一週間後の夕方。
私は果実とパンが入った紙袋を抱えて街の中を歩いていた。
最初は仕事もあまり慣れなかったけれど本屋の店主さんのお陰で仕事も覚えられて順調だ。
この調子で頑張らなければ。
私は歩きながら街に行き通う人達を見る。
あれから一週間経ったが私の国王陛下の婚約者が行方不明という噂はこの街には流れていない。
私がいなくなったことはもうクライド様達に気付かれている筈だ。
何故か彼はそれを隠して私のことを探しているのかもしれない。
(でも、今の私は服も髪型も全て変えているし、見た目も地味にしている。きっと私だって分からない。堂々としていればバレないわ)
私は気を強く持って自分が借りている宿へと向かった。
本当はこの街に家を持てればより住人になり、溶け込むことが出来たのかもしれないが、私は資金が溜まったらここを出ていかなければならない。
そんなことは無理な話だ。
今は宿暮しをするしかない。
私は宿にたどり着き、ドアを開ける。
一階は食堂になっており、ガヤガヤとした音が聞こえる。
奥にある階段を上り、廊下を歩いて自分の部屋にたどり着いた私は鍵を開けて部屋に入った。
その瞬間。
強い力で身体を強引に壁際に押しやられ、両手を押さえられた。
「探したぞ」
「……!?」
私を捕らえたのはヨルだった。
「どうしてあなたがここに…」
ヨルは冷たい目で私を捉えていた。
追っ手が来ないように出来る限り痕跡を消したはずなのにどうしてヨルにバレてしまったのか。
私は青ざめながらそんなことを考えてしまう。
「お前を連れ戻しに来たに決まってるだろう。しかもこんな物まで落として」
(私のバレッタ…!)
換金するために持ち歩いていた髪飾りの一つを何処かに落としてしまったと思っていたけれどヨルが拾っていたんだ。
ヨルが私をここまで追って来るとしたらしたらミラウとリンミンドルの分かれ道がある街道の近くなのかもしれない。
(自分で手がかりとなる場所に落とすなんて、何してるのよ。私…!)
自分の浅はかな失態を呪ってしまう。
せっかくここまで来たのにヨルにバレてしまうなんて…。
「で、でもどうして私の居場所が分かったの!ここの街は他所の街に比べて人が多いのに」
「お前のことだ。どうせミラウに行くと見せかけてこの街リンミンドルに行ったんだと推測したんだよ。お前とは長い付き合いだしな」
ヨルは突然私を抱きしめた。
彼は私の耳元で切なそうな声で私に告げた。
「お前か無事で本当に良かった。お前が居なくなって生きた心地がしなかった」
抱きしめられた腕がより強くなる。
彼は心から私のことを心配したのだと痛いほど伝わる。
ヨルは私の顔を見つめた。
「どうしてこんなことをした?何故俺に話さなかった?」
彼に話したらきっと私はヨルに頼ってしまう。
すがってしまうかもしれない。
弱くて何も出来ない自分のまま。
だからこそ彼に言わなかった。
言えずにいた。
私は抱きしめるヨルの腕から逃れるように彼を突き放そうとする。
「離して!」
「アリス…」
「もう、嫌なの!疲れたのよ。言ったでしょう。私は王妃にならないし、あなたと一緒にいれないって。こうして来られても迷惑なのよ!いい加減分かってよ。陛下の婚約者になったのだって贅沢な暮らしがしたかったから利用しただけ。らだけど飽きたの。だから放っておいてよ!」
私は自分の感情をヨルにぶつける。
酷い言葉で悪女のように我儘を言えば誰だって私に幻滅する。
幻滅すれば良い。
見放されれば良い。
こんな私は彼等に大切にされる価値なんてないのだから……。
「嘘つくなよ。お前がそんな奴じゃないことくらい俺が良く知ってる」
「私は変わったの。ヨルは私の何を知ってるの?数年の間の私のことなんて知らなかったでしょう?いまさら知ったような口を聞かないで」
私は彼に酷い言葉を浴びせ続ける。
本当はこんなことを言いたくないのに。
彼に幻滅されなければいけない気持ちと幻滅して欲しくない思いがせめぎ合う。
「そうか…」
「……ッ」
ヨルはいきなり私の唇を塞いだ。
ヨルから深い口付けをされ、全身から力が抜けるような感覚。
唇を離されて私は潤んだ瞳で彼を見た。
「どうして…こんなことを…」
「悪い。お前を黙らせるにはこれしかなかった。だけど…」