これは十代半ばの女性、渡辺さんの談である。
渡辺さんが通っている高校は、午後三時半頃に、帰りのホームルームが終わる。スクールバッグを肩にかけた渡辺さんは、友達のNさんと一緒に教室を出た。渡辺さんもNさんも帰宅部で、だいたい毎日一緒に下校する。
校舎は教室が四つ並んでおり、廊下にはたくさんの生徒がいた。笑い声や話し声でワイワイガヤガヤと非常に賑やかである。学校が終わった解放感から、生徒たちのテンションは高い。
廊下を歩きはじめてすぐ、Nさんが尋ねてきた。
「帰りにどこかに寄る?」
「うん、どこか寄りたいなあ」
「お茶でもする?」
「お茶、いいね」
そんな会話をした直後だった。渡辺さんは背後から名前をよばれた。
その声に反応して後ろを振り返ると、隣にいたNさんも、なぜか同じように後ろを振り返った。また、そうやって振り返ったのは、渡辺さんとNさんだけではなかった。廊下にいるすべての生徒が、後ろを振り返っていた。
みながいっせいにそうしたために、賑やかだった廊下は一瞬で静まり返った。
ややあってから、Nさんは前に向き直ってこう言った。
「誰かに名前をよばれた気がしたんだけど……」
Nさんも渡辺さんと同じように名前をよばれて、後ろを振り返っていたのだ。
さらには廊下にいた他の生徒も全員がそうだった。それぞれが自分の名前をよばれた気がして後ろを振り返っていた。
しかし、誰に名前をよばれたかは、今もわかっていない。