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第2話:最強伝説(2)

 ベルは走った。森の中だというのに彼女の速度は落ちない。手に持つグレート・ソードで木々をなぎ倒しながら爆走する。そのすぐ後ろをニンジャが追随する。


「ベル師匠! 戦場に到達しますぞ!」


「あいよ! さあ、一気に飛び込むよ!」


 ベルは目の前の大木にグレート・ソードを叩きつけた。半分になった大木が斜め上へと飛んでいく。その幹に飛び乗り、さらにそこから跳躍した。


 森を文字通り、飛び出した。眼下にはあっけに取られている敵兵が見える。その数、1000はいた。そいつらを飛び越えた。


 地面に着地するなり、さらに駆けた。前方200ミャートルのところに陣幕が見える。倒すべき敵大将はあそこにいるという予感があった。自分が感じることに身体を合わせた。


 その予感が大当たりした。陣幕の中から飛び出してくる人物がふたり見えた。討ち漏らした敵大将と、そいつを守っていた司祭が姿を現した。


「おらおらおら! ベル・ラプソティ様が戦場に帰ってきたよぉ!」


 グレート・ソードを頭上でぶんぶんと振り回した。それに合わせて、司祭が早口で何かを唱えている。


魔術障壁マジック・バリア!」


 紫色の厚い壁が出現した。それにグレート・ソードを叩きつけた。石と鉄がぶつかり合う音が盛大に鳴り響く。


 石に亀裂が入った音が続けて起きる。ベルは「ちっ!」と一度、舌打ちした。グレート・ソードを一度、構え直す。


「おらあっ!」


「私のマジック・バリアを腕力で叩き壊すつもりですか!?」


「その通りだよっ!」


 司祭が作り出したマジック・バリアを二撃目で粉砕した。司祭の驚いた顔が目に映る。ニヤリと口角が上がってしまう。道は開いた。ならばとニンジャを呼んだ。


「シュバルツ!」


「任された!」


 横目でちらりとニンジャを見る。彼は手に持つクナイで矢継ぎ早に司祭を攻撃してくれた。司祭は防戦一方となり、こちらに構っている余裕はなさそうに見えた。


 それゆえに、このまま敵大将の下まで走って大丈夫だと判断した。


 敵大将は今、逃げる準備をしていた。馬に跨った。させてなるものかと、手に持つグレート・ソードをそいつの背中目掛けて、ぶん投げた。


 グレート・ソードが真っ直ぐに飛んでいく。だが、それが届く前に真っ白な壁に阻まれた。


「ああん!?」


 思わず、ニンジャの方を見た。しかし、ニンジャは仕事を全うしている。司祭が魔法を唱えられないように妨害している。


 敵大将を守ったのは司祭とは別の人物だ。その人物が敵大将と自分の間に割って入ってきた。


「もうひとりいやがったのか!」


「ここは通させませんことよ!」


 自分の目の前に立ちはだかったのは女騎士であった。装備の見た目から、そいつが戦乙女ヴァルキリー職であることがわかる。


 槍を手に持ち、白いスカート付きの真っ青な鎧。そしてヴァルキリーであることがひと目でわかる、羽付きの兜ときている。


 彼女が手に持つ槍の穂先から閃光が真っ直ぐに飛んでくる。こちらは素手だ。だが、知ったこっちゃない。飛んできた閃光に右のこぶしを叩きつけて、無理矢理、軌道を逸らした。


 女騎士の表情が見える。大変、驚いている。放った一撃で、こちらを串刺しにできる自信があったのだろう。


 彼女のふところに飛び込む。左足を大きく前へと踏み込んだ。姿勢を低くした後、一気に斜め上へと右の拳をかちあげた。


「ごふっ!」


「最強の名は伊達じゃないぜ?」


 拳は白い壁を貫通し、さらに女騎士の腹へと当たった。白い壁と甲冑により、威力のほとんどは削がれたが、彼女の身体に十分なダメージを与えたという手応えを右手に感じる。


 その証拠に女騎士は胃液をまき散らしながら、その場でへたり込んだ。彼女の兜のてっぺんに右手を添えた。そのまま、勢いよく地面へと押し当てた。


「ぶべっ!」


 女騎士は失神した。これで邪魔者はいない。逃げた敵大将を探す。馬に乗り、この戦場から撤退していくのがわかる。ここから200ミャートルほど、離れた位置だ。


「借りるぞ!」


 失神した女騎士から槍を失敬する。助走をつける。10ミャートルほど走ったところで、槍をぶん投げた。その槍が見事、敵大将の後頭部へと吸い込まれていく。


 敵大将の頭がスイカのように砕け散った。ようやく、ドレッド王から下された命令を完遂した。


「ふぅ……。ぎりっぎりってところだな」


 額に浮かぶ汗を手で拭う。身体を揺らしながら、のっしのっしと戦場を闊歩した。敵兵のほぼ全てが腰を抜かしている。


 そのど真ん中を悠々と歩く。転がっているグレート・ソードを拾いあげた。


「おーーーい。勝負は決まりだ。シュバルツ、帰るぞぉ!」


「ぐぬぅ!? もう決着がつきもうしたのか!? こちらは今から良い所だったというのに!」


 ニンジャが悔しそうにしているのが見える。だが、果たすべき任務は全うしている。これ以上、無駄に血を流す必要はない。


「無駄な殺生は、あたしの望むことじゃない」


「わかり……もうした」


 何か言いたげなところで言葉を止めている。しかしながら、ニンジャは大人しく、自分の後ろをついてきた。司祭もこの地での戦いが終わったのを理解してくれているのか、攻撃を仕掛けてくる様子はない。


 その司祭に背中を向けたまま、のんびりと家路につく……。


◆ ◆ ◆


「あの司祭を放置しておいてよかったのですか?」


「ああん? そりゃいったいどういう意味だい?」


「ベル師匠の障りになるかと」


「そんなことかい。再び、敵になるってのなら、そん時にぶっとばせばいい」


 なんともぞんざいな言い方だと自分でも思ってしまう。戦争にはルールがある。敵の大将を倒せば、そこで終わりだ。


 それを相手も理解しているからこそ、背中を見せても、こちらを攻撃してこなかったのだ。敵対する気がない相手を倒すようなことをすれば、最強の名が廃る。


 自分は戦士だ。王が戦えと言えば、それに従う戦場の駒だ。だが、王と言えども戦士の誇りに口を出させる気はまったくない。


(まったく、難儀な性格してるな、あたしは……。だからこそ、ドレッド王に疎まれるわけだが)


 ニンジャの言っていることは半分正しい。再び隣国との争いが起きれば、必ず自分の障壁となるだろう、あの司祭は。だが、それはあくまでも戦場での話だ。


 しばらくは隣国も大人しいだろう。ドレッド王がいらぬことをしなければ……だが。


「さってと。甥っ子ちゃんの様子でも見ながら、帰りますか」


 右手を顔の前に掲げ、左から右へとサッと降る。縦に20センチュミャートル、横に30センチュミャートルのスクリーンを展開する。


 スクリーンの向こう側では、甥っ子が執事のトーマス・ロコモーティブと教育係のクリスティーナ・ベックマンと楽しげに会話しながら夕食に箸をつけている。


 血なまぐさい戦場とは遠く離れた場所で、甥っ子が幸せな時間を過ごしてくれている。それだけで、幸福感が溢れて、胸をいっぱいにする。


「しっかし、便利な世の中になったもんだ。離れた場所にいる甥っ子ちゃんの様子を間近で見られるのは嬉しいなあ」


 頬が緩んでくるのが自覚できた。憎ったらしいドレッド王にひとつだけ感謝するとすれば、このスクリーン魔法を自分に下賜してくれたことだ。


 とある公爵様によれば、携帯型のこれはひとつ1000万ゴリアテはするらしい。


(最強の戦士という駒を自在に動かすってのなら、それ相応の投資ってことなんだろうな)


 甥っ子を引き取った2年前のことを思い出す。甥っ子は当時12歳だった。こぶ付きとなってしまったベルに無理難題を吹っ掛けるのは、ドレッド王としても難しい。


 甥っ子を人質にして、ベルを言い様に操る案も王宮ではあったらしい。だが、アンドレイ・ラプソティ侯爵が間に入り、このスクリーン魔法をベルに下賜することで、ベルに恩を売るべきだと主張してくれた。


(アンドレイ伯父も大変だねえ。ラプソティ家の本家筋が侯爵にまで上り詰めたのはいいことさ。あたしに対する風当たりも少しだけは和らいだわけだし)


 アンドレイ・ラプソティ侯爵がドレッド王とベル・ラプソティの仲介役を買って出てくれた。


 ドレッド王と反目しあっている自分のようなやからをラプソティ一族の末端に所属させながら、伯父は上手く立ち回っていると感心してしまう。


(まあ、いいさ。迷惑かけれるうちはたっぷり迷惑かけさせてもらうよ……。それが甥っ子ちゃんのためになるってのならな?)

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