10. 追い出した弊害 ~マルセナside~
アリーゼが破門にあってから2日後。カトリーナ教会では「巡礼祭」が行われていた。「巡礼祭」とは聖女の奇跡を体現するため、選ばれた人々の傷や病を治すための「聖魔法」を披露する場でもある。夕方には教会の祭壇での聖火を崇めるミサ、そして夜には盛大な晩餐会が開かれる教会にとっても大きなイベントなのだ。
「はい。これでもう大丈夫ですわ」
「ありがとうございます!聖女マルセナ様」
「いえいえ。神の御加護がありますように」
しかしマルセナは心の中で思っている、一体あと何人いるのか。と。正直朝からほとんど休みなく「聖魔法」を使い続けている。疲れているのが本音だ。だがそんなことを言えるはずもない。なぜなら聖女だからだ。聖女は人々を救う象徴。弱音は吐いていられない。
なぜなら。あのムカつくアリーゼですら文句一つどころか疲れなんか感じさせていなかったからだ。そんな時いつものようにあの2人がマルセナを介抱する。
「マルセナ様。お飲み物をどうぞ」
「肩をお揉みしましょう」
見習い修道士のラピスとエルミンだ。この2人はアリーゼを教会から追い出せたことで聖女付きになれた。だから修道士の中でも優遇されるようになったのだ。
教会にいた時にアリーゼには何故か修道士が付くことはなかった。いやそれをアリーゼが断っていたのだろう。だってアリーゼには必要がなかったから。
その時ミサの準備をしていた司教様が部屋に来る。
「聖女マルセナ様。頼んでいた「聖火」は?」
「もう教会の祭壇においておきましたわよ?確認してませんの?」
「いや……2本だけですか?いつもなら祭壇の中全体に広がるように20本は用意しているのに……仕方ない移し火で対応します。では失礼します」
「は?」
あれは移し火で対応していたのではないの?そうマルセナは混乱する。それは「聖火」を作るには聖魔法を1時間は火に込め続けなければいけないからだ。どれだけ全力でやっても30分はかかる。
それなのにあのアリーゼはマルセナの10倍は「聖火」を作っていたのだ。
実はアリーゼは「聖火」を毎回同じ量ではなく変えて作っていた。一番明るくする場所を考えて、そして自分で設置までしていた。それは錯覚を利用したものだ。もちろんこれも本の知識に他ならない。
「そっそんなのありえませんわ!?私の10倍の量の「聖火」など……」
まだまだアリーゼを追い出した弊害は続く。次に来たのは晩餐会のための料理を作る料理長だ。
「聖女様!大変です!ご用意いただいたベステラ魚が腐っております。これじゃ晩餐会のメインディッシュが……」
「はぁ!?一体なぜ!」
「わかりません。でもいつもならちゃんと切り身を買っていただいているのに。今回は一匹丸ごと……」
ベステラ魚は開いてしまうとすぐに腐ってしまう魚だ。切り身での保存の方が難しい鮮魚なのに……それはアリーゼが綺麗に余計なところを傷つけず切り身にし、元々毒のあるベステラ魚の解毒を聖魔法でおこなっていたからだった。あとは優しいアリーゼが、料理長たちが簡単にできるようにと配慮していたのだ。
とりあえず代用の魚をラピスが急いで買いに行くことになる。
ただこれでは終わらなかった。アリーゼを追い出した弊害は続く。次に来たのはオイゲン大司教様だ。
「聖女マルセナ!!一体どういう事だ!?」
「今度はなんですの!?」
「今日の巡礼祭のための生花が萎れ始めておるぞ!どうしてくれるのだ!」
確かにアリーゼがいた時はいつも豪華で鮮やかな花が巡礼祭の最後まで咲いていた。しかし今は違う。全て萎れかけている。
さすがのマルセナもこれはおかしいと思うが理由はわからない。
結局エルミンに買いに行かせることになる。実はアリーゼは礼拝の時に使う花の手入れもやっていた。
プレーンウッドと呼ばれる木材を煮だして汁をとりそれを巡礼祭の花にかけることで防腐剤の役割になる、そしてそれを一旦凍結させて、解凍することで長持ちさせることができるのだ。もちろんこれも本の知識。
だがマルセナはそんなことは知らない。なのでアリーゼがいなくなってから今まで誰も知らなかった知識が一気に出始めたのだ。
教会にとってこの事態は由々しき問題であった。だからマルセナは一日中ずっと誰かに指示を出し続けるしかなかったのである。
「アリーゼ……もう……何なんですの!!きぃ~!!」
そしてこの後もアリーゼの弊害はまだまだ続いていった。カトリーナ教会は初めて暗い祭壇のミサと味気ない晩餐会を開くことになるのだった。