二十代後半の女性、広川さんの談である。
広川さんは総合病院に勤めて四年目の中堅看護師だった。
ある日の夜勤で入院病棟の巡回をしていた。
病室は三階から六階まであり、下から上に順番に巡回していく。消灯した廊下は真っ暗で、懐中電灯が必須だった。
やがて広川さんは担当しているすべての病室をまわり終えた。さいわい、入院患者にこれといった異常は見られなかった。
六階から二階のナースステーションにおりるために、広川さんはエレベーターホールに向かった。すると、エレベーターホールで看護師長のUさんと出くわした。
Uさんは自分が巡回の担当でなくても、重篤患者のようすを見るために、ちょくちょく病室をまわっているのだ。Uさんの患者思いには頭がさがると、多くの看護師たちが口を揃えている。
広川さんはUさんに声をかけた。
「師長、お疲れさまです」
「お疲れさま」
ちょうどそのとき、エレベーターがやってきた。
「巡回してきたの?」
「はい」
「異常はなかった?」
「はい、特になかったです」
そんなやりとりをUさんとしながら、広川さんはエレベーターに乗りこんだ。
階数ボタンに指を伸ばしつつ訊いた。
「Uさんも二階でいいですか?」
しかし、後ろを振り返るとUさんは消えていた。エレベーターの中にいるのは広川さんだけだった。
Uさんを見た看護師はみなそうなのだった。
広川さんも例外ではなく、他の看護師と同様に、すっかり忘れていたのだ。
Uさんは二年前に交通事故で亡くなっている。しかし、彼女はときどき病院に現れる、そして、彼女が目の前に現れているときは、なぜか死んだことを忘れるのだという。