これは二十代後半の女性、植村さんの談である。
高校一年生のときだった。
小学生の頃から本の虫だった植村さんは、高校の図書室もちょくちょく利用していた。その日の放課後も図書室に足を運んだ。二週間前に借りて読み終えた本を返却して、また新しい本を借りようと本棚に向かう。
植村さんが通っていた高校の図書室は本揃えが豊富だった。背の高い巨大な本棚がいくつも並んでおり、その本棚が光を遮って通路は常に薄暗い。薄暗いと背表紙が読みにくくなるものの、本がたくさん並んでいる光景は壮観だった。
一冊、二冊と読みたい本を見つけ、三冊目を物色しているときだった。植村さんは誰かの呟き声を聞いたのである。
ボソボソ……
女子生徒のものと思われる声だったのだが、周囲を見まわしてみても誰の姿もなかった。
(気のせい……?)
植村さんは首を傾げつつも本の物色を再開した。すると、しばらくしてまた呟く声を聞いた。
ボソボソ……
もう一度周囲を見まわしてみたが、やはり近くに人影は認められない。
にもかかわらず、また同じ声が聞こえた。
ボソボソ……
なんだか気味が悪くなってきた植村さんは、踵を返してそこから離れようとした。
そのとき――。
あははははッ
今度は甲高い笑い声を耳もとで聞いた。
植村さんは驚きのあまり、びくっと肩を跳ねあげた。その弾みで手にしていた本の一冊が床に落ちてしまった。物静かな図書室に本の落下音がけたたましく響いた。
慌てて身を屈めて本を拾おうと手を伸ばしたとき、すぐ近くに誰かの足もとだけが見えた。
学校指定の上履きを履いた女子生徒らしき白い足だ。しかも、五、六人ぶんと思われる足が、植村さんを囲むように並んでいる。
植村さんはギョッとして身体を起こしたが、まわりには誰の姿も認められなかった。
*
それ以来、植村さんは図書室が怖くなってしまい、二度と立ち入らなかったそうだ。また、なぜかその図書室では体調を崩す生徒が多かった。
植村さんが高校在学中の三年間に、貧血や眩暈で倒れた生徒が二十人近くもいたという。