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72. 勇気

72. 勇気




 馬車はカトラス王国に向かって、揺れるように進んでいた。隣に座るフレデリカ姫様は、窓の外をじっと見つめていた。その表情は、まるで彫刻のように動かず、何を考えているのか全く読み取れない。車内には、重苦しい沈黙が漂っていた。


 私は姫騎士としてフレデリカ姫様のために、精一杯頑張りたいと思っていた。しかし、心の奥底では、何かが違うと感じていた。それは、義務感や責任感ではなく、もっと個人的で、切実な願い……


 でも本当は、ただフレデリカ姫様を守りたいだけなんだ。何事にも動じず、自分の意思を貫き通すその覚悟。そして、その凛とした姿に憧れていた。ただ、そばにいて、支えになりたい。それだけだったんだ。


 だから、もう迷う必要はない。この気持ちは、姫騎士としてではなく、イデア=ライオットとしての気持ち。その気持ちがフレデリカ姫様に伝わらないなら、仕方がない。だって、この人生は絶対に幸せになる。そう決めたんだから!私は、意を決してフレデリカ姫様に話しかける。


「あのフレデリカ姫様!私は……」


「……『どんなことがあっても、あなたを必ず守るから、私と一緒に戦線に行ってほしい』くらい言えませんの?イデア?」


 突然の言葉に、私は思考が停止した。


 そしてフレデリカ姫様は、私のことをじっと見つめながら、さらに続けた。


「まったく。らしくないですわイデア。あなたは姫騎士の前に私の親友。なら、もっと堂々としなさい。そして……何も遠慮なんかしなくていい。いつでも自分が思ったように突き進む。それがあなたでしょ?」


「フレデリカ姫様……」


 私は、胸が熱くなるのを感じた。


「でもあなたは姫騎士。状況や立場もある。そして何よりそれを考えないといけない大人になった。でも理由がほしいのなら、私が理由になってあげますわ。私はローゼリア王国第一王女である前にあなたの親友ですから」


 そう言うと、フレデリカ姫様は走行中の馬車の扉を開けた。風が車内に入り込み、フレデリカ姫様のドレスの裾や私の深紅のマントが揺れる。しかし、その風はどこか心地よく、私たちの心を解放してくれるようだった。


「ちょっと危ないですよ!?」


「これは仕方ないのですわ。守るべき主君の姫様が勝手に魔物の軍勢のいる戦線に向かってしまうのだから。あなたは姫騎士としてそれを追いかけただけ」


 フレデリカ姫様は、私に手を差し伸べる。その手は私を導いてくれるようだった。フレデリカ姫様は、私のことを理解してくれていた。それが、何よりも嬉しかった。この手を、取ってもいいのだろうか。私で……いいのだろうか。思わず、涙がこぼれそうになるが、私は必死にこらえた。


「イデア。今あなたがやるべきことは魔物の軍勢からローゼリア王国の民を守り、そして私も守ることですわ。これは命令ですわよ、いいですわね?」


 私は、涙をこぼしながら無言で頷き、フレデリカ姫様の手を握りしめた。もう迷いはない。こんなにも私を理解し、頼れる人がいるのだから。やっぱりフレデリカ姫様には敵わない。


「フレデリカ姫様。先に謝っておきますからね?ここから飛び降りたら、初めての学年合同模擬戦の時の尻餅より痛いですよ?」


「あら?そんなこともありましたわね?それは困りますわ。というよりあれはあなたが体当たりしたんでしょ?」


「そうでしたっけ?覚えてませんね」


「まったく調子のいい……でも……親友の頼みなら聞かないわけにはいきませんわよね?」


 私たちは笑い合い同時に走る馬車から飛び出した。フレデリカ姫様を抱き締める格好だったが、その勢いはやはりすごく、地面を転がってしまう。


「いったぁ~!あははっ!やっぱり痛かったですね」


「えぇ。痛いですわ。」


 私たちは立ち上がり、フレデリカ姫様に手を差し伸べる。フレデリカ姫様は、その手をしっかりと掴み、立ち上がった。私に勇気をくれたこの救いの手を、私はもう二度と離したりはしない。


「さぁ行きましょうフレデリカ姫様!あなたは私が必ず守りますから!」


「当たり前ですわよ!それが私の姫騎士なのですから!」


 こうして私たちは、自分たちの意思で、『守る』ために魔物の大群が迫る戦場へと向かって駆け出した。


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