6. 信じている ~マルセナside~
聖女マルセナはレオンハルト第一王子との食事会からどこか上の空で元気がなかった。それは本当に存在したい自分を見失ってしまったからだ。「聖女」としての自分を必要とするレオンハルト王子、「素」の自分でいることを願うライアン王子。「真実の想い」。そんなことを毎日考えながらカトリーナ教会で摘んできたあの小さな白いアストラムの花を見つめているのだ。
今日もいつものようにランバート王国の教会の仕事をこなしていると、この教会の聖女であるメアリーがやってきた。
メアリーはこの教会の聖女としては経験が浅い。だから聖女マルセナと共に仕事をしている。メアリーを聖女として経験を積ませる。その意味もあってライアン王子は聖女マルセナを住み込みで働かせているのだった。
そしてメアリーはマルセナの心の中を察してか一緒に昼食を食べようと誘ってくれたのだ。優しい子なのだ。
「マルセナ様は好きな人はいないんですか?」
「えっ?私ですか?」
食事中突然にそんな質問を投げかけられる。話をそらすのも悪いので少し考えてから答える。
「特にいないわね。どうして急にこんな話になったのかしら?私も年頃の女だもの恋くらいしたいわよ。でも聖女だからそういう考えをしても仕方ないのだけどね」
嘘ではない。ただ恋という感情を知らないだけだ。そう思う自分がなんだか悲しかったけれど……
「じゃあどんな人が好みですか!?︎例えば……あっそうだ!あの方とか!」
となぜかメアリーは食い気味に言ってきた。なぜだろう。その勢いに押されながらも考える。
「メアリー。あの方って?」
「えっ?だから…………」
私が聞くとその子は急に顔を赤らめて黙り込んでしまった。どうしたというのだろうか。不思議そうな顔を浮かべる私に向かって意を決したようにその子が言った。
「レオンハルト第一王子ですよ!もう、あんなカッコいい方に求婚されたらどんな女の子だって恋に落ちちゃいますよ!マルセナ様だってきっと……」
……なるほどそういうことか。確かにそれはあり得えないけど。でもまさか私の事……想像するだけでドキドキしてくる。
その時ちょうど教会の鐘が鳴る音が聞こえてきた。そろそろ昼休憩の時間の終わりを告げる音だ。それからというもの、聖女マルセナの心にはレオンハルト王子のあの時の言葉、そして存在がずっと住み着いていた………
そして月日がたち、今日はライアン王子の誕生日を祝うパーティーが行われる。もちろん聖女であるマルセナもそのパーティーに出席する予定となっている。
前回の時みたいになると困るのでパーティーの前にライアン王子に会いたくて会場に足を踏み入れるとそこには既に大勢の人々が集まっていた。
その人々は皆一様に豪華な衣装に身を包んでいる。まるでドレスの海のようだ。そんな中を私は歩き回る。
しばらくして聖女マルセナはライアン王子を発見する。
「ライアン王子!」
「ん?聖女マルセナ様?どうしたんだいそんなに息をきらして?」
「この前の事があると嫌なので今日は先に目に止めておくことにしましたの」
「ああ……あの時の事か。」
この前の事というのはライアン王子が酔っ払い、私が襲われそうになったのを助けて貰った時の事である。
「お酒を飲むことは仕方ないにしてもあんなふうになる程飲まないで下さいね。お願いしますわ。」
「分かったよ。それより今日君はいつも以上に気合が入っているね。何かあったのかい?」
確かに今日の私は綺麗な服でめかし込んでいる。それに髪も普段より念入りに手入れをした。しかしそれを王子に見破られてしまうとは……流石ですわね。私は内心感嘆しつつ誤魔化した。
「別に何もありませんわ」
「そうか。まあいい。それよりもせっかく来たんだし君も楽しむといい。ほら、みんなが君のことを見ているよ。」
「私ではありませんわよ。主役はあなたでしょ?」
そう言ってライアン王子は手を振った。途端に周りにいた人達は一斉に歓声をあげる。その声を聞いた私は恥ずかしくなりその場を離れた。
その後しばらくパーティーを眺めていたマルセナだが次第に退屈になってきてバルコニーへと出た。そこからは会場全体が見渡せる。そして遠くにレオンハルト王子の姿があった。
ふとその時マルセナの中で違和感が生じた。ーーこの感覚は何なのかしら? マルセナはその気持ちの正体を確かめようとする術はない。するとレオンハルト王子と目が合った。彼がこちらに向かってくる。
「これは聖女マルセナ様。我が弟の誕生日パーティーはいかがですか?」
「はい。楽しく過ごさせていただいていますわ。ところで……レオンハルト王子こそどうしたのです?せっかくのパーティーなのに、こんな所に来て私に構っている暇なんてありますの?」
「いや……ちょっとな……」
レオンハルト王子は言葉を濁す。
「もしかして他の方々があまり得意ではないのかしら?それともお一人で飲むのが好きとか?」
そう聞いてみたけれどレオンハルト王子は何も言わず笑っていた。そして次の瞬間マルセナは彼の腕の中に包まれていた。
突然の出来事に驚いたけれど同時にマルセナの胸の高鳴りも早くなっていた
「ちょっ……レオン……?」
「君にこの間言ったことは本当の気持ちだ。私についてくると信じている」
「……わ……わた……しも」
そこで我に帰ると顔を真っ赤にして慌てて彼の体を押して離れた。王子の方も呆気に取られたような表情をしていた。しかし次にはまた微笑みかけてくる。心臓の鼓動が激しくなる。
私も彼を信じようとしているのだ。でもライアン王子の顔が思い浮かんでしまう。だから素直に伝えることができない。
私はそのまま何も言わず部屋に戻ってしまった。扉を閉めると暗い部屋の中に1人その場に座り込む。まだ彼のぬくもりが残っている。その日はなかなか眠れなかったのだった。