──半端者。
一筋、純粋、唯一無二に強い拘りを抱く世界で彼らはとても生き辛い。
生まれ持った宿命。
望んでもない宿業。
人の世だけにあらず、妖の世においても変わらない。
鴉天狗と鬼人の間に生を受けた半端者は里を追い出され、両の目を奪われ、生きる意味をも奪われた。
授かった力で人里を塵にし、そこに現れるは一人の人間。
陰陽巫女を名乗る少女は半端者に告げる。
──汝、我の式神となりて、我が身に降りかかる厄災から身を守りたもうて。
半端者は返す。
──されば、私に光を、この醜い世界を静粛するためだけの光を授かるべき。
それが契約の代償なり。
少女は一瞬躊躇いながらも、喉を鳴らしながら続ける。
──契約成立。
※
世界は広い。
故に、何かを求める者は必然的に旅をする。
「我が式神や我が式神や、この先には何があるかね?」
「小さな街が見えております、我が主」
「そうかそうか」
人工的に整備された街道を歩く笠帽子を被った二人組は兄妹か親子か恋人か。
否、主従関係で旅道中の仲である。
「我が主、道に勾配がございます。ご注意ください」
「ありがとう感謝だ、我が式神よ。それよりも、其方の名をそろそろ教えてはくれまいか? いい加減に汝を式神【しき】と呼ぶのも飽きてきた」
「我が主よ、私は貴女の式神にすぎません。それ以上でもそれ以下でも、故に式神であることが誉れなのです」
「それでも式神よ。私は汝を道具として扱いたくない」
「私に存在理由があればそれで構いません、それよりも街が近づいて参りました。茶屋で休憩致しましょう」
「…やれやれ、相変わらず頑固な式神だ」
供に旅を始めて一年と三月半。
お互いにまだまだ知らないことはもちろん、式神が主に必要以上の関係を迫ることはない。
式神にとって主は光。
主にとって、式神は目であり戦力でもある。
この広い世界を年端もない盲目の陰陽巫女一人で歩くほど容易くない。
「──私は貴女に世界を視る機会をいただいた、しかし貴女と供に見れぬのなら光を取り戻すまでです」
「気にすることでないと言ってるだろうに、こんな汚れた世界私は見たくないのだ」
「それでも主の困難の根元は私が断ちます、そもそも私が原因でそのようになったのですから」
式神は折れない。
主である陰陽巫女の両目に光を取り戻すまでは──
「着きました、人にご注意ください」
「おっとっと、賑わってるようだ」
「酒位の街に比べたら、静かなものです」
「式神や。大商業都市と比べるとは何事ぞ」
「失敬」
小さな身体の陰陽巫女は錫杖にも似た杖で目先を叩く。
式神の支えと合わさり、初めて道を道と認識し歩を進めるのだ。
式神は人ならざる者、故に力は強く疲れも知らぬ。
陰陽巫女の道先の障害を薙ぎ倒し、荷物を持ち、目的地を定め、併せるかのようにして歩を進める。
「我が主よ、茶屋です。休憩と致しましょう」
「抹茶はあるか?」
「ございます」
「よし、行こう」
旅人は珍しくない。
そういった様子で茶屋娘は二人を出迎え、席に案内をしてくれた。
「ご注文は抹茶でよろしくて?」
「おや、聴かれてしまっていたか! 恥ずかしいことこの上ないな、椀で頼む!」
「ふふふ、お兄さんはどうされます?」
「煎茶を」
「はい、少々お待ちを」
小さな店だが、娘は会話が得意な様子だ。
これは繁盛してるに違いない、と陰陽巫女は抹茶を待ちながら心中にて想う。
奥から声が聴こえてくる。
「えぇ、利助さんが?」
「そうなのよ、実は─」
「小荒の里でも被害が─」
小さな店だからこそ、その声は響きやすい。
「……我が主」
「あぁ、式神よ。たしかに聞こえた」
──妖による人被害。
「仕事の時間だね、無賃金労働だ」
「主は人が良すぎる」
「身勝手な主に付き合ってくれる汝は自慢の式神だよ」
妖が人里に蔓延してきてからというもの、共存の道は険しく互いに対立し合っている。
「──お待たせしました、抹茶と煎茶でございます。こちらのみたらし団子はサービスとなってます」
「お、これは有難い!」
「私は結構ですので主、もしくは他の方に回してください」
「式神よ、人からの好意は無下にするでないぞ。素直に受け取っておくのが礼儀というものだ」
「しかし、いや、我が主が言うならば……」
「すまないね娘さん、彼は真面目すぎてね」
式神は人の世というものが、未だに理解できていない。
ちょっとした変わり者として扱えば人の世も何とか渡り歩ける。
「そうだ、娘さん! ちょっと私の質問に応える時間はあるかい、お仕事に支障はきたさないかい?」
「お客様とお話しするのも私のお仕事です、問題ありませんよ」
「うむ! いい返事だ!」
「食べながら話すと、喉に詰まらせますよ」
「気にするな、あむ」
団子を一つ口に放り込み、こほんと咳払いを一つしましては、茶屋娘に問いかける。
「この辺りで神隠しとか、発生したりしてないかな?」
茶屋娘が一瞬だが狼狽えた。
「……えぇ、えぇ、私の許嫁も二ヶ月ほど帰ってきてないので、もしやとは─」
「二ヶ月か、それはさぞ心配であろうに。件の彼は何か仕事をされてたのかい?」
「向かいの商店の若旦那でした、街から出ることはほとんどありません」
「なるほど、神隠しを疑うわけですね」
式神が煎茶を飲みながら口を挟む。
「しかし、私の質問に対して流暢な受け答え、これまた奇っ怪で驚きである」
「……彼について尋ねられたのは、この二ヶ月でお客様が七度目ですから」
「あい、わかった。慣れるわけだ」
団子を流し込むように抹茶を一気飲みする、なんと行儀の悪いことか。
式神は後で小言を小一時間する羽目になる。
「ここ半年でしょうか、街から次々と若い男性がいなくなり始めてます。何の前触れも、音沙汰もなく、やがてここ最近では近くの村里、ひいては恭の都からも噂は流れてくる始末です」
「ふむ、ここから恭はかなり離れてる。随分と話が大きくなっている様子」
「古来より、この辺りは豊穣様の土地でした。しかし、数年前より山に住み着いた鴉天狗の邪気にて追い出されてしまったのです」
「鴉天狗…」
「豊穣様は今何処に?」
「わかりません、老師は三年前に鴉天狗に…」
神に仕える者、この街では茶屋娘の言う老師一人だったのだろう。
茶屋娘は続ける。
「私は、鴉天狗が犯人なのではないかと、街の人達も同じ意見です、だから──」
「祓い人に依頼したのですね」
「はい、しかし結果は多勢に無勢。今も彼らの亡骸は豊穣山の十字架に掛けられてます」
豊穣山、ならぬ十字架山。
今の無惨な山状を見て、そう口にする余所者も少なくない。
「豊穣山、とはここの南側、もっと言うと東南側の山ですか?針葉樹の目立つ」
「えぇ、その山です」
「式神や、近いのかい?」
「はい」
「ふむ……」
ぺろり、陰陽巫女が考える仕草をする隣で、式神は煎茶を飲み干す。
「──まさか、行くおつもりですか!?」
「まさか、私らとて命は惜しい。今のまま行ったところで十字架が二つ増えるだけさ」
けらけらと笑う陰陽巫女と心配する茶屋娘。
表情一つで女とはここまで変わるものか、その心理いかなるものか。
「さて、そろそろお暇しようかな」
陰陽巫女が席を立ち、式神が勘定を済ませて追いかける。
お辞儀をする茶屋娘に一礼し、式神は困った表情を浮かべながら急ぎ足の主に声をかける。
「あまり一人で遠くへ行かれては困ります」
「それは式神、君の事だよ。責任を感じる必要はない、まさか生き残りがいるなんて誰も考えない。あの惨状を目にしたらね」
「我が主を放って、私怨に身を委ねるなどもっての外です」
式神想いすぎる主にも困りものである。
「──当然だ、君は私の光であり剣なのだから」
鴉天狗による誘拐事件。
解決に身を乗り出した祓い人達は十字架に掛けられ全滅。
──妖には妖を、鴉天狗には鴉天狗を。
「──案内してくれるかい、我が自慢の式神よ」
「──仰せのままに、我が主」
二人の去った後に藍色に近い羽が舞う。
羽は茶屋の近くにまで風に飛ばされ、茶屋娘が目にしたのはまた別の話。
そして、その羽を拾った茶屋娘の店が三年後に焼け崩れる事件も起こるのだが、それこそまた別の話である。
※
処変わりましては、豊穣山。
神隠しが頻繁な当山につきまして、鴉天狗が取り仕切り近隣街の若い雄の子を山に連れ去りては洞窟内に拘束させ、転がしてるではありませんか。
諸行無常の響きもなし。
磔にされた首のない祓い人、その首の行方は鴉天狗の腹の中。
不気味な晩餐を雄の子達。
これを不気味といわず、何と言うか。
「……我が主」
「間違えても感付かれたらダメだよ」
「御意」
目の見えぬ主よ、あまり率先して行かれては困ります。
妖を化かす陰陽術で二人の主従は豊穣山に溶け込んでいる、とはいえこの狂った宴席に長居はしたくないものである。
鴉天狗の不気味な笑い声が木霊する。
首を持った鴉天狗が宴席の真ん中に鎮座する。
『これで何人目ダ?』
『さァナ』
『馬鹿ナ人間共のお陰で酒ガ進むナ』
『違いなイ違イナイ』
鴉天狗の不気味な笑い声が木霊する。
『こノ山は大しタことないナ』
『違いナい違イナい』
『首は多いニ越しタコとハなイ』
──運びよれ、酒が足りない。
──腹が減ったぞ、人間の脚を焼いてこい。
──余興代わりだ、雄共を交わらせよ。
『クカカ、善きカナ、善きカナ』
悪趣味なことこの上なし。
『同胞ハまダ戻らナイ?』
『オ嬢』
『戻ラナいノカと聞いてル』
『戻ラない、なァ?』
「そうだな」
『困ッタ』
『左様か、ソレはトモカク』
黒の双翼が逆立つ。
錫杖に殺気が籠る、先程とは異なる緊迫感が宴席を支配する。
『──お前は誰ダ?』
雰囲気が一転する。
宴席に殺伐とした狂気が伝染する。
「式神だ──」
お嬢と呼ばれた鴉天狗の首が飛んだ。
あゝ無情、血飛沫舞うは薬缶の如し。
『ォ嬢!?』
『貴様、同胞じャないナ!?』
宴席の円に立つは半鴉半鬼の式神なり。
左肩より広がるは鴉の翼、額から聳える右角は鬼なる証。
陰陽巫女が式神、半端者の妖は太刀一つで立ち回る。
「──時間は取らせん」
立ちはだかるは数にして、十一の鴉天狗。
台本のある演舞とは異なる、生き残るための自衛戦。
豊穣山を舞台とした宴席は、戦場の舞台として変わり果てる。
『な、ナンだそノ翼、は!?』
『異端ダ、忌ミ者め!』
「うるさい嘴ですねぇ」
半端者は鴉天狗の頭蓋を握り潰す、鬼の如く怪力で。
『ァ──』
火蓋は切られた。
槍を振るう鴉天狗の群れが対するは、片翼片角の式神。
身軽な身のこなしで四の攻撃を避けたかと思えば、常識では考えられない超怪力で二を叩き潰す。
逆叉の剣の切っ先が槍をいなし、時に斬られ、鴉天狗の翼や足に剣閃が刻まれる。
『か、敵ワねェ!』
半端者に畏れを成した鴉天狗が背を向ける。
「逃がさぬよ」
宴席より退席には許可が必要なものである。
半端者の背後には、どこから現れたのか杖を持つ陰陽巫女。
「なぁに、ちょいと話を聞きたいだけさ。式神のやんちゃには私が詫びよう」
「……主よ、このような下衆共に下げる頭はありません」
「おっとっと、だが君は少しやりすぎだ。神隠しの根本を理解せねば、事態が落ち着くことはないぞ?」
「私は冷静です」
「なら、私から離れないでほしいかな?我が自慢の式神よ」
「善処します」
陽動のためとはいえ、やはり主人から離れるのはよろしくなかった。
手っ取り早く済ませて瞬で戻るつもりだった、鴉天狗の目が自分に向いてることを確認した上での陽動である。
しかし、反省。
「さて、言っておくけど無理に逃げようとしない方がいいよ」
『……結界、カ』
「イエース」
結界を展開するためには時間と準備がいる。
六分と四十四秒、陰陽巫女が宴席を囲うように結界を展開したのに要した時間である。
「さっきも言ったが、君たちには聞きたいことが二つある。
①何故豊穣山を根城に変えたのか。
②神隠しを始めた理由。
──この二つだ」
『……さテ、なンノコとか─』
「式神よ許可する。首を刎ねるんだ」
『ま、マテ、わ、我々ハ、守和カら陰陽師に追わレて逃ゲテ来たンダ!!』
「守和から……?」
「……チッ」
守和といえば、恭の都に並ぶ陰陽師の登竜門だ。
東の守和、西の恭といえばこの世界の常識でございまして、その分妖も多く蔓延っております。
しかし、守和は恭に比べ妖怪勢力は弱く内輪での結束力が強いため、他の地に侵略行動を行うなんて、聞いたことがない。
『こ、コこを住み処二したのハ、人里が近いからダ。餌に困らヌとお嬢が─』
「むかつく顔してた最初に首斬ったやつか」
『……お嬢は守和鴉天狗の参謀だッタ』
「野良妖怪の頭なんざ、たかが知れてるけどな」
「これ、我が式神よ。さっきから少し調子に乗りすぎなんじゃないのかい?」
「……ですが、こいつらは─!」
主である陰陽巫女とて、式神の気持ちがわからないわけがない。
かつて、両の目を悪戯に啄まれた鴉天狗を前にしているのだ、今にもこの場にいる全ての鴉天狗の首を飛ばしかねない。
「──落ち着くんだ、まだ聞くことが残ってる」
──主である私が手綱を握らねば。
式神の手にそっと重ねる、手探りだったがすぐそばにあったようだ。
「さて、もう一つの質問の答えを聞こうか」
『餌の確保ダ、人間ノ男は集落ヲ離れる性質がある、だから──』
「本当に?」
巫女の声色が低くなる。
「本当に、それだけ?」
『……本当ダ、隠ス意味もナい』
「………」
思案。
点と点が繋がらぬ、不可解な事象が多い。
「質問を変えよう、君たちに指示を出していたのは誰だ?」
黒幕がいる。
巫女の質問に式神が真意を理解したのは瞬の間、言い淀む鴉天狗。
これは──
『安倍清明、我らが主様ダ』
──只事で終わりそうにない。
神隠しの域を越える大事件の一幕にすぎない。
※
安倍晴明。
陰陽師でその名を知らぬ者は居ぬ、千年先までも語り継がれる男の名である。
界隈にて、最も名を挙げられる男で、それはそれは大層な色男でもあったそうな。
九尾の妲己が口説いたという逸話もある。
「安倍晴明は世を去っている」
──矛盾。
「彼は才能に溢れていたが短命だった。短い生の中で残した功績は数知れずさ。式神に疑似神を降ろす神混の術もだが、陰陽師の基礎を築いた陰陽道の祖」
そう、安倍晴明を名乗る者が守和にいて、何かを企てている事実。
「彼は五百年前に二十四の若さで天寿を全うしている。私の前で先祖の名を騙るとは、いい度胸だ」
矛盾の事実には必ず綻びがある。
綻びは糺さねばならない。
「我が式神よ、少しだけ私の問題に付き合っておくれ」
──言葉なく跪く。
「行こう、守和へ」
※
三日後。
豊穣山から守和へと最短の道を辿り、歩き続けた時間である。
道中、本来ならば見る数が限られる鴉天狗を何度も目にすることになった。
「また鴉天狗です、主」
「……これは、我が一族だけの問題じゃなくなってくるかもしれないね」
この三日間で数にして十三、豊穣山を奪い取った連中よりも数だけ見ると多い。
一度に一体というわけでもなかったので、数は二十をいくと思っていた方がいいかもしれない。
「解せないね」
「えぇ、鳥頭を集めた所詮烏合の衆。一体何のために──」
「あぁ、わからない。何故鴉天狗なんだ?」
使役するのは、鴉天狗でなくてはならない。
そのようなルールでもあるかのような、そこが一番二人を悩ませる。
二人の道中、偶然かもしれないが鴉天狗以外の物の怪を目にしていない。
内輪の結束が強い守和の特徴なのかもしれないが、では何故鴉天狗が表立っているのか、陰陽巫女の疑問は尽きぬ。
「行くよ、進まないとわからない」
真実をその目で見るために。
二人は佃葉山に続く街道を歩く、途中とある屋台の大将に声をかけられ、陰陽巫女は寄り道をすることにした。
式神は呆れる。
「主よ、急ぐのではなかったのですか?」
「それはそれ、これはこれさ!私は甘味に目がないのさ──」
穏やかな一時。
あっという間に過ぎ去るものだとしても、陰陽巫女は一つ一つを楽しむのだった。
※
守和霊山一つの佃葉山。
陰陽巫女と半端者の式神は導かれるように山頂へ到達することになります。
これまた奇っ怪なことでして、山頂にて目にしたものはこれ如何に。
「──」
言葉を失う、とはまさにこのことでしょうぞ。
安倍晴明。
かつての姿のまま、彼の者は木乃伊になって二本の脚で立っているのですから。
その隣に座する鬼──
「……テメェッ!」
「──生きてやがったのか、出来損ないの屑野郎」
金剛童子。
現存する最強の鬼にして、鴉天狗との間に子をなした者である。
「どういうことだ、何故鬼が陰陽術を、それに、金剛童子だって……!?」
「汝、何を驚くことがあるか?陰陽術とは、それ即ち陰と陽の妖術呪術の一つ。我ら鬼、怪異者が扱えるのは当然の道理」
「宿魂術、その木乃伊に宿ってる魂はかの安倍晴明のものとは言い難そうだね」
「左様、数の多い人間と鴉天狗の魂を練り合わせた合わせもの、擬物なり」
謎は考えるよりも容易く、解を得た。
金剛童子が安倍晴明の木乃伊の主となる、安倍晴明維持のために鴉天狗に人間の男を集めさせた。
宿魂術は同性でないと、反作用を引き起こし存在を保てなくなるためである。
そして、金剛童子が安倍晴明の木乃伊に魂を吹き込んだ目的──
「──神混の術」
「いかにも」
安倍晴明が金剛童子を式神として、主従の契りを結ぶために神を降ろし力を注ぐ。
疑似神とはいえ、神の力を身に宿せる。
「我は神に至る、鬼神となりて──」
神圧。
ピリピリとした緊張感が空間を硬直させる。
半端者の式神に宿る、迦楼羅の神格がなければ耐えうることも難しかったであろう。
「……我が式神」
「えぇ、まずは安倍晴明、あの木乃伊から魂を解放せねばなりませんね」
「あぁ、出直して準備をする暇もないだろうからね。けど、金剛童子が安倍晴明に何もしてないはずがない」
形式は違えど、これは式神を使って陰陽師の武闘である。
前線を式神とし、陰陽師は後衛にて補佐をするオーソドックスツーマンセル。
安倍晴明を潰せば、金剛童子から神格は消滅する。
──そうなれば、と。
式神は金剛童子へと向かい、かの牛若丸を倣った八艘飛びが如く駆ける。
金剛童子を抜け、安倍晴明の背後を一瞬で取る。
「……この状況だ、あの木乃伊が原型ないくらいにグチャグチャになっても本家は文句言うまい」
迦楼羅の加護を得た逆叉の刀身に朧火が纏う。
そのまま抜刀、安倍晴明を真っ二つにする気概の一撃。
バチィ、と刀は容易く弾かれる。
「結界術……!」
『バ、グラ』
「戻るんだ!」
式神召喚の術。
本来、遠方の式神を呼び寄せるための術である。
「助かりました、我が主」
「勝負を急ぐ気持ちはわかる、だが、奴が簡単に──」
ズドォォォォォォン!!
急接近した金剛童子の鉄槌が頭上に迫り、大地を粉砕する。
「助かったよ、我が式」
「……あの怪力、私が知るよりも遥かに重い」
「当然だ、今や奴は半神半鬼。我々はまだ、奴がどんな神格を宿してるのかすら、把握できてない……!」
「──小癪な」
『ルゴ、ミノ』
目の見えない陰陽巫女と鬼と鴉天狗の血を分けた半端者の式神が相対するは、神の力を宿した最強の鬼神と陰陽道の祖。
「──我が式神」
「──我が主」
言葉を交わす暇すらも惜しい。
二人は一言だけ告げると、そのまま次のアクションへと移る。
足袋を脱いだ式神の脚は鴉の脚。
鋭い鉤爪を横薙ぎに払い、攻撃が当たらぬことを感じるとそのまま逆叉の剣を抜刀する。
金剛童子は避けることなく、強靭な体躯にて刀身を受ける。
「浅い」
追撃は鬼神の張り手、さらには後方より陰陽術。
陰陽巫女の結界が間に合わなければ半端者の式神は再起不能になっていただろう。
「結界に、ヒビを……!」
鬼神の一撃は常識を凌駕する。
「貴様の主、目が見えぬのか」
「……だったら?」
「哀れよな」
炎が揺れる。
「屑の目を戻すために自らの目を犠牲にするとは──」
その言葉に反応したのは陰陽巫女である。
「お前、今なんて──」
「土御門一族が巫女、汝が哀れだと言ったのだ。こんな出来損ないのために目を費やし世界を狭めるなど、あぁ、哀れなり」
「──ふざけるな!!」
陰陽巫女は前へ進む。
金剛童子の方向へ、それが逸れた道だとしても。
「主、なりません!止まってください!」
「止まらないね!こればっかりは許すことはできんぞ、金剛童子!」
式神は陰陽巫女を守るように後退する。
彼女が打ち負かされてしまえば、式神契約自体も無効となり、己が身に何が起こるかわからない。
それ以前に、主を守れなくして、何が式神か。
「──君の身勝手で彼に生を与えたくせに、責任もなく光を奪い、存外に扱った貴様に彼の何がわかる!?」
「なにも」
「貴様に彼を語る資格も、私を哀れむ資格も、父を名乗る資格も、ない!!」
「元より、そやつを我が子と思ったことは、ない!」
パァン!!と、何かが弾けた。
一瞬の隙が生まれた、弾けたのは安倍晴明の両腕。
式神の生み出した迦楼羅の炎が木乃伊の両腕を爆散させたのだ。
『デ、ル、ビモ』
陰陽術は印を結び発動する。
安倍晴明の両腕を奪うことで優位が傾いた。
「ふ、派手にやったね」
「感謝します、我が主。貴女の言葉、胸に打たれました」
背中合わせに笑い合う。
「甘い」
──疾風迅雷。
そんな代名詞が似合う金剛童子の俊敏さ。
強靭な体躯から練りだされるパワーを兼ね備えた元来の性質と神格が混ざり合うことで実現したイレギュラー。
「遅い」
しかし、式神はその速度を上回る。
電光石火。
鴉天狗の身軽さ、脚力は半端なものとはいえ元来の性質のもの。
後付けの疑似神の身体能力強化よりも優れてるのは道理である。
陰陽巫女の身体を抱え宙を舞う。
隙のできた金剛童子の肩に正拳を叩き込む、ダメージはない。
そんなことは承知の上である。
跳ねっ返りの衝撃を利用し、大きく後退し陰陽巫女を下ろす。
「さすがだ、我が式神」
──準備は整った。
「迦楼羅炎!!」
式神の両手から広範囲に渡って炎が生み出される。
金剛童子は物ともせず、安倍晴明はその木乃伊の身を焼きながらも進む。
『グルオ、セオリカ』
金剛童子が八歩進んだところで、大きな六芒星が光を帯びる。
「これは──」
「──八卦封印術」
光が、金剛童子を飲み込んだ。
※
結果として、金剛童子は佃葉山に封印され、安倍晴明の木乃伊は炭となった。
二人としても煮えきらぬ結果となったが、こうでもしない限り勝てる相手ではなかったとしか言えない。
「我が主」
「あぁ、言いたいことはお互いにあるだろうが、今は体を休めよう」
「はい」
「山を下りたら、あそこの屋台に寄ろうじゃないか。杏仁豆腐が食べたいものだ」
「仰せのままに、我が主」
佃葉山は大きな霊山である。
八卦封印術をより強靭なものにすることとなった、先千年は封印が自然解放されることはないだろう。
「我が主」
「何かな、我が式」
「……やはり、この目、お返しします」
「……それはできない相談だよ」
陰陽巫女は微笑む。
「考えてもみるんだ、一度君の体に馴染んだやつだよ、それを他人、ましてや女の子に戻すなんて、君はどれだけ不衛生極まりないことを言っているのか、わかっているのかい!?」
「あ、え、そこですか?」
「大切なことだよ!目を直接渡したわけじゃないが、私だって女の子だよ!?間接キスさえも恥じらう女の子なんだよ!?」
「す、すみません」
その後、小一時間くらい説教された。
※
五年の時が流れた。
不浄の湖と呼ばれる地にて陰陽巫女の両目を戻す手段を見つけた。
穢れとなる妖怪の魂を贄として、禊を払う薬を作ることができるのだ。
最初、陰陽巫女は躊躇った。
式神を犠牲にするのだから。
式神でしか為せぬことであった。
そこらの木っ端妖怪の魂では穢れが強すぎる、神混の術で穢れが薄れた式神でなければならぬのだ。
式神は語った。
「──我が主、私の身体はもう長くありません」
宿魂の術で延命していたとはいえ、所詮半端者。
肉体的に負担が大きく、寿命も他の妖怪と比べて遥かに短い。
馴染みの医者も五十年生きれば御の字、と太鼓判を叩いていたくらいなのだ。
三十年。
妖怪にしてはとても短く、儚い一時であった。
「私は、貴女と出会えてよかった。貴女の、式神でよかった──」
かくして、陰陽巫女は光を取り戻した。
両目を奪われた式神のために、自らの両目を差し出して結んだ主従契約。
それが今、契機を終えたのだ。
陰陽巫女が最初に見たのは横たわり動かぬ、片角片翼の己の式神。
出会った頃よりも大きく、逞しくなった。
くすみのある美しい灰色の髪は健在だったことに喜びを覚える。
その表情は晴れやかである。
次に見たのは不浄の湖のなんと、美しい景色であろうか。
──あぁ、叶うのなら君とこの光景を共に見たかった。
朝日が昇り、世界に光が照らされる。
空は薄い青、湖に反射する太陽の光、緑の湿地帯、草花に滴る朝露のなんと美しいことか。
──陰陽巫女は涙を流す。
久しぶりに見た世界はこんなにも輝いてるのに、隣に立ち共に見るものがいない。
今、長い長い夜が明けた。