71. 迷い
「失礼します!」
私は謁見の間に入ると、そこには厳かな雰囲気が漂っていた。国王ゼノス陛下、王妃マリア様、騎士団長のレイヴンさん、副団長のクリスティーナさん、そして魔導科学研究所のルージュさんが、深刻な面持ちで集まっていた。
「来たか。では早速だが状況を説明するぞ」
レイヴン団長が口を開き、事態の深刻さを告げる。
「まずは隣国のランデル王国との国境沿いにある村が襲われた。そこにいた村人全員が食い殺され、その数は1000人を超える。おそらくオーガの上位種の仕業と思われる。そしてその魔物が我が国に向けて進軍を開始したという情報が入った。そこで我々は迎撃のために出撃する」
大量の魔物が攻めてきたのか。しかも上位種が多数。これはただ事ではない。私たちだけの力では、到底太刀打ちできないだろう。騎士団と冒険者ギルドの合同部隊を編成しなければ、この危機を乗り越えることは難しい。しかし、なぜこんなにも急に……。
その疑問に答えるように、ルージュさんが口を開いた。
「おそらく魔物は『魔石』の影響を受けていると思われる。これは魔族の魔力が込められたもので、魔物を狂暴化させる効果があるのだ。先日イデアが倒したガルーダにも見られた」
「事態は一刻を争う。すでに隣国のカトラスには話をつけてあります。国王様とお妃様には団長の私が、フレデリカ姫様にはイデアがつきます。精鋭の騎士と共にカトラスへ避難してください。そして魔物の迎撃には副団長のクリスティーナが引き受けます」
レイヴン団長の言葉に、私は耳を疑った。王族が避難する?それでは、このローゼリア王国の民はどうなるのだろうか。
「お待ちください!ローゼリア王国の国民はどうなるんですか!?それを見捨てて自分たちだけ逃げるなんて……」
私は、思わず声を荒げていた。
「イデア!」
フレデリカ姫様が、私の言葉を遮る。
「フレデリカ姫様……」
「言葉を慎みなさい。王の前です。これは決定事項。あなたも私に仕える姫騎士なら理解しなさい。申し訳ありませんお父様。イデアはまだ私の姫騎士になって浅いものですから、よく言い聞かせますので」
そう言い残すと、フレデリカ姫様は部屋を出て行ってしまった。その場の空気を察したのか、クリスティーナさんが口を開く。
「大丈夫ですよ。騎士団長の言った通り、私たちは国民の盾です。必ずや魔物どもを蹴散らし、ローゼリア王国を守り抜いて見せましょう。さぁ、国王様やお妃様も準備をお願いします。時間がありません」
国王様と王妃様も、クリスティーナさんの言葉に従い、準備を始めた。そして、謁見の間には、私とクリスティーナさんだけが残された。
「あの……すいませんでした」
「イデア。あなたの気持ちは痛いくらい分かるわ。でも、あなたの仕事はフレデリカ姫様を守ることよ。騎士団の仕事は国民を守ること。そこに大きな違いがあるわ。あなたは何のために騎士になったのかしら?」
「それは……」
私は、言葉に詰まる。フレデリカ姫様を守りたい。その気持ちは、誰よりも強い。しかし……。
「すべての人を救うことなんてできない。もう一度言うわ。あなたの仕事はフレデリカ姫様を守ることよ。そしてあなたに信頼をおいているフレデリカ姫様に恥をかかせないように」
「……はい」
私は、クリスティーナさんの言葉を胸に刻み込んだ。数時間後、準備が整い、馬車が出発する。私は、フレデリカ姫様と同じ馬車に乗り込んだ。フレデリカ姫様は、窓の外を見つめたまま、一言も発しない。車内には、重苦しい沈黙が漂っていた。
私は、まだ迷っていた。本当にこれでいいのだろうか。元勇者の私が、危険な戦線から逃げていいのだろうか。もし、魔物の軍勢だけでなく、魔王軍の幹部が現れたら?そう考えると、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。