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お供え

 六十代後半の女性、村山さんの談である。


 村山さんは雌のポメラニアンを飼っている。そのポメラニアンと散歩にいくのは朝と夕の二回、朝の散歩は午前四時三十分過ぎに家を出る。ずいぶんと早い時間ではあるものの、同じように犬の散歩をさせている人はそこそこいる。


 その日も朝の散歩に出た村山さんは、いつもの児童公園に向かった。野球のグラウンドなども併設されている立派な児童公園で、公園内をぐるりと一周する遊歩道が散歩コースだ。

 遊歩道を歩きはじめてまもなくだった。村山さんは行く手に子供がいるのを認めた。遠目だから判然としないところもあるが、五歳か六歳と思われる男の子だ。立てた膝に顔をうずめて地べたに座っている。


 早朝であるために日の出はまだまだ先だ。周囲の暗さは朝というより夜のそれであり、幼い子供がひとりで外にいるのは不自然な時間帯だ。

 村山さんはなにかあったのかと心配になった。そのまま遊歩道を進んでいき、男の子に声をかけた。

「どうしたの? ひとり?」

 すると、男の子は顔をあげて村山さんを見た。それから、無表情で「喉が渇いた……」と呟き、煙のようにすうっと消えていった。

「え……」

 村山さんは呆然と立ち尽くしたが、やがて我に返って恐怖を覚えた。生きている人間が今のように消えるはずがない。男の子はこの世のものではなかったのだ、村山さんは慌ててその場から立ち去ったが、男の子の言い残した言葉が気にかかってもいた。


 喉が渇いた……。


 近くに自動販売機があるのを思いだした村山さんは、そこに向かってペットボトルのお茶を購入した。怖いと思いながらもさっきの場所まで戻り、男の子が座っていたあたりにお茶を供えた。

(喉が渇いているなら、どうぞ)

 心の中で呟いてその場をあとにした。


 その日以降、村山さんは散歩に出たついでに、ちょくちょくお茶を供えるようになった。すると、そこに飲み物を供えている人が、ほかにもいることに気がついた。ペットボトルの水や缶の清涼飲料水など、村山さんが供えていない飲み物が、ときどきぽつんと置いてあるのだった。

 おそらく、男の子を見たのは村山さんだけではないのだ。そして、きっとその人たちも村山さんと同じ言葉を聞いたのだろう。


 喉が渇いた……。


 どういう事情があるのかは不明だが、早く男の子の喉の渇きが癒えればいい。

 村山さんはそう思いつつ、今もペットボトルのお茶を供えている。



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