これはニ十代後半の男性、木村さんの談である。
当時の木村さんは小学五年生だった。木村さんが通っていた小学校では、五年生の七月に林間学校が実施されていた。山間部にある宿泊施設に二泊三日の日程で滞在し、集団生活をとおして協調性や自主性を学ぶという。
しかし、そういった教育的な目的をよそに、児童たちはといえば、自然の中でただただ遊んでいるだけだった。林の中では普段は見かけない虫に歓喜し、沢では小さな水棲生物を追いかけまわして楽しんだ。
一日中そうやって遊んでいると、元気な子供でもさすがに疲れる。宿泊施設の部屋では八人が雑魚寝だったが、木村さんを含めた児童全員が、就寝時間からまもなくして眠りに落ちた。
眠ってからどのくらい経ったのだろうか。ぐっすり眠っていた木村さんは、夜中にふっと目が覚めた。正確な時間はわからなかったが、体感的には深夜二時くらいに思えた。
もう一度眠ろうと寝返りを打ったとき、足もとになにかがチラリと見えた。目をやると左の壁際に誰かが立っている。部屋が暗くてわかりにくいが、三十がらみの男性のようで、上下紺色のジャージを着ていた。
男性は壁に鼻先が触れるほど近づいており、人形のように微動だにしなかった。
(先生?)
木村さんは林間学校に引率している先生が、なにか用があって部屋にやってきたのかと思った。だが、そうではないようだ。青白い横顔はどの先生にも該当しなかった。
やがて、木村さんはそれに気づいて息を呑んだ。
男性の鼻先は左側の壁に触れそうな位置にあるが、身体は右側に向いている。つまりは首が百八十度捻れている。そして、よく見てみれば、男性の足先は床についておらず、十センチほど浮いていた。
木村さんは慌てて男性から目を逸らした。これは異常なものであって、きっと見てはいけないものだ。子供ながらにそう思った。目を逸らしてもまだ恐ろしく、木村さんはギュッと目を強く瞑った。
しばらくそうしているうちに、木村さんは眠ったらしかった。話し声や物音に気づいて目を覚ますと、窓から爽やかな朝日が射しこんでいる。他の児童たちはすでに起きだしており、眠たげな顔で布団を畳んだりしていた。
*
木村さんはあとになってこんな話を聞いた。
林間学校で利用した宿泊施設から少し離れてはいるが、十五年ほど前に山中で自殺を図った男性がいたらしい。立入禁止の措置が取られた山道にわけ入ったその男性は、遺書を残して切り立った崖から飛び降りたのだった。
崖下で見つかった遺体は損傷がひどく、首が百八十度捻れていたそうだ。