35. なんでも屋へようこそ!
エルメスさんの依頼から数日がたった。心配だったミリーナもすっかり元気でいつも通りの明るい笑顔を見せてくれている。あの日の出来事はミリーナにとってこれから治癒魔法士としても、この『なんでも屋』としてもひとつの成長の出来事になると思う。もちろんこの私にも。
「あの…アイリーンさん?ボクの朝食美味しくない?そのごめんなさい……。」
「え?あっ。違うのよロイド。美味しいわ、少し考え事していただけ。ごめんなさい。」
「そうですか良かったです。それならいいんですけど……。あ!そうだ!今度一緒に魔法錬金の素材を作ってほしい。難しくて……ダメ?」
可愛い。この少年、女心をくすぐる仕草を自然とやってくれるわね。将来有望だわ。でも私はもう大人だから。そんな簡単に心を動かされたりしないんだから。
あれ? これじゃ私がロイドに惚れてるみたいじゃない。断じて違うから。
「もちろん。いいわよ」
「やった。ありがとうアイリーンさん!」
ロイド。『なんでも屋』で一番最年少の男の子。魔法錬金で素材を作っている。意外に手先も器用なのよね。あれから私に少しずつ話しかけてくれる。この前までは緊張して泣いていたのが懐かしい。今はちょっとずつだけど仲良くなれた気がする。
「良かったなロイド。ならオレもいいかアイリーン。明日山狩りに付き合ってくれ、なんかフォレストウルフが群れをなしてるらしいからな。お前さんの魔法なら問題ないだろ?」
「はい。まぁレイダーさん1人で十分のような気もしますけど。分かりました。」
「おう!よろしく頼むな」
レイダーさん。この『なんでも屋』の一番の最年長で頼れる兄貴的存在。年長者としてみんなを引っ張っていってくれる。それにとても強い。正直この人がいなかったらこの『なんでも屋』は成り立たないかもね。
「それじゃそろそろ行こうかな!ロイド君片付けお願いしてもいい?」
「あれミリーナどこか行くの?」
「うん。この前アイリーンちゃんと行った薬屋のおばちゃんのところ。村長さん腰を痛めちゃったんだって。だから薬を作りに行くの。それに、あたしの頑張りをオフィーリアのおばあちゃんも天国から見てると思うしさ!頑張らないと!」
「そっか。頑張ってね。ミリーナ」
そういうとミリーナは急いで家を出ていった。相変わらず元気いっぱいだなー。
ミリーナ。『なんでも屋』の一番のがんばり屋さん。彼女の治癒魔法や薬で、この農村ピースフルのみんなは病気になったり、怪我をしても安心して暮らしている。小さなお医者さん。
そして私も準備をしていつも通りお店に向かう。私は今いつも通り窓を拭いている。この窓に感謝してもらいたいくらいキレイに拭いてあげている。といっても他にすることがない。だから今これが私の大事な仕事だ。
ふとカウンターを見ると、ルーシーがよだれを垂らして爆睡している。本当にこの人寝すぎだからね。いつまでたっても起きないし。
それから数時間後、ようやくルーシーが起きたようだ。眠そうな目を擦りながらこちらに向かってくる。どうやら今日は昼過ぎに起きたみたいだ。
「おはようアイリーン。ふわあぁ。」
「よくもそんなに仕事中も寝れるわね?」
「こうも平和だとね。アイリーンは良く眠くならないわよね?」
「私は毎日休みの時以外はきっちり起きてるからね。宮廷魔法士の時からそうだから。」
「はいはい。ご立派だこと」
まったく、この人はどうしてこんなにやる気ないのかしら。
ルーシー。自称『なんでも屋』の看板娘。いつも昼寝ばかりしているけど、実は元設計士。後からきいたんだけどこの村の建物を直すときはルーシーが図面を書いているらしい。でも本人はあまりやりたがらないみたいだけどね。
そんな事を考えていると店の裏口のほうからエイミーがやってくる。
「あー畑仕事は疲れるぅ。アイリーン、お茶をいれてほしい。」
「はぁ?自分でやりなさいよ。そのくらい。」
「アイリーン冷たいなー。わたしだって色々大変なんだよ?もっとキャロットみたいに優しくしてよ!」
そう言って「ぶー」っと頬を膨らませている。キャロットみたいに優しく?訳がわからない。まぁ確かに最近収穫するものが多くて、忙しいとは思うけどさすがにそこまで面倒見きれないわよ。
「そういえば。アイリーンがここに来て1ヶ月くらいたつよね?どう『なんでも屋』は?困ったことない?」
「ん?別になんともないかしら?今のところは……」
「そう?ならいいんだけど。困ったことがあったらいつでも相談してね?私たちは仲間なんだから!」
エイミー。『なんでも屋』の代表。彼女はこう見えて良くみんなの事を見ていると思う。しかもその人の本質を見てくれる。だからこそ、彼女の『なんでも屋』を私はやりたいと今は本当に思っている。あの時、偶然私に声をかけてくれたあの言葉。
(どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?)
今思い出しても初対面の人に言う言葉じゃないけどね。もしかしたら彼女なりの気を使った言葉なのだろう。まあそれに救ってくれたのは事実だし、今となってはいい思い出だ。
素直に感謝を伝えてもいいんだけど、それはなんか負けたような気持ちになる。だから私はいつもエイミーに言われているように野菜に例えて言ってあげる。
「あー……。ひとつだけあったわ。あのさエイミー。私さ……
「え?……うん!もちろん!私は
そう私に話すエイミーはすごく笑顔だ。それなら私をこれからこの『なんでも屋』で高級ラディッシュにしてもらおうかしらね。そのまま私は笑顔で答える。
「あなたはそれしかできないもんね?まぁ期待しているわよ。『なんでも屋』の代表さん?」
「なにその言い方?もうひどいなアイリーンは!それパプリカだよパプリカ!私はそれ以外も出来るよ!」
私はフローレンス王宮の宮廷魔法士をクビになり追放された。それでも今は、私の目の前にいるエイミー。それを見ているルーシー。そして同じ『なんでも屋』のレイダーさん、ミリーナ、ロイド。あと農村ピースフルのみんながいてくれる。私は幸せ者だな。
私はこれからやり直す。山奥の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌する。
その時、店の扉が開く。
「こんにちは。あの……ここ『なんでも屋』さんでいいんですか?依頼をしたいんですけど?」
「あっ!アイリーンお客様だよ!サイラス以来の!」
さて。仕事をしないと。
私は満面の笑みを浮かべながら、店の入り口を見る。もう私は決意しているから。これから新たな一歩目として。今までで一番大きな声であの言葉を言う。
「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」
と。
完