39. 仮定と事実
ロデンブルグに向かうために鉱山の洞窟を抜けてきた私たちは近くの街『エルランド』を目指している。目の前は雪原。しかも今は戦闘中だ。
「……寒い」
私は思わず呟く。
「確かになあ、防寒着があってもこの寒さは堪えるな。ほれっこれでも飲め」
「あっありがとうございますゲイルさん……ん!?これお酒じゃないですか!」
「なんだ?エステルお前酒飲めねぇのか?しけてんな。そんなんだからお前男出来ねぇんだぞ?」
最低。しけてんなって今戦闘中ですけど……。ダメ人間ですかこの人?しかもセクハラだから今の。
「美味しい。ホットワインの赤ですか。私は白の方が好きです。魚料理に合うので」
「ほらレミーナもこう言ってんぞ?あのくらいの魔物はガキ共に任せとけ」
レミーナさんも付き合わないでくださいよ。もう!
「あっヤバ!」
「おーい!そっち行ったよ~ゲイルちゃん!!」
話してると前から2匹の魔物が襲いかかってきた。大きな角を生やした白い兎のような魔物だ。
「ちぃっ!お漏らししやがってしゃあねえな!これだからガキは……」
ゲイルさんは素早い動きで剣を抜き、一瞬で1匹を切り伏せる。そしてすかさずもう1匹を斬りつけた。おお!さすがは剣聖『ソードマスター』鮮やかな剣技だった。
「ごめんごめん。大丈夫だった?」
「ええ。大丈夫よ。それにしても素晴らしい剣捌きでしたねゲイルさん」
「……」
「ゲイルさん?」
私が近寄りゲイルさんの顔を見るとすごく蒼い顔をしている。どうしたんだろう?
「ぐっ……やっちまったぜ……」
「どうしたんですか?もしかして魔物にやられたんですか!?」
「この寒空の中いきなり動いたから腰が……動けん……」
「……そうですか。それじゃみんな街に向かうわよ」
「おい!オレを置いていくんじゃねぇ!!頼む置いていかないでくれぇ!」
私は大きくため息をつきながらゲイルさんの懇願を無視して歩き出す。やっぱりこの人ダメ人間だ。
「リーゼ。お願い」
「ああ?おいリーゼお前まさか……」
「街まで行こうねゲイルちゃん!」
「待て!痛!腰に響くだろ!せめて担げリーゼ!」
リーゼはゲイルさんの後襟を掴み引きずりながら歩き出す。私はそれを呆れた目で見つめていた。
『エルランド』へ行く道中、何度か魔物と遭遇したがキルマリアが張り切ってほとんど一人で倒していた。そして、しばらく歩くとようやく街の外壁が見えてきた。あと少しで到着する。私は大きく伸びをして深呼吸をした。
「ふぅ……やっとここまで来たわね。もうすぐ暖かいところに行けるわよ」
「私お腹空いちゃったよエステルちゃん!」
「そうね……」
「待てエステル。悪いが……索敵をしてくれ。おかしい……静かすぎる」
突然ゲイルさんが真剣な顔で言う。でもリーゼに担がれているその姿は滑稽だけど……。私はスキルの探索を広範囲に使う。
「……特に異常はないです」
「そうか。……ならもうこの街は魔物に襲われたあとだろうな。中へ行くぞ。一応警戒はしておけ」
私たちは街の中に入っていく。そこには魔物に蹂躙されたあとの悲惨な光景、この状況じゃ生存者は1人もいないだろう。
「うっ……酷い……」
「死体が残ってないということは恐らく魔物に喰われたんだろうな。とりあえず休むところを探すぞ、ここでじっとしてても仕方がない」
私たちは休めるところを探す。通りにはおびただしい血の跡や壁には傷、崩れている建物もあった。それでもその状況を嘆いても仕方ない。目的のロデンブルグが同じことにならないようにするのが私たちが今出来ることだから。
「よし、あそこは比較的大丈夫そうだな。あそこに入るぞ。部屋を借りよう」
ゲイルさんの提案で建物に入る。とりあえずここで一晩を明かすことにした。
「エステルとリーゼ。お前たちは街の周りに罠を仕掛けてこい。また魔物が襲ってくる危険姓があるからな。キルマリアは街を探索しろ。生存者の確認と食糧の確保をしろ。」
「分かりました」
私はリーゼと共に街の周りに仕掛けをする。幸いにも魔物が来ることはなかった。
「これで終わりっと!お疲れ様~エステルちゃん!」
「ええ。お疲れ様。それじゃ戻りましょうか」
「うん。……あのさエステルちゃん。」
「なに?」
「もし、ロデンブルグが魔物に襲われてなかったら、この『エルランド』も救えたのかな……」
「それは分からないわ。けど、街の中の様子じゃ、少なくとも私たちがここに来る少し前に襲撃されたみたいだからこの惨状にはならずに済んだと思うわ。ただそれだけよ。」
「そっか……」
リーゼはその言葉を聞くと黙ってしまった。気持ちは分かる。きっと彼女は自分がもう少し早く来ていれば助けられたかもしれないと思っているに違いない。確かに私も同じことを思う。もっと早く着いていたら。そんな考えをしてしまう。
でも、これは仮定の話だ。現実は違う。魔物の襲撃は防げず、このエルランドの街の住人は全て殺されてしまった。それが事実。だから、これから起こるであろう悲劇を防ぐことを考えないと。
「リーゼ。気を落とさないで。私たちの目的はロデンブルグの魔物を殲滅すること。それには変わりはないでしょう?だから今は目の前のことに集中しましょ。」
「……うん!そうだね!ごめんねエステルちゃん!なんだか変なこと言っちゃって!」
私はリーゼの頭を撫でながら微笑む。大丈夫。必ずロデンブルグは守ってみせる。この『エルランド』と同じ悲劇は繰り返させない。そう決意するのだった。