僕は死の門と呼ばれる首都エランバレスの城壁の出口の近くに座り込んで商売をはじめた。野でかき集めてきた薬草を売るのである。
死の門は名前の通り、死者のための門だ。門には丸で囲まれた三角の文様が彫られている。この門から伸びる煉瓦の道の炉端には大きな穴が掘られ、そこでは死体を燃やす炎が絶えず燃え続けている。そして、肉の焼ける匂いが門の中まで漂ってくるのだ。
人々はその門を見ると呪われると恐れていた。
本来、死者は土葬するのが通例であったが、墓地が溢れたため、一律に火葬にするようにと命令が出た。
首都には戦争によって住む場所を奪われた難民が押し寄せていた。彼らの多くは栄養状態がよくなく、また怪我をしている者もおり、医者にかかることもできずに毎日ばたばたと死んでいった。
役人たちは機械仕掛けの人形のように、毎朝、死体を積んだ荷車を引いてこの門をくぐる。
そのような門の近くで商売をするのは、襤褸を着て、人間とも死体とも区別がつかないような連中ばかりだ。当然、近づいてくるのも浮浪者ばかりで、大きな商売にならないのだが、縄張りというものがあり、汚らしい格好をしている僕たちに許されるのはここだけだった。
僕は本来は赤毛の髪をしていたが、ここで暮らすようになってからすっかり黒ずんでしまっていた。
この夕刻、商売をしているのは僕だけではなかった。僕から十歩離れたところには老婆が何事かをぶつぶつと言いながら、山菜を入れた籠の中を覗き込んでいる。反対側には髪も髭も伸び放題で口も目もどこにあるのかわからないような男が座っていた。男は堅そうなパンを並べている。
人通りはまばらで、今日も薬草が売れる気配はない。僕はそのまま籠の近くに寝転がった。腹が空いてたまらない。
このまま目を閉じて寝るかどうか悩んでいると、隣から声をかけられた。
「気をつけな。」
声の主は隣のパン売りだった。
「この辺には人攫いが出るってさ。」
「いつものことじゃん。」
僕は興味を失って、また目を閉じた。パン売りはさらに低い声で続けた。
「少年を狙ってるらしい。高く買うお大臣様がいるんだとよ。」
「へえ。」
僕は気のない返事をした。
人攫いなんて、怖くない。僕はこの街で5年も一人で生き抜いてきた。攫われるのは、家無しで生き残れない間抜けだけだ。
*
僕は9歳で両親をなくした後、親戚のおばさんのところで育てられた。そのおばさんは親戚たちの前では俺を大事な息子だと言ったが、家の中では僕を家畜以下として扱った。彼女は酒を飲むと、僕に殴る蹴るのして大騒ぎした。
僕が10歳になったある日、彼女は包丁を持ち出して、僕を脅した。
「物乞いでもなんでもして金を稼いできたらどうなんだ!なんで私がお前なんかの面倒をみないといけないんだ!」
そうして家を叩き出された。
最初はおばさんに言われた通り、真面目に道行く人に物乞いをしたが、途中で馬鹿らしくなってやめた。
――一人で生きればいい。
そうして僕は道端を寝床として、街路樹の実を食べ、川で魚を採って暮らした。15歳を超えた今では、新聞を売ったり、売春宿の客引きをしたりするようになった。さらに、裏社会の仕事を手伝うこともあった。
僕は学校の卒業証書こそ持ってはいないが、いくつもの死線を超え、他人を出し抜く知恵を持っていた。
僕は一人でこの街を生き延びてきた。知らず、僕には自信がついていた。一人でなにごともなく生きていける、という自信である。その驕りが僕の運命を変えてしまった。
僕は道端で寝ているところを襲われて、手足を縛られた後に人攫いの荷車に放り込まれてしまったのだった。