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第8話:授業参観(3)

 甥っ子たち4人が武闘台から降りていく。武道館の外へと続くドアへと向かっていく。その後ろをクリスがついていく。


 ベルの予想通りであれば、甥っ子たちは控室に向かうだろう。


 スライムから受けた傷はそこまでひどいものには見えなかったが、念のためのメディカル・チェックは受けるであろう。


 そこにベルが押しかければ、邪魔になるのは必然であった。甥っ子たちのことはクリスに任せておけばいいと判断した。


 ベルは大人しく、次に武闘台に上った冒険者訓練場の生徒たちの戦いを見る。


「頑張るんだぞー!」


 父兄席から声援が送られる。それを受けて、生徒のひとりが父兄席の方へと顔を向けている。


「パパ、ママ、見ててねー!」


 彼らも甥っ子たちと同じくスライムと戦っている。甥っ子たちの順番は1番手だった。


 それは他の生徒たちの見本にふさわしいと訓練場側が判断したのだろうということが、ベルにはわかった。


 それからしばらく何組かのパーティを見ていたが、目立つ才器の持ち主は現れなかった。


(まあ、甥っ子馬鹿のあたしが言うとアレなんだけど……。甥っ子ちゃんが飛びぬけてるだけなんだよな……)


 甥っ子の戦いを観戦していた時は立ったままであったが、今は用意されていた椅子にどっかりと座って観戦している。


 今はあくびが出そうなのを必死に抑えている。この時点での訓練生としては、まずまずの動きができている者ばかりだ。だが、突出している者がいない。これはさすがに眠くなってくる。


「どうしますか? レオン様の様子でも見にいきますか?」


 右隣に座るトーマスが小声で耳打ちしてきた。こちらの心情をおもんばかってだろう。


「そこまで甥っ子馬鹿じゃねえよ。でも、さすがに見飽きてきたな……」


 父兄が集うということもあり、今はその付き合いとして、生徒たちの演習を見ている。だが、それもそろそろ限界だ。


「んま、甥っ子ちゃんの学び舎でも見学しに行こうか」


「そうですね。居眠りをするよりかは遥かに他の方への印象は良いと思います」


 思わず苦笑してしまった。途中退席するのもどうかと思うが、それ以上に居眠りする方が他の父兄の方々に失礼だ。


「すいません。いつも仕事であまり校舎の方を見ていないので、この機会に甥っ子ちゃんの学び舎を見学してきます」


 左隣に座るご婦人にそう告げる。ご婦人がこちらに向かって、頭を下げてきた。それに合わせて、こちらも頭を下げて、この場から退出する。


 その際、ちらりと天井を見た。武道館の屋根にはぽっかりと穴が開いていた。


(校舎回りのついでに先生方に謝っとくか。修理費はトーマスに任せておけばいいだろ……)


◆ ◆ ◆


 武道館から外に出ると通路に繋がっていた。そこは校舎までは吹きさらしだ。雨よけの屋根はついてるが、風は横から容赦なく通り抜ける吹き抜けの通路だ。


(校舎自体は新しくても、こういうところは昔のまんだな)


 不思議な感覚だった。新しさと古さが交差している場所だ、ここは。武道館から校舎まで10ミャートルも無い通路なのだが、冬の寒さが容赦なく吹き付ける場所になっている。


 足を止めずに校舎の中へと入る。木造ならではのギシギシとした音が足音に混ざる。道幅5ミャートルの通路がまっすぐに奥へと続いている。左側には教室がいくつかある。


「おお。可愛らしい生徒たちが勉強しているねえ」


 ガラス窓がついた木製のドアの前で立ち止まる。そこから教室の中を覗くことが出来た。20人くらいの生徒たちが席に座って、先生の話を一生懸命聞いている。


 教室の後ろには生徒と同じ数くらいの父兄たちが立っている。授業参観にふさわしい光景が見えた。


 先生が何か生徒たちに向かって問題を出したようだ。黒板には白いチョークで魔物の姿が描かれている。その絵は小鬼のように見えた。


「ゴブリン……かな?」


 絵からは判別がつかないので横に立つトーマスに聞いてみた。トーマスが首を傾げている。返答に困っているのが目に映った。


「たぶん……ゴブリンだと思いますが」


 ベルは記憶の中のゴブリンの姿と黒板に描かれている小鬼の絵を脳内で比べてみた。


――ゴブリン。垢まみれのために、顔と身体が汚れた茶色であった。額から短い一本角が生えている。


 二本足で立ち、右手には棍棒を持っている。左手は空だ。腰蓑以外の防具を身に着けていない。


 彼らの身体は筋肉質である。背丈は甥っ子と同じくらいだ。しかし奴らの筋力は甥っ子の2倍は軽くあるだろう。


 小さいからと言って油断できない魔物だ。なのに黒板に描かれた小鬼は可愛い。ふっくらとした顔と体つきで、あの絵をぬいぐるみとして売り出したら、人気が出るのでは? とすら思えてくる。


「ゴブリン……か?」


「どう……なんでしょう?」


 2人揃って、眉間に皺を寄せる。どうイメージしても、脳内に浮かぶ厄介なゴブリンと黒板の絵の小鬼はリンクしない。


 2人は考えるのを止める。この冒険者訓練場の教育はどうなってるんだ!? とクレーマーのように叫ぶつもりもない。餅は餅屋に任せる。それがきっと正しいはずだ。


 ドアの前から移動を開始する。次の教室にも父兄さんたちが後ろに並んでいた。こちらの黒板では何が描かれているのかをトーマスと共に確認する。


「……ミノタウロス?」


「なのでしょうか……?」


 教室のドアの前で2人揃って首を傾げた。


――ミノタウロス。2本足で立ち、頭部は猛牛そのものだ。その頭部よりも大きな斧を意のままに振り回す恐ろしい魔物だ。


 ダンジョンに迷い込んだ冒険者を追いかけまわし蹂躙する。中堅冒険者でも難儀するほどの強さだ。


 しかし……。黒板に描かれているミノタウロスらしき絵は、先ほどの教室で見たゴブリンらしきものよりも10倍、可愛い。この絵でぬいぐるみとして売り出されたら、絶対に買うと思ってしまうほどだ。


「なあ。トーマス。刺繍できたっけ?」


「いえ。あの絵をぬいぐるみとして再現できる腕は持っていません」


「商品化……されないかな?」


「それは……良い考えですね」


 想像してみた。最強の女戦士の寝室に、ミノタウロスくん人形があるのを。それを抱いて眠るのだ。34歳の自分でも、その行為が許されると思えるほどに可愛いのだ、黒板に描かれたミノタウロスらしき絵は。


「そっか……。じゃあ、あの先生と個別でデザインの打ち合わせをやっておいてくれ」


「かしこまりました」


 トーマスに任せておけば、なんとかしてくれるであろう。これで、甥っ子と遠く離れた戦場で夜、ひとりで寂しく過ごすことは少しは低減できるであろう。


◆ ◆ ◆


 1階の散策を終えたベルたちは階段へと辿りつく。次は2階だ。20年前は2階に職員室があった。今はどうなのかと思いながら、階段を上っていく。


「新校舎になっても、職員室の位置は変わってないんだな」


「そうなのですか? 自分は通ったことがありませんので」


「そりゃもったいないねえ。せっかくヒトの身体になったっていうのに」


「冒険者ライセンスはベル様のおかげで特別発行してもらっていますけど、やはり、通っておいたほうが良かったのでしょうかね」


「どうなんだろうね。てか、授業を受ける必要なんてないからね、トーマスなら」


 トーマスは元吸血鬼だ。しかも、かなりの高ランクである。迷宮のあるじの側仕えであった。ダンジョンのことで学び直すことなど、ほとんど無い。


 彼が勉強しなければならないものがあるとしたら、ヒトとのコミュニケーションの部分だ。元吸血鬼ということもあり、ヒトとして持っていなければならない感性が一部、欠如している。


 だが、それはトーマスの個性ともなっている。その部分にツッコミを入れるのは、ベルでも野暮なことだ。


(ゆっくり時間をかけて、学んでいけばいいのさ。授業で教えられて学ぶことじゃないからね)


 ベルはトーマスを伴い、校舎の一部を破壊したことを先生方に詫びるために、2階にある職員室への中へ入っていく……。

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