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苦手

 これは四十代半ばの女性、松本さんの話である。


 松本さんが住んでいる二階建ての戸建住宅は、二階に夫婦の寝室がある。そのため、就寝するさいには二階にあがるのだが、実のところ松本さんは二階が苦手だった。できればあがりたくないと思っている。

 それは奇妙な足音のせいだった。


 松本さんは自宅ですごすとき、だいたい一階のリビングにいる。そのリビングを出てすぐのところに二階へ続く階段があり、ときおりそこから奇妙な足音が聞こえてくるのだった。


 旦那さんや小学生の息子さんの足音ではない。ふたりがリビングにいるときにも聞こえるし、家にいるのが松本さんだけのときも聞こえる。

 ミシ……ミシ……と踏板を軋ませる足音が、一階から二階へとゆっくりとあがっていく。その足音は松本さんの耳にだけ届くもので、旦那さんや息子さんには聞こえていないようだった。


 足音が聞こえるのは松本さんがリビングにいるときだけに限られた。また、リビングと階段は引き戸によって隔てられているが、その引き戸が開いていると足音は聞こえない。閉じている場合にのみ足音は聞こえる。

 聞こえる頻度は一週間に一度か二度ほどだが、聞こえるときははっきりと明瞭に聞こえた。耳を澄ませば聞こえるというレベルではなく、ミシ……ミシ……と嫌な足音を大きく立てて、なにがゆっくりと階段を使って二階にあがっていく。


 そして、そのなにがこの世ならざるものであることは、とうに気づいていた。

 松本さんは子供の頃からそういう質であり、霊的なものを見たり聞いたり感じたりしてきた。だから、足音が聞こえる程度の些事では、今さら恐怖や驚きを覚えたりはしない。だが、家の階段で聞こえるその足音は気になった。


 足音は必ず一階から二階にあがっていく。注意して聞いているが、おりてきた試しがない。あがったきりなのだ。


 二階にあがっていったそれらは、はたしてどこにいったのだろうか。一週間に一度か二度という頻度であるから、これまでにかなりの数が二階にあがっていった。

 それらが二階に溜まったままということはないだろうか。

 そう考えると不気味な感じがする。

 だから、松本さんは二階が苦手だった。

 なるべくなら二階にあがりたくないと思っている。



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