないといけないことがある」


 レオルゴールは自分の身が不思議な時の迷宮に閉じ込められていることを語りだした。

 しかし、ケントガランはそれを遮った。


「なんだ、そのことか。心配しなくていい。もう、時は戻さない」


 その言葉を聞いて、レオルゴールは脱力した。ケントガランは悪い笑顔を向けている。

 なんということはない、ケントガランがレオルゴールと恋仲になることができるまで、ひたすらに時を巻き戻し続けていただけなのだ。


「許してくれるだろう? 君なら、天才ゆえの孤独を理解してくれるはずだ」


 ケントガランにしてやられたことを理解して、レオルゴールは臍を噛んだ。



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