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廃墟

 二十代前半の男性、須藤さんの談である。


 須藤さんには同じ大学に通うIさん、Sさん、Yさんという友達がいた。ゴールデンウィークだと少々季節外れだが、その三人と肝試しに出かけることになった。


 Iさんが運転するワンボックスで目的の場所に着いたのは、深夜の一時を少し過ぎた頃だった。肝試しスポットとして有名なホテルの廃墟だ。十年ほど前に経営不振で廃業したホテルが、今でも取り壊されずに残っている。


 雑草があちこちに生えているものの、ホテルの隣には広い駐車場があった。先客らしき車が十数台停まっており、Iさんもそこに車を停めた。

「幽霊出るやろか」

 Iさんの話に助手席のSさんが応じた。

「出たらスマホで撮らんとな」

 後部座席の須藤さんとYさんが続いた。

「出たらめっちゃ怖いやろ。撮る余裕なんかないって」

「そもそも幽霊ってスマホで撮れるんか」

 みなでわいわいと言いながら、須藤さんたちは車の外に出た。夜中とあって周囲は真っ暗で、しんと静まり返っている。駐車場から見あげると、ホテルはどうやら三階建てらしい。想像していたよりも、こじんまりとしたホテルだった。


 さっそく須藤さんたち四人はホテルのほうに向かった。正面口と思われる場所には自動扉のものらしき枠だけが残っていた。その正面口をくぐってエントランスに入った須藤さんは、スマホを手にしてライト機能をオンにした。他の三人も同じようにスマホで足もとを照らしている。

 ゴミや枯葉や虫の死骸が散乱しているさまは、長年放置されてきた廃墟然とした光景だった。


 須藤さんは足を止めてエントランスを見まわした。

「結構、人がおるな」

 さすが有名な肝試しスポットだ。肝試しに季節外れのゴールデンウィークでも、先客の姿がちらほらと見て取れた。そういえば、駐車場にまま車が停まっていた。その車の数からすれば、ほかにもっと先客がいるに違いない。


 須藤さんが足を止めているあいだに、他の三人は少し先に進んでいた。

「おい、ちょっと待ってくれよ」

 須藤さんが小走りで追いつくと、三人はこんな話をしていた。

「中は割と広いんやな」

「ほんまやな」

「めっちゃ奥まであるやん」

 三人の言うとおりだった。外から見たさいの印象はこじんまりとしていたが、いざ中に入ってみると、真っ暗な廊下がずっと先まで伸びている。行く手の奥が闇に溶けて見えないほどだ。


 須藤さんは三人の会話に加わろうと口を開きかけた。しかし、誰かに見られているような気がして、会話に加わらないまま後ろを振り返った。すると、振り返った先には誰の姿もなく、今しがた感じた視線も消えていた。

(気のせいやろか……) 

 深くは考えずに前に向き直った。

「とりあえず奥にいこうぜ」

 Iさんがそう言って歩きだし、みなで真っ暗な廊下を進んだ。廊下の両側に並んでいる客室は、どこもドアがまともについていなかった。半分外れて傾いているか、完全に外れて床に倒れている。


 一階をあらかた見終わった須藤さんたちは、ゴミが散乱している階段で二階にあがった。

 二階でも先客の姿をちらほら確認できた。

 廊下を進みつつYさんが呟いた。

「幽霊、出えへんなあ……」

 その呟きにSさんが反応する。

「二階で出るかもしれへんで」

 だが、二階にいる先客たちは落ち着いた様子であり、悲鳴なんかもいっさい聞こえてこない。霊的なものに遭遇していないからだろう。もし遭遇していればもっと騒ぎになっているはずだ。


 そのとき、須藤さんはまた誰かの視線を感じた。だが、周囲を見まわしてみても、やはり誰の姿も認められなかった。

「なあ、誰かに見られてる気がせえへんか?」

 今度はみなに尋ねてみた。

「まじかよ、幽霊の視線ちゃうん」

 Yさんの言ったことに、IさんとSさんが反応する。

「ついに出たか」

「怖えぇ」

 だが、実際には怖がっておらず、むしろ楽しげなようすだった。そもそも須藤さん自身が怖がっていない。視線は半ば気のせいだと思っていた。


 その後も廃墟の中をいったりきたりして肝試しを続けた。階段をあがっているとき、ゴミで足が滑ってひやっとした。一時間ほど廃墟内を歩きまわったが、霊らしきものに遭遇することはなく、Sさんがこう言い出して肝試しは終了となった。

「幽霊、出えへんなあ。そろそろ帰りますか」


 車のところに戻った須藤さんたちは、四人でジャンケンをした。

 負けたのはIさんだった。

「また俺かい」

 帰りの運転もIさんがすることになった。

 行きと同じように助手席にはSさんが、後部座席には須藤さんとYさんが座った。

 車が動きだしてすぐだった。Sさんが残念そうに呟いた。

「幽霊ってなかなか出んもんやな……」

 それにYさんが応じた。

「そりゃそうや。ぽんぽん出たら怖ないしな。なかなか出んから怖いねん」 

 須藤さんは「確かに」と同意してから、こう続けた。

「にしても、みんな肝試しが好きやねんな。ゴールデンウィークって肝試しには季節外れやろ。それやのに、ちょいちょい人おったよな」


 すると、Yさんが怪訝な顔をした。

「人? なんのことや?」

「いや、だから、肝試ししてる人やんか。どれくらいやったっけ。二十人くらいはすれ違ったんちゃうか」

 Yさんはさらに怪訝な顔をした。

「なに言うてんねん。俺らしかおらんかったやろ」

「いや、お前こそなに言うてんねん。結構おったやんか」

 しかし、IさんもSさんも、Yさんと同じだった。肝試しをしていたのは須藤さんたちだけだったと断言した。


 また、須藤さんはホテルの駐車場に数十台の車が停まっているのを見たが、三人はそれすらも見ていないという。Iさんが運転する車だけが駐車場に停まっていた。

 三人は口裏を合わせてからかっている。須藤さんはそう勘繰ったが、どうやらそうではないらしい。三人は本当に廃墟で誰も見かけてないし、駐車場に停まっていた車も見ていないのだ。

 さらに不可解だったのは廃墟の高さだ。須藤さんはホテルの廃墟を外から見たとき三階建てだと認識した。だが、みなは二階建てだったと言うのだ。


「みんなで三階まであがったやんか」

 須藤さんがそう反論すると、Sさんはそれを否定した。

「いや、あがってへんって。二階までしかなかったし」

 そんなことないと言いかけた須藤さんは、ふと気がついてそのまま口を閉じた。

 三階にあがったという記憶が曖昧なのだ。


 一階と二階を見てまわったときのことははっきりと思いだせる。しかし、三階にあがったかどうかは判然としなかった。あがったようなあがっていないような、なぜか記憶がぼんやりとしているのだった。

 その日以降、須藤さんは誰かに肝試しを誘われても、適当な理由をつけて断るようにしている。



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