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第2話

 レオルゴールは目を開けた。そこには彼の故郷の家の天井がある。簡素な寝台の脇には医者と、倒れた息子を心配する両親が――最後に会ったときよりも若い――がいる。


 10歳のとき、レオルゴールが木から落ちて失神したことがあった。いま、彼は時の迷宮に引き込まれて、その時まで巻き戻されたのである。


 レオルゴールははね起きた。幼い体はか細くはあるが、牢に放り込まれて衰弱した体よりも機敏に動く。


「ああ神様! 許してください、俺はまたあなたの期待に応えられませんでした!しかし、あなたは再び俺に命を下さった!俺に使命を果たせとおっしゃるのですね!」


 10歳のレオルゴールはめちゃくちゃに叫んだ。

 父親は息子の豹変に驚愕し、母親はすっかり怯え切った。しかし、レオルゴールはそんなことを気にしていられない。


 すでに彼は数えきれないないほど彼の人生をやり直しているのだ。

 何度もケントガランに挑み、何度も破滅の道を歩いた。どれほど慎重に策をめぐらしても、ケントガランを打ち破ることができない。

 今回は学校の関係者すべてに魅了の魔法をかけた。解くことなど不可能だと思うほど、それこそ3年もかけ続けた。しかし、それでもこの有様である。


 再び巻き戻った時計の針に耐えるために、レオルゴールはあらん限りの力で叫び続けた。そうしなければ、この気が狂うような輪廻から解放してもらいたいと願ってしまいそうなのだ。


 ――それもまた、彼の矜持が許さない。



*****



 ケントガランは天才だ。

 それはレオルゴールもしぶしぶながらも認めているところだ。

 レオルゴールはこれまで繰り返してきた人生で、飽きるほどそれを思い知らされてきた。

 レオルゴールがどれほど罠を張り巡らせようとも、ケントガランはその上を行く。


 ある時は野盗を操り幼少期のケントガランを葬ろうとし、またある時は王族の婚姻をつかさどる官吏を操りケントガランと王子の婚約を白紙にしようとした。しかし、そのどれもがことごとく失敗に終わった。


 次はいったいどうすればいいのか。

 10歳のレオルゴールは腕を組んで思案した。

 前回の人生で3年もかけて念入りに仕込んだ魔法をたやすく打ち破られたことで、レオルゴールはめずらしくその尊大な自信を砕かれていた。

 いま彼が求めているのは、庶民であるレオルゴールが、魔法を使わずにケントガランを追い詰める方法である。


 そうして1か月ほど悩み続けて、レオルゴールはある策を思い付いた。

 その策は単純明快だ。レオルゴールは意気揚々と家を出発した。彼は自覚はないものの、存外深く考えないところがある。


 彼の次なる策は、ケントガランと王子が出会う前に、ケントガランを自身に惚れさせる、というものである。

 神童ケントガランには、レオルゴールの魅了の魔法は通用しない。しかし、いかにケントガランといえど、今はわずか10歳である。魔法では敵わなくとも、艶事には疎かろう。

 つまり、レオルゴールの計画とは、魔法に頼らない、真っ向からの色仕掛けであった。


 ケントガランは王子との婚約をすんなりと受け入れており、男が好きな可能性があると睨んだのだ。

 仮に男が好きでなかったとしても、レオルゴールはなんとかなると信じた。彼は魅了の魔法を使い過ぎて、男女関係なく愛されることにすっかり慣れてしまっていたのだ。



 彼は故郷を離れ、ケントガランのいる辺境へと向かった。

 途中何度か魔法を使って飛び、魔力が尽きれば地を歩いた。

 これまで繰り返してきた人生でも、何度か10歳のケントガランに会いに行ったことがあった。ケントガランの生家は、優秀な魔法使いであるレオルゴールの来訪を歓迎し、食客としてもてなした。


 その経験則どおり、レオルゴールは大変な歓迎を受けた。そして晩餐の席でレオルゴールと何度目かの再会を果たし、何食わぬ顔で握手を交わした。


「レオルゴールと申します」

 10歳のケントガランはレオルゴールに微笑んだ。

「ケントガランだ」

「ケントガラン様、お世話になります」

「堅苦しいのはやめてくれ。同い年だろう?私たちは友人になるべきだ」


 レオルゴールはケントガランの言葉に笑って頷いてみせた。

 かつて10歳のケントガランに会いに来たときは彼の両親に魅了の魔法をかけたため、初対面で警戒されてしまった。同じ轍を踏まないよう、レオルゴールは魅了を封印し、ただ朴訥とした田舎の少年を装っている。

 魅了のない状態で食客になれるのかは未知であったが、ケントガランが両親に口添えをしたのだという。

 そう、魅了を使わないレオルゴールに、ケントガランは親切であった。


「食事のあと、よかったら屋敷を案内しよう」

 ケントガランは、これまで見たことのないような柔和な笑みを浮かべた。レオルゴールも負けじと穏やかな笑顔を作ろうとして、ひきつったような顔になってしまった。

「ありがとうございます」


 レオルゴールはケントガランという果てしなく高く、それでいて険しい山の懐柔という大仕事に着手した。



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