73. 演説
私とフレデリカ姫様は、カトラス王国へと向かう予定だった馬車を飛び降り王都へと引き返した。王都は、すでに混乱の渦の中にあった。住民たちは、騎士団の誘導に従って、東側から西側へと避難していた。しかし、その避難は、魔物の軍勢が迫りくるまでの時間稼ぎに過ぎなかった。
「まずいわね……これじゃ避難が完了する前に魔物たちが押し寄せてきてしまうわ……」
「そうですね」
「仕方ありませんわ。イデア、あの大広場にある噴水まで走りますわよ」
「え?なんでですか?」
「いいから早くしなさい」
フレデリカ姫様は、それだけ言うと、避難民たちの横を走り抜けていった。
「お待ちください!危険です!お戻りを!え?姫様!?」
騎士が私たちを止めようとするが、フレデリカ姫様はそれを振り切り、そのまま噴水のある場所へと到着した。そして、大きく息を吸い込むと、混乱する住民たちに向かって叫んだ。
「みなさん、落ち着きなさい!私はこれより、この姫騎士イデアと共に、魔物の軍勢を迎撃しに行きますわ!我々を信じて待っていてください!」
「姫様だ」
「姫様が来たぞ!」
その声を聞き、住民たちはざわつき始めた。しかし、すぐに静まり返った。フレデリカ姫様の力強い瞳に魅入られたのだろう。そして、フレデリカ姫様は言葉を続けた。
「大丈夫ですわ。必ず無事に帰ってきます。約束します。だからどうか安心して、私と姫騎士イデアを待っていてくださいまし!」
そう言って、フレデリカ姫様は笑顔を見せた。その笑顔を見た住民たちは、歓声を上げ、次々にフレデリカ姫様を称える声を上げた。
私は、フレデリカ姫様の隣に立ち、住民の方々を見つめながら思った。この人は本当にすごい人だと。それに、こんな私を信頼し信じてくれている。私は、この人の期待に応えたい。
「では、行きますわよ、イデア!準備はよろしくて?」
「はい」
その言葉に私は力強く頷いた。そして私たちは、魔物が迫ってきている東門に向かって駆け出した。
「素晴らしい演説でしたね、フレデリカ姫様。まるで王国の指導者みたいでしたよ?」
「あなた。私のこと、なんだと思っているの?まぁいいですわ。それよりもイデア。あなたの力を見せてもらいますわよ?」
「任せてください。必ずや魔物を討伐して、姫様を守り抜きますからね!」
「ふふっ。楽しみにしていますわ」
私たちは、東側の門を抜けた。まだ遠く離れているが、魔物の軍勢は確実に視界にとらえることができる。あれだけの数を相手にするのは初めてだが、絶対に負けられない戦いだということは分かる。絶対に勝ってみせる!
そして、私とフレデリカ姫様の姿を確認したのか、クリスティーナさんがやってきた。
「フレデリカ姫様!?なぜここに!ここは戦線ですよ!?今すぐ戻ってください!これは遊びじゃありませんよ!」
「あらあら?私が遊びでここにいると?」
「ワガママを言わないでください。あなたはこの国の姫様なんですよ!?」
そんなやり取りをしていると、前線にいた騎士が走ってきた。
「副団長!最終防衛ラインが下がってます!このままじゃここも……」
もう時間がない。私はフレデリカ姫様の腕を掴み、そのまま前線に向かって走り出した。
「フレデリカ姫様!行きますよ!」
「ちょっと待ちなさい!」
私は、クリスティーナさんの制止を無視して、そのまま走り続けた。あーあ。これ絶対怒られるよ……下手したら騎士団クビになるかも……走りながらそんなことを考えていると、フレデリカ姫様が嬉しそうに話しかけてきた。
「ふふっ、あなた怒られますわよ?」
「慣れてますよ。お説教はこの戦いが終わったら十分受けるから」
「あらあら。それなら私も一緒に受けてあげますわ」
「それは心強いですね」
私たちは笑い合った。こんな状況なのに笑えていることが、少しだけ嬉しかった。ここまで来たら、あとは魔物の軍勢を絶対に止めて、ローゼリア王国を守るだけだ!