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戦場から帰る際に、うちの陣営の大将から葦毛の馬をもらった。なかなかに気遣いができる。
乗り潰してしまわないように注意した。なんせ、背中には無骨なグレート・ソードを背負っている。
しかも陽はすっかり大地の向こう側へ隠れており、月明かりだけが頼りだ。それらを勘案すれば、出せるスピードは限られてくる。
(こりゃ、無理せず、陣地で1泊しておけばよかったかな)
辺りは静まりかえっており、馬の蹄が地面を削る音しか聞こえない。ニンジャとは戦地で別れた。ただひとり、馬に乗って、家路を急ぐ。
そんな中、風切り音が鳴った。頬に熱を感じた。指で熱を感じる部分に指を這わせた。ヌルっとした感触を覚える。
「あーーー。めんどくせえ……」
先を急ぐばかりで周囲への警戒を怠った。敵の大将を含め1000人以上を倒した人物をそのまま放置するバカなど存在しない。刺客が放たれた。当然だとも言える。
油断していた自分がバカなだけだ。馬上でグレート・ソードを振るえば、すぐに馬が潰れてしまう。
馬から降りて、地面に両足をつく。巻き込まれないようにと馬の尻を叩き、自分がいる位置から移動させた。
「この感じだと、ドレッド王が手配したわけじゃないな。おい、隠れてないで出てきやがれ」
闇に溶け込むように影が3つ動く。視界の外に影が2つ、移動していく。
正面から近づく影がジグザグに動きながら、こちらへと近づいてくる。正面の1人が存在を匂わせている間に、ほかの2人が横から襲ってくるのは明白であった。
背負っているグレート・ソードの柄を右手で掴んだ。その右腕に鉄鎖が巻き付いてきた。思わず「ふんっ」と鼻で笑ってしまった。
「なあ……最強を舐めすぎだろ」
こんな脆弱な束縛など、何の障害にもならない。右腕に巻き付いている鉄鎖を気にもせず、グレート・ソードを身体の正面へと持ってくる。右腕を引っ張られる感覚がある。
うっとおしいと思ったので、グレート・ソードを構えるついでに、その場で一回転した。
「うわあ!?」
マヌケな声が聞こえた。遅れて3秒後、そいつが地面でバウンドしている音が聞こえた。ついでにゴキッという骨が折れる音もセットだ。
なんとかして、こちらの動きを止めようとしたのだろう。彼の抗いは無駄だった。右腕を引っ張られる感覚が消えた。
自由を得たその腕で、グレート・ソードを斜め下へと振り下ろす。目の前でグシャッと骨を肉ごと粉砕した音が響く。
「ひぃ! 聞いてないぞ、ここまでのバケモノだなんて!」
背中からそいつの声が聞こえた。そちらを振り向くと、一目散にこの場から逃げていく。逃すと面倒だ。
その辺に転がっていた
スイカが破裂した音が聞こえた。念には念をと、先ほど宙に放り投げた刺客の下へと歩いて向かった。
「た、助けてくれ! おいらは頼まれただけなんだ!」
右手で左腕を庇っている。着地に失敗して、左腕を骨折したのであろう。そんな彼の前で片膝をつく。
「いったい、誰に頼まれたんだい?」
「ライル王だ……」
「へえ……」
――ライル王。隣国の王様だ。ドレッド王と絶賛、国境線確定のために紛争を続けている。予想通り、この刺客を放ったのはドレッド王ではなかった。
聞きたいことは聞き終えた。だが、刺客をこのまま帰すわけにはいかない。この程度の相手でどうにか出来る存在ではないことをライル王に教えておかねばならない。
「すまんな。あたしのスローライフのために死んでくれ」
「た、助け、あべしっ!」
なるべく苦しまぬように、でこぴんで頭を粉砕してやった。せめてもの慈悲だ。
「よっし、こんなもんでいいだろ」
グレート・ソードを背負い直す。馬はどこに行ったのかと、辺りをきょろきょろと見渡した。馬は危機が去ったのを知ってか、向こうの方から、こちらへと近づいてくる。
「えらいぞ」
よしよしとタテガミを撫でてやる。気持ちよさそうに首を震わせている。
「んじゃ、もうひと働き頼むわ」
馬に跨り、馬の腹を蹴る。ゆっくりと歩きだしてくれる。馬の気持ちを考えつつ、手綱を握る。こちらの気持ちを受け取ってくれたのか、段々とスピードを上げてくれる。
(これなら明朝にはボルドーの街に着くな。甥っ子ちゃんと朝食を楽しめる……)
◆ ◆ ◆
馬と共に林道を抜け、草原を駆ける。月明りの下でだ。草原を抜ける途中で水深の浅い川が出現した。その川岸で1時間ほど休憩を取る。
虚空へと手を突っ込み、まずはランタンを取り出した。次にコップと笹の葉で包んだ干肉のブロックを取り出す。
ランタンの蓋をグリっと時計回りに回す。すると、ランタンに火が灯る。聞くところによると街にある
「世の中、どんどん便利になるなぁ。20歳になったばかりの錬金術師マスターが作ったとか言ってたっけ」
若干20歳でマスタークラスに到達するなど、常人では無理だ。その錬金術師は才能溢れる人物だと思えた。屋敷に招いて、甥っ子に錬金術師が何たるかをご教授してもらいたい。
「知識はどれだけでも必要なんだ」
甥っ子は自分と同じく戦士職を選ぶと聞いている。だからといって、他の職を知らなくて良いわけがない。
ダンジョンに潜る際にはパーティを必ず組む。叔母バカ視点で言わせてもらえば、甥っ子はリーダーの素質がある。
「甥っ子ちゃんは、あたしみたいに立派になってもらわないとね」
川岸で腰をかがめ、コップの中に川の水を入れる。それをグイっと飲み干す。その時、腰が痛んだ。
「つっ……。かれこれ4時間近く、馬に跨ってたからな……。てか、あたしも歳を感じるようになっちまったかい?」
コップを地面に置き、腰をさすってみる。筋肉が張っているのがわかる。その場で立ち上がって、入念にストレッチを
身体のあちこちから、ごきごきと音がなった。34歳ともなると、嫌でも身体が昔ほど、頑丈ではなくなったことに気づかされてしまう。
「嫌だねえ……。まだまだ最強のつもりだったけど……」
冒険者を引退してから早6年。ダンジョンに潜るのはドレッド王の無茶振りを聞く時くらいになってしまった。
日々の鍛錬を怠ったつもりは無いが、身体は徐々に老化に向かっている。肌の艶もすっかりはげ落ちてきている。
「トーマスが鍛錬だけじゃなく、美容にも気をつけたほうが良いって言ってたな……」
身体の変化で1番に気付くことと言えば、傷が癒えるスピードだ。敵大将を倒した後、傷薬でさらに治療にあたったが、それでも完全には癒えていなかった。
新陳代謝が衰えてきている証拠だ。それが肌の艶にも出てきているのだろう。
さらにここまで4時間ずっと、馬に乗ってきた。精神的には気付かなかったが、筋肉には疲労が溜まっていた。
もう1度、川岸で姿勢を低くした。水に触れて、水温を確かめる。
「うん……確実に風邪を引くなっ!」
今は10月初めだ。20代前半であったなら、これくらいの水温など気にせずに、素っ裸になって川に飛び込み、筋肉に溜まっている熱と疲労を抜いたであろう。
(大人しく干肉を齧ってよう)
それを傷を癒すためのエネルギーに変えることにした。
◆ ◆ ◆
しっかり1時間、休憩を
順調にいけば、あと4~5時間くらいでボルドーの街へと到着できる。計算通り、朝食を甥っ子と楽しめるはずだ。
「待っててくれよ、甥っ子ちゃん。ベル叔母ちゃんと一緒に朝食を取ろうな? お前も頼んだぞ」
馬にまたがったまま、タテガミと首を優しく撫でる。馬は首を細かく振った。こちらの気持ちを察してくれているようだ。
「ハイヨー!」
こちらの掛け声と共に馬は走り出してくれた。目指すはボルドーの街。夜が明けるまで5時間といったところだろう。
「って、風呂に入って、着替えて、化粧までしてたら、朝食に間に合わなくなるんじゃねえの!? うわー、困ったなあ!?」
ここで、さらに気づきを得る。恐る恐る髪を触ってみた。敵の司祭の魔法攻撃によって、自慢の赤毛がちりちりだ。
髪のセットも考えると、時間がいくらあっても足りないことに気づいてしまった。
「くっそぉ! あいつ、今度あったら、ぎったんぎったんにしてやるからなっ! あたしと甥っ子とのスローライフを邪魔しやがって!」