38. 神速
ここは騎士団の宿舎にある治療所。優秀な治療魔法士がおり、戦いで傷ついた騎士が療養する場所でもある。そこにこのローゼリア王国最強の女騎士と名高いクリスティーナは先ほどの模擬戦で痛めた手首を治療しに来ていた。
「これで大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「でもしばらくは安静してくださいね」
「はい」
クリスティーナは治療をうけた手首を抑えながら思う。あの子の剣技はなんなのかしら?まるで風のように滑らかで、それでいて鋭く重かった。
それに自分の速さについてこれるとは。その動きを完全には捉えきれていないようだったけど、それは仕方がないことだろう。クリスティーナでさえ、自分の速くなったスピードを完全に制御しきれてないのだから。
彼女のスキル『神速』は、使用者の素早さを極限まで高めてくれるもの。
そして、彼女は自分より格下の相手と戦うときは、このスキルを使用することはほとんどない。ましてや模擬戦ごときで使うことなど今までなかった。というより、使う機会などなかったというのが正しいかもしれない。
しかし、今回の手合わせで久しぶりにスキルを発動した。そうしなければ負けるかもしれないと本能が警鐘を鳴らしていたからだ。そんなことを考えていると、そこへ騎士団長のレイヴンが入ってくる。
「……珍しいこともあるものだな。お前がここにいるとは。油断でもしたか?」
「団長……いえ。私はスキル『神速』を使いましたし、本気でした」
「そうか……フレデリカ姫様が国王に楯突いてまで、姫騎士に推薦する少女……初めは友達ごっこかと思ったが、どうやらあのイデアの力は本物のようだな?」
「悔しいですがあの勝負……負けたのは私です。木刀が折れなければ間違いなく一撃をもらっていました。あんなに鋭く重い一撃は初めてでした。」
その言葉を聞いてレイヴンは驚くが、その様子を見て笑いながらクリスティーナに言う
「その割りには嬉しそうだな?」
「そうですか?でも確かに……嬉しいのかもしれません。この王国には私よりも強い人物がいた。しかもまだ17歳。そう考えたら楽しくもあります」
「なら喜べ。イデアは騎士団に入りたいようだぞ?」
「……もし彼女が騎士団に入ってくるなら、もう一度手合わせをしたいと思ってますから。今度は絶対に負けません。このローゼリア王国最強の女騎士として!最強の名は譲りませんから!」
そうクリスティーナは言った。久しぶりに手合わせをして楽しかったというのもあるが、それ以上にイデアが今後どんな成長を見せてくれるのかが気になってしょうがなかった。そして同時にローゼリア王国最強の女騎士に火をつけたのだった。