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第3話

「レオルゴール、一緒に図書室へ行かないか」

「ああ、行こう」

 レオルゴールの密かな企みを知ってか知らずか、ケントガランはレオルゴールに親しみを込めて接している。

 レオルゴールの方も、最初はケントガランの一挙一動を見逃すまいと目を見開いていたが、ケントガランに悪意がないため、いつしか自然体で接するようになった。


「今日は何を?」

 図書室へ向かう道中でレオルゴールが尋ねると、ケントガランは顎に手を置いて答えた。

「そうだな、時を操る魔法なんてどうだろう? レオルゴールは時魔法に興味はあるかい?」

「あまり詳しくないし、いい思い出もない」

「へえ、知らないのか」

「知らないとは言っていないだろ!! 詳しくないだけだ!」

 レオルゴールは強く反駁した。彼の高すぎる矜持は、ケントガランの軽口に機敏に反応し過ぎてしまうきらいがある。


「いい本があるんだ。私もまだ読んでいないんだけど、一緒に読んでみよう」

 ケントガランはもう何百回も読んだ本をレオルゴールに勧めるために、まだ読んでいないと嘘をついた。

 そう言われれば、レオルゴールも素直に受け入れることができる。ケントガランはレオルゴールと同い年でありながら、レオルゴールのような困った人間の扱いに長けていた。




 ケントガランが幼少期に読んだであろう書物は興味深いものであった。

 レオルゴールの魔法の基礎はほとんど独学であり、書物というものに頼ったことがなかった。

 学校に入学しても、彼は国を救うために奔走し、授業を抜け出しては王子に会いにいかねばならなかった。

 つまり、レオルゴールはこの時人生で初めて読書に熱中することができたのだ。


 魔法が言葉で論理的に記されているそれらの書物によって、彼がこれまで感覚で行っていたことが言語化され、彼の脳内の靄のようなものが整理されていくのだ。

 真面目な気質のレオルゴールにとってそれは非常に快く、寝食を忘れて熱中した。




 10歳にしては途方もないほどの実力を身に着けている2人のことである。互いに魔法について語れば時が経つのも忘れて没頭し、図書室に籠もって何度も朝焼けを共に見た。

 レオルゴールは初めて、対等な目線で魔法を語れる、得難い友を得た。

 しかし、レオルゴールの魔法への探求心は、ケントガランを凌駕するほどであった。


「レオルゴール、今日は食事を抜いてはいけないよ」

 図書室に入る前に、ケントガランはそう忠告した。

 何度目かわからないその忠告であるが、レオルゴールが受け入れることはない。

「わざと食事を抜いているわけじゃない!」

「わかってるよ。私が食事を忘れないために、君が食事の時間を知らせてくれないか?」

「ふん、まあ、いいだろう。……それより、昨日の本だが、あの理論は間違っていないだろうか」

「どの箇所だい?」

「3章の……」

 レオルゴールは清窓浄机に喜び、しばし自らの目的を忘れて勉学に専念した。



*****



 そのような日々を送っているうちに、レオルゴールは14歳になった。

 ケントガランはよき友であり、よき競争相手である。


 いま、レオルゴールには悩みがあった。それはこのまま無事に王子と婚約できるのかどうかである。


「ケントガラン、お前、弱点はないのか」

 ある時、レオルゴールは思い切ってそう尋ねてみた。

「私なんて、弱点だらけさ」

 ケントガランは落ち着き払ってそう答えた。


 レオルゴールは頭を抱えた。ケントガランの傍にいればいるほど、彼を打ち破る手立てが思い浮かばないのだ。


 そもそも、レオルゴールはケントガランを惚れさせるつもりでここへ来たはずであった。

 しかし、残念なことにレオルゴールは魅了の魔法を使うことに慣れ過ぎて、人を惚れさせる術などまったく知らないことを失念していた。

 見よう見まねでケントガランに秋波なるものを送ってみたこともあるが、効果があるのかないのかわかりもしない。

 要するに、レオルゴールは手詰まりの状況なのだ。





 そのような穏やかな日々の中で、レオルゴールはふと新しい魔法を思い付いた。

 これまでの人生においても彼はたびたびこうして新しい魔法を思い付くことがあったが、感覚に依存している彼の魔法知識ではなかなか実現することが難しかった。しかし、いま彼は魔法を体系的に学び直したことで、それを実現させる道筋が見えたのだ。

 レオルゴールは紙とペンを取った。


 そこからのレオルゴールの集中はすさまじかった。

 伝説の魔法使いもかくやというほど、魔法陣を書き出してはなにかをぶつぶつと言う。時には何時間もかけて書き出した魔法陣を狂ったように破り捨て、重篤な精神病患者のように頭を掻きむしった。彼は本に埋もれて眠り、ペンを握りしめたまま起きた。


 ケントガランはたびたびレオルゴールを諫めたが、真の天才とは止まれと言われても止まれぬのである。ケントガランもそれをよく理解している。

 結果として、実に2か月もの間、レオルゴールはそのような生活を送り、そしてついに彼の魔法は完成した。



 深夜、レオルゴールは自らが書き上げた魔法陣を広げて悦に入っていた。


「ふふふ、ついに、ついに完成した!」


 彼は『時を進める魔法』を完成させたのだ。

 時魔法を使いこなしたと言われているのは、歴史上ただひとりである。その魔法使いも、過去へ戻る魔法を発明したのみで、未来へ行く魔法はついに完成しなかった。


 レオルゴールはこの魔法を使って、未来を見るつもりだった。未来で自分が処刑されているか、それとも王子と婚約をしているのか、婚約しているならばどのようにしてケントガランを打ち破ったのか、いま彼を悩ましているすべての答えがそこにあるはずであった。


「やはり、俺は天才だ!」

 この偉業はレオルゴールの失われかけていた自信を取り戻させた。

「ああ! やっぱり俺の方がすばらしい魔法使いだったのだ。今に見ていろケントガラン、俺の完成した魔法を見て腰を抜かすがいいさ」


 過去繰り返されてきた人生の中で、彼は陰鬱な表情をしていることが多かった。しかし、今世は彼は彼の興味の向かうままに生きたことで、いつの間にか顔から影が消えていた。


「ああ!! 俺は天才だ!!」


 それはもはや別人格の相を呈するほどであった。



 レオルゴールは小さく呪文を唱えた。複雑な魔法は呪文と魔法陣の両方で発動する。レオルゴールが魔法陣に触れると、それは紙から浮かび上がり、光を帯びた。


 天才たるレオルゴールは、この時自身の魔法が失敗するなどとは微塵も考えていなかった。未来へ行く魔法が誰も使えないのは、これまでの魔法使いどもが暗愚であったからであり、レオルゴールには関係のない話であると思っていた。


 しかし、レオルゴールの高すぎる鼻柱は、あえなく叩き折られる。

 魔法陣はガタガタと不審な挙動をとったあと、黒い炎となって渦を巻いた。

 魔法の失敗はすべて術者に還る。渦は勢力を増して、レオルゴールめがけて突進した。



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