10. 約束のアクアマリン③
もう日が昇り始めている。無事に『黒蠍』の頭領アルザスを倒した私たちは一度ゴーバーン村に戻ることにする。ミーユも捕まっていたサリアさんも無事で良かった。
「あの……ミー……フィルユ皇女様?」
「ミーユでいいよ。今さらかしこまらなくても。」
「えっと……うん。あのさミーユはこれからどうするの?」
「どうって……ライゼンバッハ帝国に戻るよ。ウィルお兄様も迎えに来てるんでしょ?……少しの間だけど自由にギルド冒険者になれて楽しかったし。」
そうミーユは寂しそうな笑顔を私にくれる。これはミーユの問題だから。私は……ただのギルド冒険者だし……でも……
しばらく歩くと村が見えてくる。村の広場には村の住人たちとブレイドさんたちが待っていた。
「あっエルンさん!ミーユさん!」
「アティただいま。無事に戻ったよ」
「無事で良かったです!私心配で敵の腕くらいしか持っていけませんでした」
……アティは相変わらずだなぁ。その時、この山奥の村には場違いな気品溢れる1人の男性が私の前にやってくる。
「初めまして私はライゼンバッハ帝国第一皇子のウィリアム=ライゼンバッハ。今回の件では我が妹が大変お世話になったようで感謝する。そなたの名は?」
「あっえっと……エルン=アクセルロッドです!」
いきなりオーラが眩しいんですけど!あ~この人がウィリアム皇子か。ミーユのお兄ちゃんなんだね。緊張する……ふと私がミーユを見ると下を向いて黙っている。
「ふむ。ではエルン=アクセルロッド。約束通り懸賞金の200万Gは君のパーティーへ……」
「あの待ってください!」
私は無意識に大きな声を出す。やっぱり……ミーユのこと放って置けないよね。私はリーダーだから。
「依頼は達成できてません。だから懸賞金はいりません」
「え?エルンさん?」
「……どういうことかな?詳しく聞かせてもらえるかな?エルン=アクセルロッド」
私は大きく深呼吸をして、ウィリアム皇子の顔をまっすぐ見る。そして私の想いを伝える。
「そのままの意味です。私は……大切な仲間を助けただけ。そこにライゼンバッハ帝国第三皇女は
「エルン……」
言ってしまった……ミーユを助けたいから。ただそれだけ。でもこれでミーユが皇族として生きていくならそれでも良いと思う。それは彼女の選択だから。
「ふむ。そうか……ではまた探さなくてはならぬな?」
「ウィリアム皇子……」
「そこの。ピンク色の美しい髪の君。名前は?」
「えっ……ミーユ……私はミーユ!」
「ではミーユ。一つ君に頼みたいことがある。もし、我が妹に会ったら伝えて欲しい」
ウィリアム皇子は空を見上げてミーユに語りかける。その顔はとても優しくどこか嬉しそうに見える。
「あの空を自由に飛び回る鳥のように自由に生きて欲しいと。お願いできるかな?」
「……はい。必ず伝えるから」
ミーユも泣きながら返事をする。そんな2人を見てると胸の奥の方が熱くなるような感覚になる。
「では失礼する。私もお忍びで来ているのでね?それにしても気分がいい。観光でもしたいくらいだ。はっはっは」
そう言ってウィリアム皇子は帰っていく。私は急に力が入らなくなりその場にしゃがみこむ。
やってしまった……ミーユのためとはいえ一国の皇子相手に嘘の報告をするという失礼なことをしてしまった。もしかしたらあの笑顔の裏に憎悪が隠されてたりして……
いきなりライゼンバッハ帝国の軍勢が私に向けられたり、大砲なんか撃ち込まれたらどうしよう……おわた。私の人生おわたよこれ。そんな様子を見て、ミーユが話しかけてくる。
「どしたのエルン?そんなに青い顔して?」
「どっどどどうしよう!帝国の軍勢とか来ない!?大砲なんか撃ち込まれないよね!?私処刑されない!?」
「へ?ぷぷっ。あーはっはっは。おかしい!」
「なんで笑うのミーユ!?」
「だってもしそうなっても、エルンは無敵じゃん?」
さすがに大砲は無理だよミーユ……うぅ……胃が痛くなってきた。
「でも安心して。私がそんなことさせないから!」
すごく笑顔のミーユ。それを見た私はもう考えるのをやめることにする。とりあえず本当に良かった。
「ミーフィルユ様。お話はそのくらいで」
「サリア。そだね。改めて……この度はわたくし、ライゼンバッハ帝国第三皇女ミーフィルユ=ライゼンバッハと侍女のサリアをお救いいただき感謝いたしますわ」
するとミーユとサリアさんは改めてこちらを見て、王族がやるあの裾を持ち上げる挨拶をする。その姿はまさしく王族……ではあったけど、あのミーユがそれをしているのがあまりに滑稽すぎて笑ってしまう。
「あはは!ますわって!もうダメ!ミーユ王族みたい!」
「ちょっとエルンさん……ふふっ笑うのは失礼ですって……ぷふ。」
「なんでエルンとアティは笑うの!?それにエルン!私は王族だぁ~!待て逃げるなぁ~」
そんな様子をブレイドさんとサリアさんが遠くから見ている。
「全くあいつらは……子供か?」
「お互い大変ですね?心中お察しします。でも……あんなに楽しそうなミーフィルユ様は久しぶりに見ました。いい仲間に出会えたんですね……」
そうサリアさんは自分が仕えてきた親愛なる第三皇女を見て、微笑みながら呟く。
何のしがらみもなく自由に生きたい。そんな1人の少女の願い。日が昇り始めた朝焼けの空には、その少女の新たな始まりを祝福するかのように鳥たちが自由に羽ばたき飛びまわっているのだった。