70. 平和
ここは王都の街の中にある小さな教会。孤児院と併設されているため、庭からは子供たちの楽しそうな遊ぶ声が聞こえてくる。その声は、街の喧騒とは対照的に穏やかで心地よかった。
「っで。ズルいとか言い始めて模擬戦はやるし、演習場を火の海にしちゃうし、本当にめちゃくちゃだよあのお姫様」
私は、騎士団での街の警邏のついでに、オリビアのところに寄って愚痴を聞いてもらっていた。オリビアの優しい笑顔と、温かいお茶が私の疲れた心を癒してくれる。
「ふふっそれは大変でしたね。でもフレデリカ姫様らしいです」
「まぁ別にいいんだけどさ……」
私は、そう呟きながら、目の前に置かれたクッキーを口に運んだ。甘い香りが口の中に広がり少しだけ心が落ち着く。
「それにしても、やっぱりイデアさんって凄いんですね。あのフレデリカ姫様相手でもきちんと戦えるんですから。普通は主君相手なら本気ではやらないと思いますし」
私は、オリビアの言葉に少し照れながら、彼女の姿を見つめる。オリビアは以前よりもずっと綺麗になった。スレンダーな体型に、優し気な笑顔。彼女の穏やかな雰囲気に私はいつも癒される。
「ん?どうかされましたかイデアさん?」
「え?いや、なんでもないよ?」
私は、慌てて目を逸らす。危ない。つい見惚れてしまった。私は、残りのクッキーを口に運び、立ち上がった。
「じゃあそろそろ戻るね」
「はい。また来てくださいね」
「うん。じゃあお仕事頑張ってね」
私は、オリビアに手を振り教会を出た。空を見上げると、今日も青空が広がっていた。私は深呼吸をして、街の警邏に戻ることにした。
「そうだ。せっかくだからアルフレッドにも会っていこうかな?まだ時間はあるし」
そう思った私は、冒険者ギルドへと足を運んだ。ギルドの中に入ると、普段とは違う、張り詰めた空気を感じる。冒険者たちの顔は険しく何やら話し込んでいる。
「何かあったのかしら?」
「ああ?なんだお前?騎士には話すことはねぇよ!出て行け!」
しかし、返ってきたのは冷たい言葉だった。そうか。私は今、姫騎士だ。昔からギルドと騎士団は仲が悪い。それは、お互いが反目し合っているからでもあるが、一番は過去のいざこざが原因だったりする。
確か昔のことだけど、未開の土地から協力して魔物を討伐した時の報酬で揉めたらしい。それも結構な額で。それ以来、騎士団とギルドは犬猿の仲になったのよね。
そんなことを思い出していると、アルフレッドがタイミングよくやってきた。
「おい。ここはお前が来るような場所じゃねぇよ。表に出ろイデア」
「はぁ?」
「いいから来い!」
私の返事を待たずに、アルフレッドは私の首根っこを掴むと、外へと引きずっていった。そして、強引に建物の外に連れ出された。
「バカかお前。そんな派手なマントしてギルドに来るんじゃねぇよ。知ってるだろ?ギルドと騎士団のこと」
「ごめんごめん」
「それで?何の用なんだよ?」
「いや、アルフレッドと話そうかなって思ったんだけど、なんかギルド内の空気が殺伐としてたから気になって……」
「東のランデル王国に魔物が大量発生したらしい。それで、このローゼリア王国の国境まで迫ってきてるんだとよ。しかも、数が多いらしくて、ここの冒険者も駆り出されるかもしれないって噂だ」
「え?」
私は、思わず声を上げる。
「お前が街で警邏してる間の出来事だろうから、すぐに城に戻ったほうがいいぜ?」
「……わかったわ。ありがとう」
「おう。じゃあオレは行くわ」
アルフレッドは、そう言い残すと、ギルドの中へと戻っていった。私は、急いで騎士団本部へと向かうことにする。すると、すぐにクリスティーナさんと出くわした。
「イデア!ちょうど良かったわ。フレデリカ姫様を連れて謁見の間に集まってちょうだい!」
「わかりました!」
どうやら、緊急事態のようだ。さっきまでの平和な日々は一変する。私は、フレデリカ姫様を連れ、急ぎ謁見の間へと向かうことになった。