「クライド様…。謝るのは私の方です」
私は彼を見つめて自分の気持ちを口にした。
「私の方こそあなたに何も言わずに勝手に出て行って、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません…。あなたが私のことを護ろうとして下さっていたことは理解しています。妃教育を受けているとはいえ、今の私が王妃になることは出来ない。何故ならば貴族達は私のことを認めていませんし、何より私は自分の自由に生きてみたいのです」
目の前のカップの中にある紅茶に視線を落として私は言葉を続けた。
「クライド様もご存知の通り、私は実家で虐待を受け続けていました。そこには私の自由なんてなかった。毎日朝から晩まで倒れるまで働かされ続けていて、だけどあなたに選ばれて婚約者になった。私の意思とは関係なく」
「お前は私のことを実家の親達と同じように好ましく思っていないのか?」
「それは違います。私はあなたのことを人として好意を抱いています。やり方はどうであれあなたは優しい人ですから。それに言ったじゃないですか…」
私はクライド様の顔を見つめた。
「私のことを振り向かせると。こんなやり方ルール違反ですよ!」
「ルール違反…」
「そうです。私との約束を破るつもりですか!」
唖然とするクライド様に私は不機嫌な顔を彼に向ける。
私は自由になりたい。
それは今も変わらない。
だけど誰かに追われながら隠れて生き続けるよりも堂々と生きて平和に余生を過ごしたいことだ。
クライド様は突然くつくつと笑った。
「くっくっ…確かにお前の言う通りだったな」
「クライド様…?」
私は戸惑った表情をする。
ひとしきり笑ったあと、彼は私に言った。
「では、私がお前の心を手に入れればそれで満足するということか」
「そういう訳では…」
私は慌てて否定する。
クライド様は席を立ち、私の前に立ち止まる。
そして私の顎を軽く持ち上げて顔を近づけた。
(近い!)
間近に迫るクライド様に対して私はドキリとして顔を赤くした。
「やはりお前は面白い女だな」
彼は面白そうな表情をして私を見た。
「無理やり王妃にするのは辞めだ。お前の心を奪ってから王妃にするとしよう」
「えっと…。私的には諦めて下さった方が有難いかと…」
「何を言ってるんだ。お前が自分から勝負がついてないと言ったんだ。自分が口にした言葉を反故にするつもりか?」
「そ、それは……」
クライド様はふっと私に柔らかく微笑んだ。
「私はお前のことを諦めない。例え何があってもだ」
それは誰もが魅了されてしまう顔だった。
彼が今まで笑ったところなんてあまり見たことが無い。
それはまるで少年のような顔をしていた。
彼が笑うとこんな顔をするのだと思った。
クライド様は普段は笑わず、口数が少ない。
笑っている姿を見たのは初めてだ。
「それにしても…どうしてあの場にクライド様達がいらっしゃったのですか?」
「お前が拐われたあと、すぐにヨルが居場所を突き止めた。お前を見つけるときに昔のツテを使ったと言っていたが私も詳しくは知らない。知りたいとも思わないからな」
「そうですか…」
「しかし…大臣が裏で何かしていると思っていたがまさか愚妹と繋がっていたとは…。いや、寧ろアイツは……」
(この話しぶりではもしかして…クライド様は大臣がとクラリス様が繋がっていたことを知っていたんじゃないかしら…)
私の視線に気づいたクライド様は私から視線を逸らした。
「いや…何でもない」
クライド様は静かに席を立った。
「話しはこれで終わりだ。部屋に戻って休め」
「はい。ありがとうございます」
私は席を立ち、部屋から出て行こうとした。
突然、クライド様から手を掴まれた。
驚き、振り向く私を見てクライド様はぱっと手を話した。
「悪い…」
「いえ…では失礼しますね」
「ああ…」
私はそのまま部屋を後にした。
廊下を歩きながら自分の部屋に向かいながら私は考える。
先程クライド様はどうされたのだろう?
彼から急に手を掴まれたと思い、訪ねようとした。だけどクライド様は何でもないように素っ気なく手を話した。
私は彼に問うことが出来ずにそのまま部屋を出たのだが…。
(考えても仕方ないわ…)
考えているうちにいつの間にか自分の部屋の前にたどり着こうとした。
その時、思わず足を止める。
部屋の前にはヨルがいた。
「戻ってきたか」
「ヨル…」
ヨルは私に近づき、前に立つと心から安堵したようにふっと笑った。
「お前が無事で本当に良かった」
「さっきクライド様に聞いたの。私が拐われた時、ヨルが必死になって私の居場所を探してくれたって」
「もう二度と同じ失態をしたくないからな」
私が以前レオンに襲われそうになった時、ヨルは自分の失態で私を危険な目に合わせてしまったと思い込んでいる。
油断していた私の落ち度なのに。
私はヨルを見上げるように彼にずいっと近づいた。
「私、生きているように見える?」
「ああ…。そうだな、そうじゃないと俺も困るんだけど…」
訳が分からないと言った顔でヨルは私を見る。
そんな彼に私は小さく笑った。
「あなたが助けてくれたお陰で今私は生きていの」
「あ…」
「だから助けてくれてありがとう」
私はヨルに精一杯の感謝の気持ちを込めて伝えた。
彼が私の為に必死になって助けてくれた。
それだけで私は嬉しかったのだから。
ヨルは間の抜けた表情をしたあと、目を閉じ、そして破顔した。
「ああ」
彼の顔を見て私は微笑んだ。
私達の間で懐かしく、居心地が良い空気が流れる。
昔ヨルと一緒に過ごしていた時のことを思い出す。
「じゃあ、そろそろ俺行くな」
「えっ!もう戻るの?」
「ああ。お前の顔を見に来ただけだしな」
ヨルは私の頭を軽く撫でて、自分の部屋へと戻って行った。
私は彼の去って行く後ろ姿を暫く見送った後。
自分の部屋に入って行った。
明かりが付いていない部屋に入ると、私は窓に近づく。
私が部屋から脱走した時のシーツで作ったロープは綺麗に片付けられており、綺麗で清潔に整ったベッドに部屋の所々に美しい花が飾られていた。
私は窓辺に近づき、空に浮かぶ月を眺めた。
夜空に浮かぶ月は美しく光り輝いていた。
この街に来て色んなことがあった。
最初は視察だけのつもりが、クライド様と仲違いをしてこの場所から逃げ出して、そしてまたここに戻ってきた。
ここを出て行った時は二度と戻るつもりは無いと決意をした。
それは逃げているだけだと分かった。
だけど今は違う。
(もう一度ここから始めよう。今度は逃げずに…)
最初私はクライド様とヨルに対しての気持ちから彼らの想いには応えられないと思っていた。
だけど彼らは真剣に私に向き合ってくれている。
ならば私も向き合わなければ失礼だ。
そう思いながら私は月を眺めた。