23. 心は… ~マルセナside~
華やかな部屋、視界に映る空間はどこまでも美しいが、どこかしら居心地の悪さを感じさせてしまう。
聖女マルセナは自分の唇に触れながらそんなことを考えてしまう。それはライアン王子とのキス……あのあとすぐ我にかえり何も言わず部屋を出てしまった。それから顔も合わせていない。聖女マルセナは体調不良と嘘をついて今日の仕事を休み部屋に籠っているのだ。
「私は……なんということを……」
思い出して顔を赤くする聖女マルセナ……しかしそれも仕方がないことだろう。聖女である自分が、あの時は聖女マルセナではなくただの1人の女性マルセナとして受け入れてしまったのだから……
今まで聖女として完璧に生きてきた自分はどうなってしまうのか?これから先一体どうしたらいいのか?考えるだけで頭が痛くなってくる。
その時ノックをする音が聞こえた。返事をしなくてもわかる。その主はさっきまで考えていた相手……ライアン王子だ。
「入ってもいいかな聖女マルセナ様?」
声色は普段通りだが、心なしかぎこちないような気もした。やはり彼も同じなのだ。きっと自分を責めているに違いない。でも彼は悪くない。そう言い聞かせて彼を部屋に入れる。いつも通りの優しい笑顔で微笑む彼を見て少しほっとする。これでまたいつも通りに戻れると思った。
そしてベッドの上に座り彼と向かい合うように座る。彼の手が伸びてきてゆっくりと肩を抱く。それを受け入れるかのように自分の方からも手を回し体を委ねた。彼の胸から聞こえる心臓の音はとても大きく早く感じる。
「すまなかった……私はあなたを傷つけてしまった」
その言葉を聞いた時、体がびくりとなった気がする。
「いえ……あなたのせいではありませんわ……私……」
震える声で言葉を返すことしかできない自分に腹立たしさを感じる。こんなことでは彼のそばにいる資格などないだろう。
「いや、全て私の責任だよ。私がもっとしっかりしていればよかったんだ……でも怖かった……だからからかうような態度を取ってしまった……そして……君を兄上に取られたくなかった」
「えっ!?」
予想外の言葉に思わず聞き返してしまった。今この人は何と言ったのか……理解するまで数秒かかった。
「どういう意味ですか?私を取られるって?」
戸惑いながらも聞き返す。すると彼が答えてくれる。
「そのままの意味だ……君を他の男に渡したくはなかったんだ。例えそれが実の兄であってもね……私の気持ちはそれくらい本気ということだ」
「ライアン王子……」
「君が兄上に聖女として、ついてきてほしいと誘われたのは知っている。だから……私は君を渡したくないんだ」
恥ずかしげもなくそんなことを言う彼に今度は違う意味で鼓動が早まる。しかしここではっきりさせないといけないだろう。自分はこの人とこのままの関係でいいのだろうか?正直気持ちが揺れ動く。
私はこの国の聖女ではない……そんなことを思い口を開く。
「私は……カトリーナ教会の聖女です。それにいつかは国に帰ります……そんな不安定な立場なのにあなたと一緒になるなんて許されることじゃない」
そう聞くと彼の表情が少し暗くなる。
「君は……帰りたいと思っているのかい?」
聞かれたことは単純な質問だったが返答するのに時間がかかってしまう。私がライアン王子と関係を持てばもう純潔ではなくなり聖女の役目を終えることになる。今のマルセナには決断ができるような状況じゃなかった。
「それは……」
「君の気持ちを教えて欲しい。君は帰りたいと思うか?それともこの国にとどまりずっと私と一緒にいたいか?」
真剣な眼差しで聞いてくるライアン王子の目を見つめてしまう。その目はマルセナの心の奥底にあるものを全て見透かすかのような目だった。しばらく沈黙の時間が続いた後、観念するようにマルセナは口を開いた。
「正直言えばわかりません……今はただ混乱しているのです。この国に来て色んな事がありすぎて……でもこれだけは言えますわ。私は……今はあなたの側に居たい……」
最後の方は照れてしまいつい下を向いてしまう。それを言った直後、彼に力強く抱きしめられた。聖女としてでなく1人の女性として彼のそばにいたいと願ってしまったからだ……その想いを自覚してしまった以上隠すことはできなくなっていた。
マルセナの言葉を聞くとライアン王子はその目に優しさを称えながら言う。
「ありがとう、本当に嬉しいよ。まさかここまでストレートに言われるとは思わなかった」
マルセナの頭に軽くキスをしてさらに強く抱く。そして今度は唇へとキスをした。それは長く甘いキスでありまるで愛を確かめる行為のようであった。
そしてどちらともなく離れる。そして静寂が流れる。もう決意をしたマルセナには居心地の悪い空間ではなくなっていた。しかし二人は結ばれていい関係ではないだろう。
それでも……
ふと2人の視界にあの「真実の想い」白い小さなアストラムの花が映る。そうまるで2人を祝福しているかのようにその小さな花弁を開き続けるのだった……