私に声を掛けて来たのは30代くらいの金髪の髪をモダンにした気が強そうなツリ目の美人の女性だった。
上品な赤色のドレスに身を包み、宝石のルビーのイヤリング、ネックレスを付けている。
一見貴族だと言われても納得してしまうような上品な佇まいだ。
「表の貼り紙を見て来ました。ここでお針子として働きたいと思っていまして…」
「そうでしたか。初めまして。私はこの店の店主をさせて頂いておりますアドリナと申しますわ」
店の店主は私をじっと上から下まで見定めたあと顔に手を当てながら困ったように大袈裟にため息をついた。
「ごめんなさいね。先程別の方に決まってしまったの」
「そうでしたか。承知致しました。こちらこそいきなり訪ねてきてしまい、大変申し訳御座いませんでした」
私は店主に丁寧に頭を下げて店から出て行こうとした。
「今度はお客様としていらして下さいね。私が貴方の服見立ててあげますから」
「ありがとうございます」
店の戸を潜る時に後ろからクスクスと何か私の耳に届いた。
「あんな地味な子うちの店に相応しいわけないじゃない」
「やめなさいよ。きっと勘違いしたんだわ。お針子なら憧れの店で働けるって」
「うちの店は貴族御用達なんだから、あんな地味な子無理でしょう。何せ令嬢達に人気で憧れるドレスを扱ってるのはうちだけだしね。それに何れ未来の王太子妃様のドレスを仕立てる店でもあるのよ」
「ほら、無駄口叩かないで仕事に戻りなさい」
私は彼女達の会話を聞かなかった振りをして店から出て行った。
おそらくお店にとって私は不釣り合いな者だったらしい。
(早めに分かって良かった。私だってお断りよ。客を外見で判断するところなんて)
私はそう思い、街の中を歩いと行く。
そんな中、本屋の前を通り過ぎようとすると一人の老人が困ったように数メートル先を歩く男性の客に叫んでいた。
「お客様ー!!」
男性は老人に気づかずにそのまま歩いて行く。
「困ったな…。あんなに先に行ってしまって、今待たせているお客様との本を取り違えてしまうとは…」
「あの…私が追い掛けて来ましょうか?」
私は老人のことを放っておけずに思わずそう声を掛けた。
「お嬢さん、良いのかい?」
「ええ。大切な物なんですよね?」
「実はさっきお客様に売る本を間違って違う本と取り違えちまって…。早く追い掛けたいのだが私は膝を悪くして思う通りに走れないんだ」
老人…本屋の店主さんの足に目をやると足には装具を付けていた。
これではとても追い掛けることは無理だろう。
「はい。大丈夫です」
「そうか。ではお願いするよ」
「ちょっとここで待ってて下さいね!」
店主さんにそう告げると私は男性を追い掛けた。距離はそれ程遠くない。
「すみませんー!」
男性は私の声に気づいて振り向き、その場で足を止めた。
「あの…何か?」
「先程の本間違えられたみたいで、こちらが貴方の物になります」
私は本を男性に差し出す。
「ありがとう。気づかなかったよ。お陰で助かった。娘から頼まれていたものだったんだ。娘に叱られなくて済んだよ」
男性は本を受け取り、自分が持っていた本を私に渡した。
私はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「では、私はこれで…」
私は男性と別れて本屋の前にいる店主さんの元に戻って来た。
「お嬢さん!」
「あのこれを。先程の男性から受け取ってきました」
「おお!ありがとう。本当に助かったよ。お礼をしたいから店に来てくれ。お茶をご馳走しよう」
「いえ、そんな大したことなんてしていませんし、それに今から仕事を探しに行かないといけなくて。だからお気持ちだけ有難く受け取っておきます」
「だったらうちで働けば良い。丁度人を雇おうと考えていたところだったんだ」
店主さんの言葉に私は驚いた表情をする。
まさか運良く仕事が見つかるなんて思わなかった。
「本当に良いのですか?」
遠慮がちに聞く私に店主さんは笑顔で頷いた。
「ああ。こっちは大歓迎だ。優しいお嬢さんが手伝ってくれるからね」
「ありがとうございます。これから宜しくお願い致します」
私は仕事が見つかって内心ほっとした。
これで逃亡し金が稼げる。
何としても追ってに見つからないようにしなければ。
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アリスが屋敷から居なくなって一日が過ぎ去ってしまった。
ヨルは必死になってアクアリウトの街の中を一人探し続けた。
(何処に行ったんだよ。アイツ……)
彼女は昔から大人しかった。
しかし必要に迫られた時、窮地に立たされた時思わぬ行動力を発揮することがある。
まさにそれが今だと感じた。
(これだけ探していて見つからないとすればこの街にいない可能性が高いな…。実際街中に聞き込みをしたところアリスを見掛けた奴は一人もいなかった)
アリスは王宮に来てからいつもドレスを身に付けていた。
もし街を抜けるとしたらドレスではなく街娘の格好で街を抜けたに違いない。
あるいは髪型も変えて変装している可能性も高い。
(アイツの考えなら……)
ヨルはアクアリウトの先にある街道に向かった
。街道には行商人、商人達が乗った馬車が通り過ぎる。
街道を突き抜けると険しい山道があり、そこを超えると隣街がある。
アリスが険しい山道を抜けられたのか定かではないが可能性があるならば行ってみるしかない。
その時、地面にキラリと光る何かが見えた。
ヨルは近寄るとそれはアリスが持っていた銀色のバレッタの髪飾りが落ちていた。
「これはアイツの……」
間違いない。
彼女はここを通ったのだ。
ヨルはバレッタを取り、それを握りしめる。
そして彼は街道へと歩みを進めた。