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30. 嘘 ~マルセナside~

30. 嘘 ~マルセナside~





 聖女マルセナは「聖女」ではなく1人の女性として生きることを決めた。ライアン王子の立場も考えて公にはまだしていない。それでも2人きりの時は仲睦まじく、幸せそうにしていた。マルセナは今度こそ幸せになるために努力を惜しまなかった。


 元々聡明な彼女である。自分の力を把握した上で、どうすれば人々の役に立てるかを考え続けた。それは国のためでもありライアンのためでもあったが、本人が一番大事にしなければいけないことは彼女自身の人生だったから。


 だから彼女は決めたのだ。


 もう、自分の好きなように生きると。


 マルセナはいつも「聖女」でいるために優先して行動してきた。だからこそ今度は自分が好きになった人を誰よりも大切にしようと心に誓った。彼女の幸せは彼がいなければ成立しないからだ。そう決意した彼女に怖いものなど何もない。


「聖女マルセナ様、私は今度の新年祭で……婚約を公表することに決めた。どうだろうか?」


「ライアン王子が良ければ、私は構いませんわ」


「あぁ、やはり私には君しか居ないからね」


 そう言ってくれるのは凄く嬉しい。しかしやはりどこか心に穴が空いたように寂しかった。


(まだ……私は聖女を諦めることが出来ないのね。こんな気持ちになったのはいつぶりかしら……)


 でも、今はこれでいいと思えた。いつかきっとライアン王子がこの心の穴を埋めてくれるはずと信じて、マルセナはその手を優しく握り返した。


 新年祭まであと2週間となった日のことだった。いつも通りお勤めを終えたマルセナだったが今日は少し違った。教会に訪問者が来たのだ。その人物はマルセナがよく知る人物だった。


 コンコンッ ドアを叩く音と共に入ってきたのはこの国の第一王子であるレオンハルト=ランバートだ。


「レオンハルト王子……」


「やぁ、久しぶりだなマルセナ」


「何かご用でしょうか?数日後には新年祭がありますからレオンハルト王子もお忙しいのではないんですか?」


 すると彼はいきなり真剣な顔になり話し出した。


「ああ、わかっているだから話したいことがあるんだ。聖女マルセナ、お前は本当に「聖女」を捨ててライアンと一緒になるつもりなのか?」


 思いもしなかった言葉に驚いたがすぐに冷静を取り戻し答える。本当はもう答えなんて決まっていて迷う必要などなかったからだ。私は自分の信じる道を進むだけ……それがどんな道だろうと。だから私は堂々と言い放った。迷いなく……私の心のままに。


「えぇ。そのつもりです。レオンハルト王子。」


「っ!……なぜそこまで……そんなことをしたらあなたの立場が悪くなるかもしれないぞ?それでもいいのか?」


「ええ、承知の上です。私は後悔したくありません。それにあの人が愛してくれるならそれで十分なんです。だから大丈夫です」


 そう言うとレオンハルトは俯きながら拳を強く握っていた。だが数秒後、顔を上げて今度は強い意志を持った目でこちらを見つめてきた。それは初めて目があったあの舞踏会の時と同じ冷たい目で……


「……それが我が父の策略だとしてもか?」


「えっ…!?︎どういうことですか……」


 何の話をしているの?策略?一体どういうこと?レオンハルトの言葉にマルセナは動揺するがそのまま続けて話す。


「我がランバート王国の次の狙いはセントリン王国。だから王国の中でも力のあるカトリーナ教会を手中に入れるのが目的なのだ」


「そんなの嘘ですわ!ライアン王子は何も……」


 確かに最初は自分をからかっていただけ。それでもライアン王子は最後には自分のことを好きだ、必要だと言ってくれた。なのにどうして……すべて嘘だった……?この策略のため?カトリーナ教会を手中にするため?マルセナの顔色は一気に青ざめた。


 その様子を見てレオンハルトはさらに続ける。


「聖女マルセナ。失礼なことを聞くがもうライアンには抱かれたのか?」


「!?だっ抱かれてません!」


「ならまだ間に合う。純潔を散らしていないのなら「聖女」として生きることができる。もしあなたが考え直すなら、私から国王にセントリン王国の侵略をやめるように言おう。私はあなたに後悔してほしくない」


 それはまるで悪魔の囁きのように甘く魅力的な誘い文句だった。


 ここで断れば今までしてきたことが全て無駄になってしまう。だがしかし……ライアン王子の気持ちを踏み躙ることになるのだけは嫌だった。でも…… 自分の決断でカトリーナ教会も守れる……そんな迷いが生まれてしまった。


「……ライアン王子に確認させて下さい。あの人が私を裏切るなんて考えたくない!だから……返事は少し待ってほしい」


「いいだろう。新年祭までは待とう。聖女マルセナ。後悔だけはしないようにな」


 そしてマルセナは教会を飛び出して行く。早くライアン王子に会いたい。会って話がしたい。その一心で急いで王宮へと走る。レオンハルト王子の言葉……嘘であることを信じて……ただひたすら走り続ける。


「嘘よ……そんなの……だってあんなに好き、愛してる、離れないでくれ、って言ってくれたのに……なんで……どうしてなの……」


 涙が止まらなかった。ずっと自分は幸せになれると信じていた。それなのに現実は残酷なものだった。マルセナがどれだけ否定してももう何も変わらないのだ。


 マルセナは王宮にたどり着く。そして真っ直ぐライアン王子の部屋に向かう。そして部屋の前に着く。この扉を開ければすべてが分かる。それは今までの事すべてがなくなってしまうかもしれない。


 マルセナは扉に手を掛ける


 これが自分の決意だと……!私は、私は……!もう後戻りは出来ないのだと……そしてマルセナはゆっくりその扉を開けるのだった。

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