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最強叔母さん~赤髪のベルは可愛い甥っ子とのスローライフを堪能したい~
ももちく
異世界ファンタジースローライフ
2024年12月10日
公開日
41,722文字
完結
【第4回『ネオページ・サポート・プログラム』賞応募作品!】
赤髪のベル・ラプソティはその昔、迷宮の主を倒して王位の証である護符を取り返した。
しかし、王とその側近はベルの強さに恐怖し、彼女を冷遇した。
やがて彼女は最強のまま表舞台から姿を消す……。

それから数年後、ベルは隣国に住む両親と祖父を亡くした甥っ子を引き取る。
甥っ子には夢があった。淫魔にドレイン・キッスされろ、飛ぶぞ!と亡き祖父に教えられたそうだ。
彼は恋焦がれた。淫魔のドレイン・キッスを。それゆえに冒険者を目指し、冒険者訓練場に通うことになる。
ベル、元吸血鬼の執事:トーマス、オートマターの使用人:クリスたちは甥っ子の夢を応援した。
甥っ子を立派な冒険者に育てることがベルたちの夢と生きがいになる。

甥っ子と暮らすことでベルはヒトの親として成長していく、そんなスローライフ(詐欺)な物語となっています。
お読みになる際はご注意ください……。

プロローグ

「世界をぶっ壊したいなぁ」


「ベル様。嫌なことでもあったんですか?」


 赤髪のベル・ラプソティは屋敷の庭先にあるウッドデッキでうたた寝していた。そんな彼女の下に一通の書簡がニンジャによって届けられていた。


 書簡の封蝋を指で弾き砕く。その中身を読む。そして、口から出た言葉が先ほどの「世界をぶっ壊したい」だ。


「だってさあ。この依頼書を見ろよ」


 ロッキングチェアに筋肉で引き締まった身体を預けながら、隣に立つ執事に書簡をぞんざいに投げ渡す。


 礼儀正しい立ち姿の執事はやれやれ……と肩をすくめた。彼は興味深く書簡を読んでいる。いっそ、ふざけるなと怒りだして、その書簡を破いてほしい。


 しかし、ベルの思惑とは違い、執事は鼻歌交じりに書簡の内容を楽しんでいるようだ。


「ふむふむ。王がドラゴン・ティルの肉を食べたいと……」


「レッド・ドラゴンの尻尾を切断して、それを焼いて食ってやったって話を王様にしゃべったことはあるよ? いつだったかは忘れたけどね」


「それで今更になって、王も食べてみたいと」


「まあ、表向きはそうだろうね」


「と、言いますと?」


 わざとらしく赤髪の前を右手でくしゃっと潰してみた。晴れ渡った秋空をロッキングチェアに腰かけたままで仰ぎ見る。それでこちらの考えていることも察してほしかった。


 だが、そこから先の言葉が執事からは無かった。


(まあ、トーマスは元吸血鬼だし、ニンゲン様の政権争いにゃ、疎くて当然か……)


 ベルはさもありなんといった表情になる。姿勢を正し、黒い瞳で執事のトーマス・ロコモーティブを見る。彼は細目でこちらを見返してくる。答えを教えて欲しそうだ。


「わかりやすく言うとだ。あたしが強すぎることが問題なんだ」


「ほう……。迷宮の大魔導士を倒してから早8年。それでもまだ国家転覆の疑いをかけられていると?」


「そうだな。護符を持ち帰っちまったのがそもそもの間違いだったんだ」


 ドレッド王は元々、猜疑心が強い御方だ。そのドレッド王はかつて、大魔導士に護符を盗まれた。


 王位継承権の正統性を示すその護符を盗まれたことは、ドレッド王にとって、とてつもない大損害であった。


 ドレッド王は持てる権力を用いて、冒険者を王都に呼び寄せた。


 当時23歳であったベル・ラプソティはドレッド王のことをよく知らずにパーティを結成し、1年ほどかけて、大魔導士が築いた地下迷宮を攻略した。


 その最奥で待ち構えていた大魔導士を討ち果たし、見事、護符を取り返した。


「冒険者たちに親衛隊長の座を約束しておきながら、それは待遇が行きすぎだと一騎士の身分にされたのでしたよね」


「その通り。さらには危険人物扱いされて、ボルドーの街に左遷されたんだよ。いい加減、ほっといてほしいんだけどねえ?」


 ニヤリと笑ってみせた。それに合わせてトーマスが細目で笑い返してくれる。


「やっと理解しました。ベル様には死んでほしいんですね? ドレッド王は。あれから8年経っても、ベル様が気になって仕方が無い」


「その通り。隠居を決め込んで、さらに冒険者を引退してからもう4年だぞ? ここ数年、無茶振りしなくなってきたってのに、なんだって今更な?」


 ベルは今、32歳である。ボルドーの街の一角に屋敷を構え、悠々自適な毎日を過ごしていた。騎士としての仕事をしなくても給金が王宮から支払われる。


「世界最強と謳われたベル様が活躍できる機会がやってきたと思えば良いのでは?」


「なら、戦地にでも送ってくれよ。国境じゃ隣国と毎日衝突を繰り返してんだ。そっちの方が戦死する確率がよっぽど高いだろうが」


 テーブルに置かれたカップを手に持った。紅茶はぬるくなってしまっている。それをぐびっと飲み干し、カップ置きに乗せる。


 力を入れ過ぎたせいか、カップ置きが真っ二つに割れてしまった。


(ちっ。苛立ちが身体に出てやがる……)


 右手を見て、割れたカップ置きで怪我をしていないか見る。さいわいなことに傷は無い。


 こんなしょうもないことで怪我をしたら、王宮の連中が大喜びでゴシップを流すであろう。


 最強の名に傷がつく。こんなくだらないことでだ。だが、王宮の連中は死んでほしがっている。政治的にも武勇的にもだ。


「で? どうされるのですか?」


「んーーー。どうしようかな。無視を決め込めば、王都から召還命令が出されるだろ? それに乗じて王宮で大暴れするってのはどうだい?」


「お戯れを……」


 トーマスがやれやれと顔を左右に振っている。自分としてはけっこうイケてる案だと思ったが、ダメだったらしい。


「ドレッド王を殺すのはきっと失敗するでしょう」


 思わず、ガハッ! と笑ってしまった。確かに単騎で暴れても、ドレッド王にこぶしが届くとは思えない。猜疑心の強いあの王のことだ。自分は全裸で謁見することになるだろう。


 その状態ではさすがにドレッド王を亡き者にすることは困難を極める。せめて、愛用のグレート・ソードを携帯しておきたい。


 庭先で先ほどまで振るっていた自分が愛用している剣を見た。


(こいつと共にならば、あるいは……か?)


 どこまでも無粋な造りの剣だ。敵を肉塊にするためだけに存在する鉄の塊。ドラゴンの頭ですら1撃で粉砕できるグレート・ソードだ。


 この剣は自分のためだけに作られた。柄だけで30センチュミャートルある。両手でも余る。


 刃の長さは1.5ミャートルもあるために、これを振るうには柄がこれほど長くなくてはならない。


 両刃であるため、下手に扱えば、自分の身も傷つける。まさに今のベルの写し身と言える。


「これで叩き斬るのがドレッド王じゃなくて、ドラゴンの尻尾か……」


 ウッドデッキに突き刺さっているグレート・ソードの腹を右手で優しく撫でた。命を砕く冷たい刃であるのに、自分の気持ちが伝染したのか、その刀身に熱が籠った。


「へっ……。止めた。今日は可愛い甥っ子が隣国からやってくるんだったな。物騒な考えはいったん、仕舞だ」


「それがよろしいかと。しかし……そろそろ到着しても良い時間なのですが、何かあったのでしょうか?」


「もしかして、ドレッド王が先回りして、甥っ子を確保してたりしてな?」


「そこまであからさまなことはしないでしょう。良い人質なのですよ。ベル様相手にとって」


◆ ◆ ◆


 ベルの心配とは余所にそれから10分後、屋敷の前に馬車が止まった。その馬車に乗っていた甥っ子がベルに仕えるもう一人の使用人によって屋敷の応接間へと案内されてきた。


 ベルと甥っ子は背の低いテーブルを間にして、ソファーに座りあった。まじまじと甥っ子を見た。


 赤髪の自分とは違い、甥っ子は金髪だ。父方の血を色濃く継いだのであろう。だが、目元は姉そっくりだ。柔らかで愛くるしさが溢れている。


 瞳は吸い込まれるような黒。自分の濁った黒とは質が違う。


 今年で12歳と聞いている。4年前に姉夫婦が死んでから、隣国に住むベルの父親が面倒を見てくれた。


 その父親も病気で他界した。身寄りがなくなった甥っ子がたどり着いた先は叔母にあたるベルであった。


「あ、あの……」


「ああ。そんなに緊張しなくていいよ」


 なるべく優しい口調で言ってみた。ほっと安堵してくれている。


「これからはこの屋敷が自分の家だと思って、過ごしていいんだからね?」


「ありがとう……ございます」


 それからいくつか質問してみた。受け答えはしっかりしている。最初はおどおどとしていたが、段々と緊張を解いてくれているのが見ていてわかる。


「んで、将来、なりたいものとかあるのか?」


 これは聞いておかねばならない。自分は甥っ子の新しい親となるのだ。なるべく不自由なく育ってほしい。


 こんなクソったれな世界でも、キラキラとした瞳のままで強くなってほしい。それだけが甥っ子に臨むことであった。


「ぼく、冒険者になろうと思ってます!」


 つい、眉間に皺が寄ってしまった。生前、姉との手紙のやりとりで、ベルが冒険者であることを自慢しているというような内容は無かったはずだ。


「なんで、冒険者なんだ? もしかして、早く自立しないと、あたしに迷惑がかかるとか、そんなこと考えているのか?」


 違うらしい。可愛らしい顔をふるふると振っている。真摯な瞳で、こちらを見てくる。思わず気圧けおされてしまった。最強の女戦士だというのに。


「おじいちゃんが言ってたんです! 死ぬまでに1度は淫魔にドレイン・キッスされろ。飛ぶぞ! って! ぼく、冒険者になって、飛んでみたいんです!」


 ずっこけた。ソファーの上で。それによって、テーブルが応接室の天井まで飛んでいったが、正直、自分のせいじゃない。


「あーーー! 世界をぶっ壊してやりたいなぁぁぁ!」


 ソファーが壊れそうなくらいに体重をかけて、後ろへのけぞってみた。自分の後ろに立つトーマスが細目でクスクスと笑っているのが見えた。


「笑いごとじゃねーよ!」


「いえ……。つくづく、ドレインに縁がある一族ですね……。坊ちゃんは間違いなく、ベル様の血縁者ですね」


「……ったく。元吸血鬼のトーマスが言うと、本当にその通りだと思うわ……」


 身体が脱力して仕方が無い。恨むなら、甥っ子に吹き込んだあのバカ親父なのだろう。天国からサムズ・アップしているバカ親父の良い笑顔が思い浮かぶ。


(ちっ。早死にを選ぶな、このバカ娘って、伝えたいんだろうな。わかったよ……。甥っ子はちゃんと一人前に育てるよ)

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