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69. 仮初 ~女神リディアside~

69. 仮初 ~女神リディアside~




 どこまでも続く真っ白な空間。いや、それは先入観なのかもしれない。色がない空間だからこそ、そう見えるだけなのだろう。ここは『白い闇』に覆われて、何も見えていないだけ。そんな風に、最近では思うようになっていた。


 この単調で、永遠にも思えるような空間に、微かな変化が訪れたのはいつからだっただろうか。最初は小さな光の粒だったものが、次第に色を帯び、輪郭を持ち、そして物語を紡ぎ始めた。それは、一人の女性の人生によって彩りと輝きがもたらされたからだ。


「あ。あそこも彩り始めましたか……ふふっ、本当に不思議な人ね、イデアは」


 そのイデアと呼ばれる女性は、この空間の主である女神リディアにとって、かけがえのない存在になりつつあった。彼女は、心の中を常に明るく照らしてくれる太陽のような存在だった。


 彼女との出会いは、本当に偶然で、今思えば運命的な出会い方だったのかもしれない。初めは、退屈しのぎの気まぐれだったはずなのに、今ではその人生を見ることが唯一の楽しみになっている。


 彼女の選択、喜び、悲しみ、そして成長。それら全てが、リディアの退屈な世界に鮮やかな色彩を与えてくれた。


「さて。あなたの望み通りに『勇者』として生きる選択肢はなくなった。あなたは今とても幸せなのかもしれませんね……。しかし、それは仮初のもの。そんな幸せは長く続かない。それは、あなたがよく知っていますよね?」


 リディアは、目の前に浮かぶ水晶玉を見つめる。そこには、イデアの日常が映し出されていた。淹れなおした紅茶を一口飲み、そして呟く。その声は静かで、しかし確かな意志を宿していた。


「……本当の幸せは、不幸のその先にある。不幸になるからこそ、本当の幸せを感じることができるんですから。まだ足掻いてください……あなたはもっともっと輝いてくれないと面白くありませんから。あなたの黙示録をもっと見せてくださいね?」


 そう微笑みながら、リディアは再び水晶玉に映るイデアを見つめる。その瞳には、好奇心と期待が入り混じっていた。彼女は、イデアの人生という物語の、次の展開を心待ちにしていた。

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