ヨルは強く私を抱きしめた。
「お前…嘘下手なんだよ。昔から馬鹿正直だからさ」
「………ッ」
彼の言葉に私は思わず胸がいっぱいになり、気持ちが溢れだし、瞳から涙が流れるのを止められなかった。
そんな私に彼は優しく言葉を掛ける。
「お前は俺にわざと嫌われようとしていたかもしれねぇけどさ。そんなの無駄に決まってるだろう。いつからお前のことを見て来てると思ってんだよ。お前のことなら俺が良く理解してる。無駄なこと考えてんじゃねぇよ」
「でも、今のままじゃあ私全て中途半端なのよ。私はあなたのことを今でも想っている。だけどクライド様のことだって嫌いじゃない。こんな気持ちのまま貴方たちの近くにいれない。王妃になんかなりたくないの。最低なのよ私は…」
感情がぐちゃぐちゃだった。
自分でもどうしていいのか分からない。
今の自分が何を求めているのかさえも分からない状況だった。
この想いはずっと一人で抱えて生きていくつもりだったのに言ってしまった。
彼に…───。
「お前は俺のことを想ってくれているってことなんだよな?」
戸惑う私をヨルは優しく私の頬に手を触れて見つめた。
「でも私は……」
「一つだけある。王妃にならない方法が」
「えっ…?」
ヨルの言葉に驚いて顔を上げる私にヨルは真剣な表情で言った。
「既成事実を作れば良い。そうすればお前は陛下の婚約者から降ろされる。もしそれでも無理なら俺がお前を拐う。俺はお前を愛している昔も今もこれからもずっと」
「ヨル…」
ヨルは私の唇を奪うように口付けを深くしていく。
「んんっ……」
あまりの気持ち良さに頭の奥がとろけるような感覚がして私は立っていられなくなり、近くにあるベッドに倒れ込むように彼に押し倒される体制となった。
ヨルは首筋にキスを落とし、赤い痣を付けていく。
彼の瞳が私の瞳と合い、交わる。
「アリス。愛している…」
何度目か分からないキスをする。
私は彼を拒めない。
ずっとずっと私が求めて止まず愛した人だったから。
彼の手が私の太ももに触れる。
身体がビクッと震えた。
「やっ…」
「大丈夫。優しくする…と言っても俺も余裕が無いかもしれねぇけど…」
押し寄せる快楽に身を委ね、彼のものになれれば私はきっと全てから開放されるかもしれない。
国王陛下の婚約者という立場とクライド様からも。
ヨルは私のことを大切にしてくれる。
きっとヨルと一緒になれば私は幸せになれるかもしれない。
私はヨルのことをずっと愛していた。
だけど。
どうしてこんな時にクライド様の顔が浮かぶんだろう。
「アリス…お前泣いて……」
「えっ……」
私は自分の頬に手を触れる。
自分でも気づかないうちに私は涙を流していた。
「どうして…私……」
ヨルは乱れた私の衣服を隠すように私の頭の上からシーツを優しく掛けた。
「悪い…先走り過ぎた…」
「ヨル……」
「お前の気持ちも考えずに俺の気持ちを押し付けてしまって悪かった。陛下にお前を奪われたくなかったんだ。だけど、つぎする時はお前が俺のことを今以上に愛した時は必ず俺のものにする。覚悟しておけよ」
彼は私の頭を優しく撫でながらそう言った。
私は何も言えずに頷くことしか出来なかった。
****
「これからお前はどうするんだ?」
ソファに座ったヨルは私に訊ねた。
あの後。
私は服を正してヨルにお茶を出した後。
これから今後どうするか二人で相談をしていた。
「ここでお金を稼いでリンミンドルに行って静かに暮らそうと計画していたの。ヨルの想像通りだったけど…」
「やっぱりか…」
ヨルは呆れたようにため息をついた。
「リンミルドに向かったとしても、あそこは今の時期は極寒で吹雪がある。今のお前では耐えられそうにもない。諦めた方が良いな。もしまだ本気で陛下から逃げたいのなら俺が手を貸してやる。その時は俺も一緒だ」
「遠慮しておくわ」
「お前まだ一人で行こうとしてないだろうな?」
「そういう訳じゃないの。もう諦めたから。だから私…クライド様の元に戻る」
ヨルは怪訝な顔をした。
「本当か?お前王妃になるのが嫌で陛下の元から逃げ出したんだろう?俺が言うのも変だが、あの男はお前を手に入れる為ならば手段を選ばない奴だ。それでも良いのか?」
試すように私の顔を真剣に見て来るヨルに対して私は胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
「確かに私は王妃になりたくなくて逃げ出した。だけど、もしかしたら逃げずに婚姻についてクライド様と向き合って話せば良かったと少しだけ後悔しているの。何も言わずに出て行って心配かけたことは事実だから」
ヨルは私のことを心配で探しに来てくれた。
もしかしたらクライド様も同じかもしれない。
彼への罪悪感があった。
戻っても理解して貰えないかもしれない。
戻れば今度こそ外に出して貰えないかもしれないし、国王から逃げ出した罪に問われるかもしれない。
だとしても私は彼と話をする必要がある。
「謝っても許されないことかもしれないけれど、もう一度話してみる。それでも駄目だったらその時はまた考えるわ。今度は逃げずに」
「好きにしろ」
ヨルは私の頭にぽんと手を置いて私を見た。
「だけど俺はお前の味方だ。どんな時だって手を貸す。それだけは忘れるな」
「うん…」
目を細めて私は彼に頷いた。
結局私は自分のことばかりだった。
周りが見えずに先走って、逃げて、そして後悔した。
自分で全てを解決しなければと肩の力を入れていた。
だけど今回のことで周りを頼っていいのだと思った。
まだどうなるか分からないけれど彼と話し合おう。
もしかしたら理解してくれるかもしれない。
「いつ陛下の元に戻る?陛下にはお前がいる場所をさっき伝書鳩を使って知らせはしてある。もしまだここにいたいというのなら二日程度なら融通は出来るはずだ」
「大丈夫。明日戻るわ」
「お前がそう決めたのなら分かった」
ヨルはカタッと音を立てて席を立ち上がった。
「それじゃあ、俺は部屋に戻る」
「部屋って…もしかして私のところに来る前からこの宿に部屋を取っていたの?」
驚く私にヨルは平然とした態度で答える。
「ああ。数日前からお前の情報は掴んでいたし、お前に逃げられないようにする為に事前に同じ宿を取ったんだよ」
「用意周到過ぎる……」
「計算高いといえ」
青ざめる私に呆れながらヨルは突っ込む。
そんな前から私のことを探していたなんて気づきもしなかった。
さすがは国王陛下の元護衛騎士。
侮れない。
「俺は隣の部屋にいる。何かあったら来い。分かったな」
「ええ。おやすみなさい」
短いやり取りを交わした後、ヨルは部屋から出て行った。