75. 覚悟
私たちは、まるで地獄の門が開いたかのような、凄惨な光景の中に足を踏み入れた。そこは、戦場と呼ぶにはあまりにも残酷な場所だった。激しい戦闘が、息つく間もなく繰り広げられ、剣戟の音、魔法が炸裂する轟音、そして兵士たちの悲鳴が、耳をつんざく。
地面は血と泥でぬかるみ、そこかしこに転がる無残な魔物の死体が、戦いの激しさを物語っていた。騎士団側は、明らかに劣勢だった。兵士たちの顔は疲労と絶望に歪み、その瞳からは、生への希望が失われかけていた。このままでは、全滅してしまうのは、誰が見ても明らかだった。
その時、フレデリカ姫様が、まるで戦場に咲いた一輪の薔薇のように、凛とした姿で魔法を詠唱し始めた。あぁ、またやるんだな、と私は心の中で呟く。フレデリカ姫様の魔法が、この絶望的な状況を、少しでも変えてくれることを願いながら。
「さぁ。景気よく私たちの勝利に向けて、あのオーガどもに大きな一発お見舞いしますわよ!!」
フレデリカ姫様は、そう高らかに叫び、右手を前に突き出した。その小さな手に、どれほどの力が秘められているのだろうか。
「フレアバースト!!!」
轟音と共に放たれた巨大な火球は、魔物の軍勢の中心に着弾し、凄まじい爆発を引き起こした。爆風と爆炎によって巻き上げられた土煙が晴れると、そこには変わり果てた魔物の姿があった。かなりの数が灰に変わりその場に崩れ落ちていた。
「こんなものかしらね。皆の者!私が来たからにはもう安心ですわ!今こそローゼリア騎士団の力を見せる時ですわよ!」
それを見た騎士たちは、歓声を上げた。彼らは、フレデリカ姫様の登場に、再び希望を見出したのだ。
「姫様だ!姫様が来たぞ!」
「姫様がいればオレたちは無敵だ!」
「姫様に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
騎士たちは雄たけびを上げ、勢いづいた。士気は最高潮に達し、彼らは再び猛然と魔物に立ち向かっていく。私も腰の剣を抜き、覚悟を決めた。
「これは、負けてられないよね。私も行きますから、フレデリカ姫様、遅れないでくださいね!」
「もちろんですわ」
私はフレデリカ姫様と共に魔物の軍勢に向かって駆け出した。
「イデア!後ろですわ!」
「分かってますって!はぁぁ!」
迫りくるオークの攻撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに首を斬り裂く。
「よし!」
その後も、私たちはまるで嵐のように、魔物をなぎ倒していった。しかし、その時、私は背後から凍りつくような殺気を感じ振り返った。そこには、巨大な斧を振り下ろそうとするゴブリンがいた。その凶悪な顔が私を捉えていた。その瞬間、赤く染まる爆炎の柱が、ゴブリンを包み込み、跡形もなく吹き飛ばした。
「危なかった……ありがとうございます、フレデリカ姫様」
「あなたが私を守るように、あなたの背中は私が守りますわ。私とあなたは一蓮托生。共に戦う仲間なのですから」
私はフレデリカ姫様の言葉を聞き微笑んだ。そして、私たちはさらに奥へと進んだ。しばらく進んでいると、前方で戦っている騎士たちの姿が目に入った。私は、急いで駆けつけた。そこは、まさに激戦区と呼ぶにふさわしい場所だった。
周りを見ると、瀕死の騎士たちや負傷者で溢れかえっていた。彼らは、もはや戦う力さえ残っていないようだった。戦況は、かなり悪いようだ。このままでは、本当にまずい。
「くそっ!倒しても倒してもキリがないぜ!」
「このままじゃこっちがやられるぞ!」
「ちくしょう!なんでこんなに魔物が……」
原因はこの先にあるのだろう。おそらく、『ゲート』かもしれない。そして、そこには魔王軍の幹部がいる可能性がある。
……守れるか?私はフレデリカ姫様のことを。いや、それより、『ゲート』を閉じるなら、勇者の力を使わなければいけない。
私は、考え込んだ。私の判断一つで、大勢の人が死ぬ。そんなのは嫌だ。でも、私がやらないと……
そんなことを考えていると、目の前に光のバリアが展開されたと同時に、後方から闇魔法の弓が魔物を貫いた。
「防御魔法ディバインシールド。私が皆さんの盾になります!」
「なにボーッとしてんだよ!金髪赤リボンとフレデリカ!ここはオレたちに任せて先に行け!」
オリビアとアルフレッドが、そう言いながら、私とフレデリカ姫様の横に並んだ。
「オリビア……アルフレッド……」
「ここは危険ですわよ!早く街に戻りなさい!」
「ごめんなさい。私は、やりたいことをやることに決めたんです!いくらフレデリカ姫様の言うことでも、今は聞けません!」
「そういうことだ。イデア。お前何が原因か分かってるんだろ?ならそれを何とかしてこい。ここは、オリビアとオレで何とかしてやる!」
まさか、2人が来てくれるなんて……本当にありがとう。これなら、何とかできるかもしれない。私を信じてくれた人たちを裏切るわけにはいかない!それにもう、私も覚悟はできたから。
「フレデリカ姫様。今から私が言うことをよく聞いてください」
「イデア?」
私は、フレデリカ姫様の手を取り、目をしっかりと見て話した。
「これから、私とあなたで、この先の『ゲート』がある場所に向かいます」
「イデア?『ゲート』って一体……」
「そこで、私とあなたは、魔王軍の幹部と戦うことになります」
「あなた……何を言って……」
戸惑った表情を浮かべるフレデリカ姫様を見つめながら、私は言葉を続けた。
「大丈夫です。必ず勝ってみせますから。だから、私のことを信じて付いてきてください。私の背中は、任せましたよ?」
「……分かりましたわ。あなたの言葉を私は信じますわ。ですから、絶対に勝ちましょう。そして、一緒に生きて帰りましょうね」
「はい。約束します」
フレデリカ姫様は、真剣な眼差しで私を見てくる。私もそれに笑顔で応えた。