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第7話:授業参観(2)

 武道館の中央には1辺10ミャートルの正方形の石で出来た武闘台が設置されていた。その上に今、甥っ子と同級生の3人がいる。即席のパーティを組んでいる。


 甥っ子を中心としたパーティであることは、甥っ子たちが取っている陣形でわかる。


 ベルは目を細めて甥っ子の雄姿を見る。日々、冒険者として成長していることに胸がじんわりと温かくなる。


「戦士、戦士、僧侶、魔法使いって感じかな? んで、甥っ子ちゃんがリーダーだな」


「そのようですね。しかし、不思議ですね。褐色ドワーフ女子が2人いますけど、ひとりは僧侶?」


 隣に立つトーマスが怪訝な表情をしている。解説役と言えばトーマスの役目なのだが、如何せん、彼は元吸血鬼だ。ベルを通じてヒトに興味が湧いたらしい。それで今はヒトと同じ身体になっていた。


 だが、まだまだヒトに対して、勉強が進んでいないことが、トーマスの口ぶりからわかる。


「ドワーフって言えば、前衛職ってイメージだけど、信仰心は意外と篤いんだよ。知らないのか?」


「ほほぅ。それは知りませんでした。ドワーフと言えば、あたまでっかちで殴ることしか興味がないとばかり……」


「普通に考えれば、そうだな。そこはあながち間違ってないよ。でも、ドワーフは意外なことに僧侶の適正を持ってるんだ」


 甥っ子たちがいる位置から4ミャートル先の空中に紫色の渦が出現する。いよいよ、実技演習が始まろうとしていた。甥っ子を初めとして、4人の顔に緊張感が走っていくのが見えた。


 意地悪なことに口角が上がってしまう。


「はてさて……。演習と言えども、これが初陣だよ。甥っ子ちゃん、頑張るんだよ」


 紫色の渦の向こう側から魔物が飛び出した。水色のボディを持つスライムだ。初戦の相手として、これ以上ないくらいに基本中の基本の魔物が甥っ子たちの目の前に現れた。


「ココちゃん、ナナちゃん! スライムだから、僧侶でも戦ってもらうよ!」


「任しとき! ナナ、びびるんじゃないよ!」


「うんっ! スライムごときにびびってられないもんね!」


 甥っ子の作戦は見ているだけで、伝わってくる。スライム相手なら僧侶を待機させる必要などないと判断したのだろう。追加の火力枠として、僧侶を指名した。


 ベルはニヤニヤが止まらない。甥っ子の考え自体は間違っていない。


 だが、スライムと言えども、レベル1未満の冒険者にとっては脅威の相手だ。ベルの視点から言わせてもらえば、甥っ子たちが、油断して良い相手ではなかった。


「どっちが勝つか、賭けるかい?」


 隣に立つトーマスに賭けを申し込んだ。トーマスの眉間に皺が寄っているのがはっきりと見える。ますますにやけ顔になってしまう。


「賭けなんて成立しますか?」


「そうだな……。じゃあ、楽勝か辛勝かにしようか」


「はい。では、私は楽勝のほうで」


「じゃあ、あたしは辛勝のほうで」


 賭けが成立する。再び、視線を甥っ子の方に向けた。


 甥っ子の前には6匹のスライムがいる。ぴょんぴょんと可愛らしく地面を跳ね回っている。その内の1匹に甥っ子が木刀を振り下ろす。


 見事に甥っ子の攻撃が当たる。甥っ子の目がキラキラと輝いた。


 授業を見に来ている他の父兄たちから歓声があがる。甥っ子が褒められている。見ているベルにも高揚感が訪れる。


(あたしがこうなんだ。甥っ子ちゃんはもっと興奮してるだろうな)


 跳ね回るスライムの動きに惑わされず、甥っ子は一太刀入れてみせた。これがスライムとの初めての対戦だ。甥っ子のこれは驚きの一言なのだ。


「さすがはレオン様! ほら、楽勝じゃないですか!」


 隣のトーマスは得意げな表情だ。ベルはつい「ふふっ」と声を零してしまう。


 甥っ子が木刀を振るい、跳ね回るスライムに木刀を当てまくる。トーマスの目は甥っ子に釘付けのようだ。だが、ベルは違う。戦場の全体を俯瞰して見ていた。


(さすが姉ちゃんとあの旦那の血を引いてるだけはある。甥っ子ちゃんはサラブレッドだよ)


 甥っ子はレベル1未満とは思えないほどの動きをベルに見せてくれる。だが、如何せん。周りがついてきていない。明らかに実力差があった。


 甥っ子が興奮しているのが手に取るようにわかる。その証拠に甥っ子はどんどん前へ上がっていっている。自分の後ろの光景に気付かずにだ。


 ベルの目から見て、甥っ子は孤立していた。ココちゃん、ナナちゃんと甥っ子に呼ばれていた褐色ドワーフ女子たちは目の前にいるスライム一匹に難儀している。


(まあ、こうなるよね。あたしの初めての実戦式演習と同じような状況になってる)


 戦士職であろうココの攻撃が当たらない。スライムは器用にココの攻撃を躱し、カウンター気味に体当たりをココの顔面に入れた。ココが目を回して、尻もちをついた。


 ココがやられたことで僧侶職であろうナナがココの前に出る。木製のメイスをそのスライムに叩きつけようとした。しかし、この攻撃もあっさりと躱された。


 さらにスライムがナナのお腹へ体当たりした。ナナがお腹を手で抑えて、その場にうずくまった。


 ここにきて、ようやく甥っ子が2人の様子に気づいたようだ。


「ココちゃん、ナナちゃん! どうしたの!? 普段の練習通りにやるだけだよ!?」


「ごめん……。スライムに攻撃が当たらない……」


「痛いよぉ……。レオンくん、助けて……」


 甥っ子が目を皿のようにしている。ベルはそんな甥っ子を見て「くくっ」と悪い笑みを零してしまう。


 スライム1匹に戦士と僧侶が揃って翻弄されている。彼女たちは一方的にスライムたちからダメージを受けていた。


(ほら、甥っ子ちゃん。ここが正念場だよ……。頑張りな)


 甥っ子の動きを目を細めて見ていた。甥っ子の活躍を楽しむと同時に懐かしさが胸に去来する……。


 甥っ子が褐色ドワーフ女子2人の前に移動する。それと同時に2人の盾となりつつ、スライムを撃退した。


 その横から別のスライムが甥っ子の脇腹に体当たりした。甥っ子が盛大に「げほっ!」とうめき声をあげる。


 こぶしを固めてしまった。今すぐにでもあのスライムをせん切りにしてしまいたい。身体が動いてしまわないように自分を律した。唇を噛みしめる。噛みしめすぎて、血が一筋、流れ出してしまった。


「ベル様……。もしかして、レオン様は負けてしまうのでしょうか?」


 トーマスはおろおろしている。彼を落ち着かせようと肘でゴツンと彼の脇腹に一撃を入れた。トーマスが「ぐおぉ……」と苦しそうにその場で身体をかがめる。


「いや、大丈夫だ。甥っ子ちゃんの目は死んではないよ。必死に今のこの状況をどう挽回しようか、考えている。そんな目だ」


 甥っ子たちを6匹のスライムが囲んだ。甥っ子が少し前に立ち、スライムたちからの攻撃を防いだ。そして、後ろに立つココ、ナナたちに的確に指示を出し始めた。


 ココは甥っ子の横へと移動していた。盾を構え、スライムの攻撃を防ぐ。ぽよーんと跳ねたスライムを甥っ子が木刀でさらに遠くへと殴り飛ばした。


 甥っ子たちが一匹一匹、確実にスライムを処理していく。ベルは満足そうにうんうんと頷いた。


 次にベルは僧侶のナナに注目した。甥っ子とココに守られているナナが回復魔法を唱えていた。


 傷つく前衛2人を必死に回復魔法で傷を癒し続けた。ナナはお腹を抑えつつも、そうしている。滝のような汗が彼女の顔を濡らしている。


(形になってきたね。あとは魔法使いの坊やが支援する)


 ベルの予想通り、ここにきて、ようやく魔法使いの男の子が攻撃魔法を発動した。炎の玉がスライムを追いかける。スライムは逃げきれず、火だるまになった。


「ナイスだよ! さあ、ここから反撃だよ! みんな、一気にいくよ!」


 スライムは6匹から残り2匹になっていた。ココが盾を構えながらじりじりとスライムへと接近していく。スライムはぶるぶると細かく身体を震わせた。我慢比べだ。


 演舞台の様子を見守る父兄たちは息を飲んで、甥っ子たちを見守った。彼らの緊張がベルにも伝わってくる。ベルはこういう状況には慣れっこだ。


(良い緊張感だね……)


 甥っ子は戦場に立っている。戦場には死の恐怖が纏わりつく。スライム相手といって、レベル1未満のパーティが舐めていいわけがない。


(さあ、どっちが先に動くかな? ココ、ここは焦っちゃダメだよ)


 ココとスライムの距離がじりじりと縮まっていく。先に動いたのはスライムだった。


 スライムが前後に揺れた後、勢いをつけて、ココに突進した。だが、ココは盾をしっかりと構え、その突進を防ぎきる。スライムが盾で弾かれて、大きく宙を舞う。


(決まりだね)


 甥っ子がすかさずスライムを追撃した。その太刀筋は鋭く、スライムを両断してみせた。その途端、父兄たちが歓声をあげた。


 だが、甥っ子の耳にその歓声は届いていないようだった。間髪入れず素早く動き、残り1匹となったスライムに肉薄していった。


「てやあ!」


 甥っ子の一撃がスライムの脳天に当たる。水風船が割れたかのようにスライムは弾け飛んだ。


「はあはあ……」


 甥っ子が肩で息をしている。そんな彼に向かって、ベルは大きく拍手をする。


「甥っ子ちゃん、良かったよ!」


 興奮している甥っ子のすぐ後ろで、ココが泣きそうな顔になっている。ベルは女神のような慈愛に満ちた顔になる。


「あと、ココ。よくあそこで我慢しきった。あんた、戦士として、十分に才能がある。今日のこの結果だけで、戦士になるのを諦めるんじゃないよ!」


 ココが驚いた顔でこちらを見てきた。


「あたしはベルだ。ベル・ラプソティ。あたしの名前は知ってるだろ? そのあたしが言ってるんだ。信じてくれよな?」


「ありがとうございます! 私、がんばります!」


 ココの宣言を聞いて、父兄たちから温かい拍手が彼女に向けて送られることになる。ココが零れそうになった涙を手で拭っている。そんな彼女にナナが寄り添っている。


「パーティってのは皆で支え合うんだ。誰かが悪いとかそうじゃないからね。皆、これからだよ。甥っ子ちゃん、ちゃんとココとナナを元気づけておくんだよ」


「はい! ベル叔母様! ココちゃん、ナナちゃん。ごめんね。ぼく、皆のことをちゃんと考えてなかったよ……」


 甥っ子がすぐさま、パーティのフォローに入っている。そんな甥っ子を見ていると誇らしくなった。


 甥っ子が家に帰ってきたら、今日の演習の反省会をしつつ、たっぷり甥っ子を褒めようと思うベルであった。

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